「うらやましい」と「悪質な行為」は両立する? 記憶・好み・同意・法律を分けて考える
「大人の女性が小学生の男の子に性的な行為をし、執行猶予付きの判決を受けたらしい」。そんな昔の記事の見出しが話題になると、「もし自分だったら、むしろうらやましかったかも」という反応が出てくる。
この感想を耳にした瞬間、議論はよく二択になる。
「ほら、男の子は喜ぶんだ!」 「いや、絶対に一生の傷になる!」
ちょっと待って。その二択、どっちも他人の人生を勝手に決めている。 本人の感想と、大人が子どもに対して負う責任は、別のものさしで測る必要がある。
この記事は、個人を特定できる実体験を載せず、一般化した状況を手がかりに考える。きっかけとなった古い事件の原判決は確認できていないため、固有の判決理由や被害者の心情は推測しない。
1. 「自分だったら嬉しいかも」は、被害者の感想ではない
年上への憧れが強い人なら、「昔の自分にそんなことが起きたらドキドキしただろう」と想像するかもしれない。それは、その人自身の想像や好みについての情報だ。実際の事件の子どもがどう感じたかを示す証拠ではない。
この区別を忘れると、他人の被害を自分の空想で上書きしてしまう。映画を見て「自分ならこうする」と言うのは自由。でも、映画の登場人物の心の中まで勝手に字幕を付けるのは違う。
反対に、子ども時代に年上から向けられた好意を懐かしい思い出として語る人に、「本当は必ず傷ついているはずだ」と決めつけるのも誤りだ。本人の語りを尊重することと、相手の行動を無条件に正当化することは同じではない。
2. 年上への憧れと「向こうから来る」ドキドキは別々のスイッチ
忘れられない記憶には、いくつかの要素が重なりうる。
- 年上という距離:幼い自分には、少し年上の人がずいぶん大人に見える。
- 相手から選ばれた感覚:自分から行くより、突然好意を向けられたことが強く響く。
- 不意打ち:予想外の場面では緊張や驚きが高まる。
- 相手がリードする構図:自分が主導しなくてよい安心や、関係の動きに心を奪われることがある。
「年上が好き」と「相手にリードされたい」は重なることもあるが、必ずしも同じ好みではない。成人後に魅力を感じるのが年齢差なのか、積極的に好意を示す態度なのか、頼もしさなのかは人によって違う。
しかも、当時「すごく年上」に見えた人と、今の自分が恋愛対象として選ぶ成人は別。昔の憧れの年齢を、今の恋愛対象の年齢にそのまま移植する必要はない。脳内の古いお気に入り画像を、現在の利用規約まで含めて再生しなくていいのだ。
3. どうして何年たっても思い出す? 脳内ブックマークの正体
感情が強く動いた経験は、そうでない経験とは異なる形で記憶されることがある。2024年の記憶研究レビューは、感情を伴う自伝的記憶が鮮明に感じられる一方、年月とともに内容が変わることもあると整理している。
だから「心臓が跳ねた感じだけは今でも覚えている」は不思議ではない。ただし、鮮明さは録画の正確さを保証しない。記憶は再生ボタンを押すたびに、現在の自分の視点も混ざる。
脳は「この思い出は強烈でした」と通知することはある。でも「だから、今の好みの原因は100%これです」という鑑定書は発行してくれない。そこは別の話だ。
4. あの経験が今の「好み」を作ったのか?
少なくとも三つの説明が考えられる。
- その経験が、その後の好みに何らかの影響を与えた。
- もともとの憧れや気質に合っていたから、特に強く記憶された。
- 大人になって自分の好みを言葉にできるようになり、過去の出来事を今の物語に結びつけた。
一人の回想だけで、この三つのどれが正しいかを決めることはできない。「原体験だった」という本人の意味づけは大切だが、科学的な因果関係を証明したことにはならない。
「性癖はこの日に工場出荷されました」というラベルが脳に貼られていれば話は早い。残念ながら、そんな製造履歴は出てこない。
5. 男子の被害なら軽い? 「嬉しかった」なら問題なし?
ここがもっとも大切な部分だ。
性暴力の影響は人それぞれで、誰もが同じ形の苦痛を経験するわけではない。37研究をまとめた2014年のレビューでは、子ども時代に性的虐待を経験した人のうち、測定上は良好に適応している人の割合は研究によって10〜53%と幅があった。これは「半数は無害だった」という意味ではなく、調査対象や測定法が異なり、回復力と支えが多様だという話だ。
一方、専門機関を受診した男性67人の研究では、当初の受け止め方が肯定的または混合的だった人にも、その後の生活上の問題が見られた。ただし、受診者だけの研究をすべての男性に広げてはいけない。 「嬉しいと感じたら必ず後で傷つく」と断定する根拠にもならない。
整理するとこうだ。
- 当時の感情が好意的だった可能性はある。
- 後から困難が生じる可能性も、そうならない可能性もある。
- 子どもが喜んだように見えたことは、大人側の行為を正当化しない。
- 男子だから喜ぶ、女子だから傷つく、と性別で決めつけられない。
人間の心には一つの共通設定ファイルがない。そこを雑に「男子はラッキー」で上書きしないこと。
6. 日本の法律では「本人が喜んだか」だけで決まらない
日本では2023年7月13日に性犯罪の規定が大きく変わり、いわゆる性交同意年齢に関する保護は、原則として13歳未満から16歳未満へ拡大された。ただし、13歳以上16歳未満の場合、この年齢を理由に処罰する規定には、相手が5歳以上年長であるという条件がある。暴行・脅迫、立場の影響など別の要件による犯罪成立まで否定する例外ではない。
2019年など過去の事件を評価するときは、当時の法律を見なければならない。現在の規定をそのまま過去に貼り付けるのは間違いだ。
また、「昔、年上から親密な態度を向けられた」という断片だけでは、何が実際に起きたか、当時の両者の年齢、行為の内容などが不明で、個別の犯罪成立を断定できない。思い出に診断書も判決書も勝手に貼らない。
法務省は、単に性的な意味を理解できるだけでなく、相手との関係や自分への影響を考え、自由に意思決定できるかが重要だと説明している。「ドキドキした」と「十分に判断できた」は同義ではない。
7. それなのに執行猶予が付くのはなぜ?
刑事裁判では、有罪かどうか、どの長さの刑を言い渡すか、その刑を直ちに執行するかは別の判断になる。
日本の刑法25条は、一定の前科要件などを満たし、原則3年以下の拘禁刑などを言い渡す場合、事情を考慮して1〜5年の執行猶予を付けられると定めている。「3年の刑で、5年間は執行を猶予する」という組み合わせ自体は法制度上あり得る。ただし、判決書なしに「なぜその特定事件が猶予になったか」は言えない。
同じように、男女で量刑差があるかを検証するには、罪名、行為の詳細、けがや被害状況、前科、適用法、判決時期などをそろえた比較が必要だ。SNSの見出しを二つ並べるだけでは、性差別の有無は判定できない。
8. ひとつの記憶を、三つの物差しで見る
ここまでの話を一枚にまとめるなら、三つの問いに分ける。
| 視点 | 問うこと | 言えないこと |
|---|---|---|
| 個人の経験 | 当人はどう感じ、いまどう意味づけるか | 他人も同じように感じた |
| 心理学 | 強い感情、記憶、好みはどう関係するか | 一回の思い出が好みを確定した |
| 法律・倫理 | 年齢、自由な同意、立場、行為をどう評価するか | 本人が嬉しければ大人の責任は消える |
大人になって「年上の成人にリードされる関係が好きだ」と分かるのは、現在の自分の好みを知ること。一方、子どもをめぐる現実の事件は、その子自身の権利を中心に考える。混ぜなければ、両方をちゃんと語れる。
結論:記憶の保存と、行為の許可は別ボタン
「忘れられないほどドキドキした思い出」と「大人が子どもにしてよいこと」は、同じスイッチではない。
自分の経験を無理にトラウマと呼ぶ必要はない。だからといって、他人の被害を「きっとご褒美だった」と代弁してもいけない。
脳内ブックマークは自由。でも現実の同意は、別途ちゃんと確認。 これが、懐かしさも人の権利も雑にしない考え方だ。
参考資料(7件)
- 法務省:性犯罪関係の法改正Q&A:2023年改正、年齢差、自由な意思決定。
- e-Gov:刑法:176・177条、25条など。適用時点の法文に注意。
- 内閣府:性犯罪・性暴力とは:同意と対等な関係。
- Wardell & Palombo(2024)感情を伴う自伝的記憶のレビュー:鮮明さと変化しやすさ。
- Domhardtほか(2014)37研究のレビュー:回復力の個人差。
- Kellyほか(2002)受診男性67人の研究:初期の受け止めとその後の適応。代表性に制約。
- 未確認:SNSで流通した過去の個別事件の判決文・実際の量刑理由。この記事はその判決事実を認定しない。
