はじめに:ローマからあまり変わっていないのではないか
古代ローマの奴隷管理を扱った本を読むと、奇妙な感覚になる。
もちろん、現代の雇用と古代ローマの奴隷制はまったく同じではない。
現代の労働者には、賃金がある。
退職の自由がある。
職業選択の自由がある。
労働法がある。
仲間と団体を作る権利も、その団体で雇い主と働く条件を話し合う権利もある。
国際労働機関が示す、働く人の基本的な権利にも、仲間と団体を作る自由と、その団体で雇い主と働く条件を話し合う権利がある。無理やり働かせることをなくす、子どもにさせてはいけない仕事をなくす、雇う際や仕事で差別しない、安全に、健康を守って働ける場所にする、ということも含まれる。
出典: ILO “Fundamental Principles and Rights at Work”
https://www.ilo.org/topics-and-sectors/fundamental-principles-and-rights-work
だから、現代企業で働くことを、古代奴隷制とそのまま同一視するのは乱暴である。
しかし、別の意味では、あまり変わっていない部分もある。
それは、管理者側にとって都合のいい人間像である。
経営者や管理者からすると、ほしいのはこういう人間である。
- 逃げない
- 文句を言いすぎない
- 命令を聞く
- でも最低限は自分で考える
- 壊れない
- 感情処理を自分で済ませる
- 仕事を教える手間やお金が少なくて済む
- 仕事ぶりを見張る手間やお金が少なくて済む
- 成果は出す
- 待遇交渉は強くしない
- 誰が誰に命令するかという関係は変えない
これは、現代の会社では、聞こえのよい次のような人だと
- 素直
- 前向き
- 仲間とうまくやれる
- 言われる前に自分で考えて動ける
- つらくても耐えられる
- もっと仕事ができるようになりたい
- 会社のやり方に合わせられる
- いろいろな仕事ができる
と呼ばれる。
しかし、中身をよく見ると、
自分で考えるが、任せる側の思いどおりに動くこと
首輪つきの考える力
任せる側に都合のいい範囲だけで、自分から動くこと
を求めているだけの場合がある。
この記事では、古代ローマで奴隷を働かせることと、現代の会社が仕事を任せることを同じだとするのではなく、「人を自分の思いどおりに使える物として見る考え方」がどれだけ残っているかを整理する。
1. 『奴隷のしつけ方』は古典ではなく、ローマ奴隷制を現代的に読ませる本
ネットへの投稿で話題になっていた『奴隷のしつけ方』は、筑摩書房の紹介によると、マルクス・シドニウス・ファルクス著、ジェリー・トナー著、橘明美訳の本で、古代ローマ貴族が現代人に向けて奴隷の選び方から反乱を抑える方法まで解説するという体裁をとっている。
出典: 筑摩書房『奴隷のしつけ方』
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480436627/
CiNii Booksでも、原タイトルは How to manage your slaves とされ、マルクス・シドニウス・ファルクス著、ジェリー・トナー解説、橘明美訳、ちくま文庫として整理されている。
出典: CiNii Books『奴隷のしつけ方』
https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB30213420
重要なのは、この本が単なる古代文献の翻訳ではなく、架空のローマ貴族を語り手にして、現代人がローマ奴隷制の発想を読めるようにした本だという点である。
Oxford系の紹介でも、How to Manage Your Slaves は、架空のローマ人 Marcus Sidonius Falx と古典学者 Jerry Toner の共同作業という形式で、ローマ奴隷制について現代的な自己啓発書やマニュアルのように構成されていると説明されている。
出典: University College, Oxford “How to Manage Your Slaves”
https://www.univ.ox.ac.uk/book/how-to-manage-your-slaves/
つまり、この本の面白さは、古代ローマそのものだけではない。
現代の「人に仕事を任せるには」という本のような形で読むからこそ、
あれ、これ現代企業でも似たようなことをしていないか?
という違和感が出てくる。
2. 古代ローマには、普通に“人を働かせるための手引き”があった
古代ローマでは、農場経営、家政、奴隷管理に関する実務的な文献が残っている。
たとえば、カトーの『農業論』には、農場主が何を売るべきかという文脈で、古い道具や老いた家畜と並んで、老いた奴隷や病気の奴隷を売るべきだという記述がある。
出典: LacusCurtius, Cato “De Agricultura”
https://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Roman/Texts/Cato/De_Agricultura/A*.html
これは、かなり露骨である。
人間が、道具や家畜と同じ「持っていても余っているもの」「手放すもの」として並べられている。
現代の感覚では受け入れがたい。
しかし、持ち主が自分の仕事をうまく回す方法として見ると、冷たいながらも筋は通っている。
役に立つものは置く。
役に立たないものは売る。
持っているだけでお金がかかるものは手放す。
主人は買うより売る側であれ。
まさに、人を一人の人間としてではなく、金になる持ち物、道具、費用として見る視線である。
また、コルメラの『農業論』にも、遠方の土地を所有することの危険や、奴隷に管理を任せることによる不正・怠慢・損失への警戒が出てくる。LacusCurtius版では、遠方の土地所有者が、実質的に財産を奴隷へ渡してしまうようなものだという趣旨の警戒が述べられている。
出典: LacusCurtius, Columella “De Re Rustica” Book I
https://penelope.uchicago.edu/Thayer/e/roman/texts/columella/de_re_rustica/1*.html
ToposText版でも、奴隷に任せると、牛の貸し出し、家畜の不十分な餌、種のごまかし、収穫の減少などのリスクがあるという実務的な警戒が紹介されている。
出典: ToposText, Columella “De Re Rustica”
https://topostext.org/work/799
つまり、古代ローマの農場経営者も、現代の管理者と同じように悩んでいた。
- どう選ぶか
- どう配置するか
- どう監督するか
- どう不正を防ぐか
- どうやる気を出させるか
- どう逃亡や反抗を防ぐか
- どこまで任せるか
- 誰に管理させるか
- 管理者をどう主人側に組み込むか
この意味で、管理の論点はかなり古い。
ローマ支店型・穴あき動物園である。
3. 任せる側が欲しいのは「完全な奴隷」ではなく「都合よく自分から動く人」
ここが重要である。
管理者にとって、完全に言われたことしかできない人は困る。
一から十まで指示しないと動かない。
少し状況が変わると止まる。
先が読めない変化に対応できない。
仕事ぶりを見張る手間やお金が多くかかる。
これでは管理側も大変である。
だから、任せる人は、自分で考えて動いてほしいと求める。
しかし、完全に自立した人間も困る。
自分で判断する。
構造のおかしさを指摘する。
自分で決めて人に動いてもらう力と、仕事に見合うお金を要求する。
無駄な会議を批判する。
責任だけ負わされることを拒否する。
会社に都合のいい「やりがい」を疑う。
辞める選択肢を持つ。
これも管理者にとっては困る。
つまり、管理者が本当にほしいのは、
完全な従順さでもなく、
完全な自立性でもない。
ほしいのは、
自分で考えるが、任せる側の思いどおりに動くことである。
もっと言うと、
自分で考えて穴は埋める。
でも、誰が誰に命令するかという関係は変えない。
自分から考えて動く。
でも、上司や会社の想定を超えない。
責任は持つ。
でも、自分で決めて人に動いてもらう力や、仕事に見合うお金の交渉は強くしない。
こういう人間である。
これが、現代企業における「首輪つきの考える力」である。
4. 「自分で考えて動け」の罠:ただし、こちらが思っていた範囲で
現代の会社では、言われる前に自分で考えて動くことがよく求められる。
自分で考えて動け。
自分に関わる問題として考えろ。
仲間をまとめて、先頭に立って進めろ。
周囲を巻き込め。
改善提案をしろ。
一見すると、自由で前向きな言葉に見える。
しかし、実際には条件がついていることが多い。
自分で考えろ。
ただし上司の意向から外れるな。
自分で考えて動け。
ただし、自分で決めたり人に仕事を頼んで動いてもらったりはできない。
仲間をまとめて、先頭に立って進めろ。
ただし人事評価や報酬にはほとんど反映しない。
改善提案をしろ。
ただし会社の構造批判まではするな。
周囲を巻き込め。
ただし責任はお前が持て。
これは自由に考えて動けることではなく、会社に都合のいい範囲内だけ、自分から仕事を進めることである。
古代ローマの管理者も、ただ従うだけでなく、主人の利益になるように動く管理人や奴隷を求めた。
現代企業も、ただの指示待ちでは困る。
しかし、会社の命令の通り方や仕事の決まりまで変えようとする人は困る。
これが、現代の「自分で考えろ、でも自分で決めるな」という、どちらに従ってもぶつかる矛盾である。
5. 昔の奴隷の働かせ方を、今の言葉で言うと
現代企業は、当然ながら「奴隷」という言葉は使わない。
代わりに、綺麗な言葉を使う。
しかし、使い方によっては、昔の人の働かせ方を、今の言葉で言っただけになっていることがある。
| 古い管理視点 | 現代企業語 |
|---|---|
| 従順 | 素直 |
| 反抗しない | 仲間とうまくやれる |
| 文句を言わない | 前向き |
| 壊れない | つらくても耐えられる |
| 安く頑張る | もっと仕事ができるようになりたい |
| 見張る手間やお金が少なくて済む | 言われなくても自分で進められる |
| 穴を埋める | 言われる前に考えて動ける |
| 命令に従う | 会社のやり方に合わせられる |
| 便利に使える | いろいろな仕事ができる |
| 逃げない | 辞めずに長く働く人が多い |
| 反乱しない | 会社のために頑張りたい気持ちが強い |
| 主人側に立ってほかの奴隷を働かせる奴隷 | 仲間をまとめる人 |
もちろん、これらの言葉がすべて悪いわけではない。
素直さは大事である。
仲間とうまくやることも必要である。
つらさに耐える力が役立つ場面もある。
言われなくても自分で進められる人は強い。
問題は、その言葉が、仕事に見合うお金、自分で決めて人に動いてもらう力、やり方を選ぶ自由、安全、やめる条件を渡さず、都合よく働く人を動かすために使われる場合である。
6. 「褒める」も、人を思いどおりに動かす方法になる
現代の会社では、仕事を認めること、よかった点や直す点を伝えること、会社のために頑張りたい気持ち、上司と部下が1対1で話すこと、質問や失敗の報告をしても罰や恥ずかしい扱いを恐れずに済むことが重視される。
これ自体は悪いものではない。
人は認められると力を出しやすい。
自分の仕事に意味を感じると、働きやすい。
上司が仕事のよかった点や直す点を教えてくれると、できることを増やしやすい。
しかし、これも使い方次第である。
褒めることが、
人間を尊重するため
ではなく、
気持ちよく動かすため
に使われると、仕事を認めることも、人を動かす燃料になる。
「ありがとう」 「助かった」 「君ならできる」 「期待している」 「成長機会だ」 「リーダー経験になる」
こうした言葉が、仕事に見合うお金、自分で決めて人に動いてもらう力、仕事への評価とセットならよい。
しかし、セットでなければ、ただの安い燃料である。
古代ローマの主人が、奴隷や管理人を褒めたり報いたりしたとしても、それは人間尊重というより、主人が決めた通りに働かせ、少ない時間や手間で多くの仕事を終わらせるためだった。
現代企業でも同じことが起こる。
仕事を認めることが、人を大切にするためではなく、動かす燃料として使われる。
ここに注意が必要である。
7. 管理職・リーダー問題:責任だけ負わせても人は組織側に立たない
古代ローマの農場経営では、管理人の扱いが重要だった。
奴隷全員を主人が直接見ることはできない。
そこで、中間管理者的な役割が必要になる。
現代企業でも同じである。
その場の仕事をまとめる人、主任、係長、一つの仕事を最後までまとめる人、教える担当、出来のよさを保つための活動をまとめる人、仕事をよくする担当。
彼らは、上司でもあり、現場作業者でもある。
しかし、ここで問題が起こる。
責任だけ渡して、自分で決めて人に動いてもらう力、仕事に見合うお金、やり方を選ぶ自由を渡さない。
これは最悪である。
- どこまで進んだか確かめ、予定に間に合うようにしろ
- メンバーを動かせ
- 発表資料をまとめろ
- 品質を上げろ
- 教育しろ
- その人しかできない仕事を、ほかの人もできるようにしろ
- 周囲を巻き込め
- でも、人に仕事を頼んで動いてもらう力を正式には渡されていない
- 評価も大して上がらない
- 残業はするな
- 失敗したらリーダーの責任
これでは、リーダーは会社側に立てない。
経験があって多くの仕事を任せられる作業者として、便利に使われるだけである。
古代ローマ的に言えば、管理人を主人側に組み込むなら、その役に見合う扱い、尊重、自分でやり方を選べること、将来の見通しが必要になる。
現代企業でも同じである。
責任を負わせるなら、
- 自分で決めて人に動いてもらえること
- 報酬
- 評価
- 自分でやり方を選べること
- 時間
- 人員
- この役をやめる条件
- 上司の支援
をセットにしなければならない。
セットでなければ、それは仲間をまとめる経験ではなく、現代の言い方で、穴埋めのための奴隷の役を押しつけられているのである。
8. 「明るく前向きな人」が好まれる理由
組織は、明るく、前向きで、感情処理を自分で済ませる人を好む。
これも自然ではある。
不満が多く、すぐ壊れ、周囲に怒りをぶつける人ばかりでは組織は回らない。
しかし、問題は、個人の苦痛がその人に働いてもらうための手間やお金としてだけ見られる場合である。
つらい。
しんどい。
不安。
納得できない。
理不尽だ。
こうした声が、人間の状態ではなく、
面倒な人
管理しにくい人
ネガティブな人
会社のやり方に合わせられない人
として処理される。
すると、組織にとって望ましい人材像はこうなる。
- 苦痛を出さない
- 不満を表に出さない
- 上司に負荷をかけない
- 自分で気分を整える
- 明るくふるまう
- 辞めずに残る
- 会社の穴を埋める
これは、かなり都合がいい。
「前向き」という言葉が、現実をよくする力ではなく、現実に文句を言わせない蓋になることがある。
ここにも、人を働かせる考え方の古さが出る。
9. 「違う人たちを集める」も、使い方によっては思いどおりに動かす方法になる
古代ローマの奴隷管理では、同じ言葉を話す者同士を集めない、閉じた連帯を防ぐ、といった発想が語られることがある。
現代の会社が違う人たちを大切にするのは、本来、性別や年齢、育った場所、経験などの違いを尊重し、誰も締め出さず仲間として働けるようにするためである。
しかし、使い方によっては、組織側に都合よく機能することもある。
たとえば、
- 労働者同士が連帯しにくい
- 問題意識が共有されにくい
- 立場ごとに分断される
- 正社員、非正規、派遣、委託で利害が分かれる
- 部署ごとに評価制度が違う
- 現場同士が横につながらない
- 不満が個人化される
こうなると、管理者にとって都合がいい。
もちろん、現代の多様性推進そのものを否定する必要はない。
問題は、違う人を仲間に迎えるのではなく、人同士を引き離して思いどおりに動かすために、その違いが使われる場合である。
労働者が横につながれない。
誰が何を決め、どう仕事を分けるために問題が起きているのか、整理されない。
不満が個人の適応力不足にされる。
この時、違う人たちを集めることが、綺麗な言葉を着て、人を思いどおりに動かす方法になる。
10. 「待遇は良くなった。でも本質は変わったのか」
現代の労働者は、古代ローマの奴隷ではない。
ここは何度でも確認する必要がある。
労働者は売買されない。
法律上、一人の人として権利を持ち、義務を負う。
賃金を得る。
退職できる。
転職できる。
労働基準法がある。
団結できる。
不当な扱いに対して争える。
だから、現代雇用を「奴隷制」と完全に同じだと言うのは違う。
しかし、管理者側の欲望としては、かなり連続している。
なるべく安く。
なるべく従順に。
なるべく壊れず。
なるべく自発的に。
なるべく文句を言わず。
なるべく会社都合で動いてほしい。
ここは変わっていない。
違うのは、言葉が綺麗になったことだ。
奴隷を働かせることは、人に仕事を任せて育てることと言い換えられた。
しつけは、教育・育成になった。
見張ることは、仕事を任せて進めることと言い換えられた。
逃げるのを防ぐことは、辞めずに働く人を増やすことと言い換えられた。
反抗を防ぐことは、会社のために頑張りたい気持ちを強めることと言い換えられた。
命令を守ることは、会社のやり方に合わせる力と言い換えられた。
都合のいい従順さは、素直さになった。
搾取は、成長機会になった。
ここに違和感を持つことは、かなり妥当である。
11. 会社の褒め言葉をそのまま信じない
では、労働者側はどうすればいいのか。
一番大事なのは、会社の褒め言葉をそのまま信じないことである。
たとえば、会社からこう言われた時。
言われる前に、自分で考えて動けるね。
見るべきは、
- 自分で決めて人に動いてもらう力は渡されるか
- 自分でやり方を選べるか
- 報酬は上がるか
- 評価に反映されるか
- 責任範囲は明確か
- 担当外の穴埋めになっていないか
である。
成長機会だよ。
見るべきは、
- 学習時間は確保されるか
- 失敗しても守られるか
- 役割に応じた評価があるか
- ただの追加業務ではないか
である。
リーダー経験になるよ。
見るべきは、
- 人に仕事を頼んで動いてもらう力は正式に渡されるか
- 上司が責任を持つか
- 報酬・評価に反映されるか
- メンバーの非協力まで背負わされないか
- この役をやめる条件が決まっているか
である。
君に期待している。
見るべきは、
- 期待が言葉だけではないか
- 処遇に出るか
- 支援があるか
- 人手、時間、道具、お金はあるか
である。
会社語は、必ず現実に翻訳する。
言葉ではなく、自分で決めて人に動いてもらえるか、仕事に見合うお金が出るか、やり方を選べるか、いつやめられるかを見る。
これが、現代でも奴隷のように都合よく働かせようとするやり方に飲まれないための基本である。
12. 「首輪つきの考える力」を見抜くチェックリスト
次の項目に当てはまるなら、その「自分で考えて動くこと」は危ない。
自分で考えて動くほど、つらくなる任せ方
- 自分で考えろと言われるが、最終的に決める力は渡されない
- 責任だけあるが、評価は上がらない
- 失敗時は自分の責任、成功時は組織の成果
- 改善提案は求められるが、構造批判は嫌がられる
- 周囲を巻き込めと言われるが、上司は前に出ない
- 残業はするなと言われるが、仕事に必要な時間は減らされない
- その人しかできない仕事をなくせと言われるが、誰でもできる共通の手順を作る時間はない
- 仲間に仕事を教える役は任されるが、誰を入れるか、どこへ配置するかなどは決められない
- リーダー扱いされるが、リーダー手当はない
- 便利に使われているのに「成長」と言われる
これは、自分の判断で自由に動けることではない。
首輪つきの考える力である。
13. 自分で考えて動くことが、役立つ場合と損になる場合
自分で考えて動くことそのものが悪いわけではない。
むしろ、できると強い。
自分で考える力。
改善する力。
仕組み化する力。
学ぶ力。
周囲を巻き込む力。
これは、個人の資産にもなる。
問題は、自分で考えて動いた結果が、誰のために残るかである。
自分で考えて動いた分、自分にも返ってくる
- 自分のできることが増える
- 実績として残る
- 評価や報酬に反映される
- 自分で決めて人に動いてもらえる範囲と、責任を負う範囲が一致している
- 別の会社でも、自分により多く払ってもらえるようになる
- 会社外でも使える知恵になる
- 自分に残る物、記事、そのまま使えるひな型、アプリ、自分が作った物やできる仕事を示す作品集にできる
自分で考えて動いた分、会社だけが得をする
- 会社の穴埋めだけで終わる
- 評価されない
- 担当範囲が無限に広がる
- 便利屋化する
- 上司の責任を肩代わりする
- 担当ややり方が決まっていない周囲の仕事を、何でも引き受ける
- 疲弊だけ残る
- 自分の資産に変換できない
自分で考えて動く力は、使う場所を選ぶ必要がある。
会社の穴に流すだけなら、古代ローマ支店で穴埋めのための奴隷の役をすることになる。
自分の資産に流せるなら、強みになる。
14. 労働者側の対策:会社を“回収装置”として使う
人を働かせる考え方が古いなら、働く側も自分を守る必要がある。
会社に忠誠を誓うのではなく、会社を回収装置として使う。
対策1:役割と責任範囲を明文化する
これは誰の責任ですか?
判断者は誰ですか?
どこまでが私の担当ですか?
期限はいつですか?
優先順位は何ですか?
追加業務なら、何を減らしますか?
これを確認する。
対策2:何を決められ、いくらもらえるか確認する
仲間をまとめて動くなら、何を自分で決められ、何を人に頼んで動いてもらえますか?
評価にはどう反映されますか?
必要な作業時間は確保されますか?
メンバーが動かない場合、誰が判断しますか?
これを聞く。
対策3:成果物を自分の資産に変換する
会社の中で得た知見を、個人情報や機密を除いて、
- 記事
- そのまま使えるひな型
- チェックリスト
- マニュアル
- 職務経歴書
- 作った物やできる仕事を示す作品集
- アプリ
- 商品やサービスを一つにまとめて紹介するページ
- 教育資料
に変換する。
対策4:善意を無料で出しすぎない
見えるから拾う。
できるから直す。
気づいたから補修する。
これをやりすぎると、穴あき動物園の補修要員になる。
改善案を出すなら、
- 実行担当
- 判断者
- 続けるために必要な作業や時間
- 期限
- 自分が担う範囲
- 自分が担わない範囲
をセットにする。
対策5:やめる条件を持つ
会社の言葉が綺麗でも、
- 評価されない
- 報酬が上がらない
- 自分で決めて人に動いてもらう力がない
- 責任だけ増える
- 心身が削れる
- 別の会社のほうが自分に多く払ってくれる
なら、撤退候補に入れる。
現代の労働者は、古代奴隷ではない。
辞められる。
転職できる。
副業できる。
資産化できる。
ここが最大の違いである。
15. 記事の結論:表の言葉は綺麗になったが、人を動かす考え方は古い
古代ローマの奴隷制と現代の雇用は、法的にも倫理的にも同じではない。
現代の労働者には権利がある。
賃金がある。
退職できる。
労働法がある。
この違いは絶対に軽視してはいけない。
しかし、管理者側の欲望は、かなり古い。
自分で考えてほしい。
でも、誰が誰に命令するかという関係は変えないでほしい。
責任を持ってほしい。
でも、自分で決めて人に動いてもらう力や、仕事に見合うお金は強く求めないでほしい。
不満を言わず、壊れず、明るく、前向きに、会社の穴を埋めてほしい。
これは、かなり都合がいい人間像である。
古代ローマでは、それが露骨に奴隷管理として語られた。
現代の会社では、それが「人に仕事を任せて育てる」「言われる前に自分で動く」「できることを増やす」「仲間とうまくやる」「会社のために頑張りたい」という、聞こえのよい言葉に着替えている。
だから、現代企業を見る時に大事なのは、
言葉が綺麗か
ではない。
自分で決めて人に動いてもらえる範囲、仕事に見合うお金、やり方を選ぶ自由、負う責任、やめる条件が合っているか
である。
そこが一致していないなら、どれだけ綺麗な言葉を使っていても、実態は
現代の言い方になった、奴隷のように都合よく働かせるやり方
になり得る。
待遇は良くなった。
権利も増えた。
でも、経営者にとって都合のいい人間像は、ローマからあまり変わっていないのかもしれない。
穴あき動物園、ローマ支店。
昔からのひどい働かせ方を、各地の店で同じように続ける商売である。
短縮版:要点まとめ
何がローマから変わっていないのか
古代ローマの奴隷制と現代雇用は同じではない。
しかし、管理者が欲しがる人間像は似ている。
- 自分で考える
- でも反抗しない
- 壊れない
- 逃げない
- 文句を言わない
- 働いてもらうための手間やお金が少なくて済む
- 会社都合で穴を埋める
- 待遇交渉は強くしない
つまり、欲しいのは「自由な人間」ではなく、自分で考えながらも、任せる側の思いどおりに動く人。
現代企業語への翻訳
- 従順 → 素直
- 文句を言わない → 前向き
- 壊れない → つらくても耐えられる
- 穴を埋める → 言われる前に考えて動ける
- 命令を飲む → 会社のやり方に合わせられる
- 安く頑張る → もっと仕事ができるようになりたい
- 便利屋化 → 幅広い業務に対応できる
対策
会社の言葉をそのまま信じない。
「自分で動ける」「成長できる」「仲間をまとめる経験になる」と言われたら、必ず確認する。
- 自分で決めて人に動いてもらう力は渡されるか
- 報酬はあるか
- 評価されるか
- 自分でやり方を選べるか
- 責任範囲は明確か
- この役をやめる条件は決まっているか
- 自分の資産に変換できるか
セットでなければ、それは現代の言い方で、穴埋めのための奴隷の役を押しつけられているのかもしれない。
チェックリスト:首輪つきの考える力を見抜く
- 自分で考えろと言われるが、最終的に決める力は渡されない
- 責任だけあるが、評価は上がらない
- 成功は組織の成果、失敗は自分の責任
- 改善提案は求められるが、構造批判は嫌がられる
- 周囲を巻き込めと言われるが、上司は前に出ない
- 残業はするなと言われるが、仕事に必要な時間は減らされない
- その人しかできない仕事をなくせと言われるが、誰でもできる共通の手順を作る時間はない
- 仲間に仕事を教える役は任されるが、誰を入れるか、どこへ配置するかなどは決められない
- リーダー扱いされるが、リーダー手当はない
- 便利に使われているのに「成長」と言われる
3つ以上当てはまるなら、要注意。
それは自分の判断で自由に動けることではなく、首輪つきの考える力かもしれない。
