楽になる提案が、その人には「今まで苦労してきた自分の否定」に見えることがある。
title: 苦労している自分の正しさを守る人
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one_message: 楽になる提案が、その人には「今まで苦労してきた自分の否定」に見えることがある。
不思議なことがある。「大変だ」と言う。「私ばっかり」と言う。「もう限界」と言う。だから楽になる提案をする。食洗機を入れよう。乾燥機を使おう。ロボット掃除機を入れよう。分担しよう。すると拒否される。
外から見ると矛盾している。大変なら楽にすればいい。限界なら減らせばいい。怒るくらいなら仕組みを変えればいい。
でも、本人の中では別のことが起きている場合がある。苦労してきた自分を否定されたくない。手でやってきた自分の正しさを守りたい。自分が頑張ってきた意味を失いたくない。機械に任せたら、自分の価値が減るように感じる。
長く苦労してきた人ほど、その苦労が自分の一部になる。だから、楽になる提案が「あなたの今までの頑張りは無駄だった」と聞こえることがある。
もし本人が「楽になりたいけど、機械に任せると今までの自分が否定された感じがして怖い」と言えれば、まだ話せる。でも実際には、「手でやればいい」「普通はそう」「あなたは分かってない」になりやすい。
苦労は尊重していい。でも、苦労を未来に固定する必要はない。今まで大変だった。だからこそ、これから楽にしよう。そう言える人とは家庭を作りやすい。
