title: "「臨機応変が苦手」は誤解だった。話題を作る人ではなく、フックを拾う人だった話" description: "自分は臨機応変な会話が苦手だと思っていた。でも実際は、話題を無限に出すタイプではなく、相手の発言からフックを拾って構造化し、例えやツッコミで広げるタイプだった。会話力の再定義について。" category: "自己理解" tags: ["会話力", "雑談", "自己理解", "説明力", "発表", "教育"] status: "draft" published: false
「臨機応変が苦手」は誤解だった。話題を作る人ではなく、フックを拾う人だった話
自分は会話が苦手だと思っていた
自分は昔から、臨機応変な会話がそこまで得意ではないと思っていた。
急に話を振られると困る。 何を話せばいいか分からなくなる。 集団の前で話す時も、台本や教科書を一方的に読む形になるとしんどい。
だから、「自分は雑談が強いタイプではない」「臨機応変に話すのは苦手」と思っていた。
でも最近、それは少し違うのではないかと思うようになった。
苦手なのは、何もないところから無限に話題を作ることだった。 逆に、相手が何かを出してくれた時に、それを拾って、構造を見つけて、相手の世界に置き換えて返すことはかなり自然にできていた。
つまり、自分は「常時発信型」ではなく、フック拾い型・構造ツッコミ型だった。
会話には「話題を出す力」と「フックを拾う力」がある
会話がうまい人というと、ずっと話題を出せる人を想像しがちだ。
沈黙を作らず、次々に話を振り、場を回し、明るく話し続ける人。 もちろんそれも一つの会話力だと思う。
でも会話力はそれだけではない。
相手が出した言葉の中から、次の話につながる小さなフックを拾う力もある。
たとえば、相手が「同じ映画を8回見た」と言う。 普通なら「すごいね」「好きなんだね」で終わるかもしれない。
でもそこで、
- なぜ8回見るのか
- 何を目的に見ているのか
- グッズを集めたいのか
- 推しごととして見ているのか
- 毎回違う視点で見ているのか
を聞くと、相手の熱量の構造が見えてくる。
ある人は、登場人物ごとに視点を変えて見ていると言っていた。 そこで「バレーって何人だっけ?」と聞くと、「6人」と返ってくる。
すると、「じゃあ8回の残り2回は何?先生?」というツッコミができる。
この返しは、その作品を詳しく知っているから出たわけではない。 むしろ見ていない。
それでも、相手の話から、
- 8回見る
- 視点を変える
- バレーは6人
- でも8回
という構造を拾ったから、少しズラした返しができた。
これは「話題を持っていた」のではなく、相手の話の中から場で作った会話だった。
ROMがいるくらい、みんな常時発信しているわけではない
そもそも、人間は全員が常に発信し続けられるわけではない。
ネット上のコミュニティでも、読むだけの人、たまに発言する人、頻繁に投稿する人には大きな偏りがある。Nielsen Norman Groupの「90-9-1ルール」では、オンラインコミュニティの参加者の多くは読むだけで、少数が時々投稿し、さらに少数が多くの投稿を担うと説明されている。
つまり、発信しない時間があること自体はかなり普通だ。
会話でも同じだと思う。
- ずっと話題を出す人
- 相手の話に乗る人
- 聞いてから話す人
- 興味のある話だけ急に話す人
- 安心した場でだけ話す人
いろいろなタイプがいる。
話題を出していない時間は、会話能力がない時間ではない。 相手の話を聞いている。 相手の熱量を見ている。 何に価値を置いているのかを探している。 次に拾えるフックを待っている。
自分の場合は、完全な無から話題を出し続けるより、相手が少し出したものを拾って広げる方が自然だった。
相手の理解度を聞いて、近い世界に置き換える
自分の説明の仕方を振り返ると、かなり一貫した癖がある。
まず、相手の理解度を聞く。
次に、相手が知っていそうな近い経験を探す。
たとえば、バイト、部活、ゲーム、推し活、学校、職場、家族、買い物、アプリなど。
そして、今説明したい話を、その人が知っている世界に置き換える。
バイト経験がある人なら、業務フローの話をバイトのシフトやレジ対応に置き換える。 部活経験がある人なら、役割分担や先輩後輩の話に置き換える。 ゲームをする人なら、ルール、勝ち筋、地雷行動、リソース管理に置き換える。 推し活が分かる人なら、コンプリート、交換、視点変更、熱量の配分に置き換える。
これは、単に例え話が好きというより、相手の頭の中にすでにある棚を探して、そこに新しい情報を置く作業に近い。
だから説明が通りやすい。
自分の中では当たり前にやっていたけど、これはかなり実用的な会話スキルだと思う。
一方的に教科書を読むと、自分の強みが死ぬ
集団の前で話す時も同じだ。
一方的に教科書を読む形だとしんどい。
台本を守らないといけない。 順番を飛ばしてはいけない。 正しいことを言わないといけない。 全員に同じように伝えないといけない。
この形式だと、相手の反応を見る余地が少ない。 相手の理解度に合わせて例えを変える余地も少ない。 小さなツッコミで場を温める余地も少ない。
つまり、自分の得意な「フック拾い」が使えない。
逆に、集団の前でも、最初に場の人にフックを掛けに行くと話しやすい。
たとえば、
「これ、バイトで似た経験ある人いますか?」
「先輩から“普通わかるでしょ”って言われて困ったことある人いますか?」
「部活で、ゴールは言われないのに怒られるみたいなことありました?」
「現場で、確認したいけど聞きづらい場面ってありますよね?」
こうやって、聞き手の経験を先に出してもらう。 そこから本題につなげる。
流れとしては、
- 相手の経験を出す
- その経験を構造化する
- 今日のテーマに接続する
- 判断基準を渡す
- 最後にもう一度、相手の現場に戻す
この方が、自分は自然に話せる。
教育研究でも、一方的な講義だけより、学習者が活動や議論を通じて関与する「アクティブラーニング」の方が学習成果を高めることが示されている。もちろん職場の説明と大学教育は同じではないが、「聞き手を受け身にしすぎない方が理解されやすい」という方向性はかなり納得できる。
自分の会話OSは「相手の世界を使って説明する」
まとめると、自分の会話OSはこうだ。
無限に話題を出すタイプではない。
相手の話を聞く。 相手の熱量を見る。 相手が何に価値を置いているかを見る。 相手の理解度を聞く。 相手が知っている近い世界を探す。 その世界に置き換える。 ズレていれば例えを変える。 構造が見えたら、少しツッコむ。
これは、雑談だけでなく、教育、面接、引き継ぎ、業務改善、CS、導入支援でも使える。
相手の既存理解に合わせて変換できるから、相手からすると「分かってくれている感じ」が出る。
今までは、自分が常時発信型ではないことを、会話が苦手だと勘違いしていた。
でも実際は、会話のタイプが違っただけだった。
自分は、話題をゼロから無限に作る人ではない。
相手が出した小さなフックを拾って、構造化して、相手の世界に置き換えて返す人だった。
この理解ができると、集団の前で話す時も、雑談する時も、教える時も、かなり楽になる。
教科書を読む必要はない。 場の人にフックを掛けて、そこから話せばいい。
参考文献・参考リンク
- Nielsen Norman Group, “Participation Inequality: The 90-9-1 Rule for Social Features”
https://www.nngroup.com/articles/participation-inequality/ - Freeman et al. (2014), “Active learning increases student performance in science, engineering, and mathematics,” PNAS
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.1319030111
