引っ越し前日の部屋を見ていると、不思議な疑問が出てくる。
みんな、本当に引っ越し業者が来るまでにちゃんと終わらせているのか。
体感では「7割くらいは終わっていそう」に見える。ただ、公開調査を探すと、「業者到着時点で完全に荷造り済みだった人は何%か」を全国一律で直接聞いたデータは意外と見つからない。
それでも複数の調査を見ると、方向性はかなりはっきりしている。多くの人は数週間前から始め、最後はなんだかんだ間に合わせる。全員が余裕の優等生ではないが、業者が玄関に来てから部屋全体をゼロから箱詰めする人が標準というわけでもない。
そして最後まで残りやすいのが、冷蔵庫、洗面用品、寝具、そしてPC周りだ。
ここから急に、引っ越しは「荷造り」から「配線との戦争」へ変わる。
1. みんな意外と早く始めている。ただし「34.3%」は未完了率ではない
LIFULL HOME'S PRESSの2019年調査では、引っ越し準備を始めた時期は「1カ月前」39.8%、「2週間前」21.48%、「2カ月以上前」20.5%だった。1週間前は15.3%、前日は1.8%、当日は0.42%だった。
SUUMOの2024年調査でも、「1カ月以上前」39.4%と「2~3週間前」38.8%を合わせると78.2%。かなりの人が2週間以上前から動いている。
一方、アート引越センターの2023年調査では、利用すればよかった・利用したかった有料サービスの1位が「荷造り」で34.3%だった。
ここは読み違えやすい。
34.3%が荷造りに間に合わなかった、という意味ではない。
「自分でやったけど、しんどかった」「次は金で殴りたい」「このダンボール山を誰かに合法的に消してほしい」という人まで含む数字だ。
別のLIFULL調査では、361人のうち16.3%が「荷詰めや荷物の整理が間に合わなかった」を失敗として選んでいる。
だから、「ほとんどの人が完全無欠に余裕で終了」とまでは言えない。しかし、間に合わない人が多数派だと見る根拠もない。
「7割くらいちゃんと終わってそう」という感覚は大外れではない。ただし、公開統計から正確に7割と確定することはできない、くらいが一番正確だ。
2. 引っ越しは「やった方がいい」ではなく、トラックが来る物理的締切
引っ越しの強さは、締切が概念ではないところにある。
仕事なら「できれば今週中」が来週へ逃げることもある。片付けなら「今度やろう」が来月まで生き延びる。
でも引っ越しは、指定時刻になると本当に人とトラックが来る。
部屋に箱詰めされていない物が残っていても、トラックは「お気持ちが整うまで待ちます」とは言わない。
つまり途中まで先延ばししても、最後には選択肢が急激に減る。
やる。箱に入れる。終わらせる。
この物理性が強い。
だから前日まで「これ本当に終わるのか」と思っていた人でも、当日の朝には突然ものすごい速度で動ける。性格が一晩で変わったのではない。逃げ道が消えただけである。
引っ越し業者という存在は、かなり巨大な締切装置だ。
3. 当日の朝まで残る物があるのは、別に準備不足ではない
全部を3日前に封印できれば美しいが、人間は引っ越し直前まで生活している。
最後まで使う物は残る。
- スマートフォンの充電器
- 洗面用品
- 寝具
- 最低限の食器
- 冷蔵庫の中身
- PCとモニター
これは「サボっていたから残った荷物」とは限らない。
使うから最後まで残していた荷物もある。
重要なのは、当日朝に残る量が「生活必需品の最終便」なのか、「家の半分が未着手」なのかという違いだ。
前者なら、実質的には最終工程まで来ている。
引っ越し当日の目標は、部屋を美術館の収蔵庫みたいに完璧に整理することではない。
業者が安全に搬出できる状態へ持っていくことだ。
4. PC周りだけ急に難易度が上がる。快適性のツケが一括請求される
普段、PC周りを充実させると快適になる。
モニターが増える。外付け機器が増える。スピーカーが増える。ハブが増える。電源タップが増える。
その瞬間は全部うれしい。
ところが引っ越しの日だけ、それらが一斉に敵側へ回る。
モニターはただの板ではない。電源ケーブルと映像ケーブルとスタンドを連れている。
PC本体はただの箱ではない。USB、映像、音声、ネットワーク、ストレージの触手が生えている。
普段の快適性を上げた分だけ、移設時にまとめて作業コストを払うことになる。
PC環境は快適性のサブスクではなかった。
引っ越し時に一括請求が来る買い切りだった。
5. PC・モニター・配線は「完全整理」より「再現可能」にする
公式の引っ越し案内を並べると、やることは意外と単純だ。
アート引越センターは、重要データのバックアップ、主電源を落とすこと、接続中の配線をすべて外すこと、ケーブルやマウス・キーボードをまとめて梱包し中身を明記することを案内している。
同社のAV機器案内では、配線コードの写真を撮り、タグなどで目印を付けると再設置が楽になるとしている。
別の引っ越しサービス公式ガイドも、パソコンやディスプレイを緩衝材で保護し、ケーブルを機器ごとに分かるようまとめることを勧めている。
要するに、最短ルートはこれでいい。
- 重要データをバックアップする。
- PCを完全に終了する。 外付けストレージも書き込み中でない状態にする。
- 抜く前に写真を撮る。 机全体、PC背面、モニター背面、電源タップ周辺。
- 配線を外す。 必要な物だけ「中央モニター」「PC電源」程度に目印を付ける。
- ケーブルを用途別にまとめる。 1本ずつ博物館資料のように管理する必要はない。
- モニターは液晶面へ圧がかからないよう保護する。
- PC本体や外付けストレージは衝撃を避ける。
- 箱に中身を書く。 「PC周辺」「モニター配線」だけでも復旧速度がかなり違う。
サカイ引越センターも、デスクトップPCの梱包・輸送には対応する一方、配線の取り外し・取り付けは利用者側で行うよう案内し、事前バックアップも求めている。
業者ごとにサービス範囲は違うので、最終的には契約先の条件が優先だ。
6. 新居で人に再設置してもらうなら、細かすぎる配線管理はさらに不要
新居でPC環境の再構築を自分で全部やらないなら、旧居で目指す完成度も変わる。
必要なのは、「自分だけが分かる完璧な配線記憶」ではない。
別の人が写真と部品を見れば復元できる状態だ。
だから、全部のHDMIケーブルに長文ラベルを付ける必要はない。
- 完成状態の写真
- 背面端子のアップ
- 特殊な接続だけ簡単な目印
- ケーブルを機器群ごとに袋分け
これでかなり十分だ。
新居では写真を見せて「この状態へ戻してください」で通る。
ここで旧居側が配線一本一本を完全に設計図化し始めると、引っ越し当日に一番希少な資源である自分の時間を大量消費する。
復元できれば勝ち。
配線管理選手権ではない。
7. 最後は「完璧に片付いたか」ではなく「安全に渡せるか」で判定する
引っ越し直前は、判断基準を変えた方がいい。
数日前なら、整理・処分・分類まで丁寧にやる価値がある。
しかし業者が来る直前なら、優先順位はこうなる。
壊さない → 忘れない → 搬出できる → 新居で戻せる。
それ以上の美しさは余力があればでいい。
引っ越し作業の終盤で「もう写真撮って、箱を準備して、壊れないように入れて、新居で再現を頼めばいい」となるのは雑なのではない。
むしろ、目的に合わせて作業を削った結果だ。
普段は豪華なPC環境が文明の象徴でも、引っ越し当日だけは大量のケーブルを生やしたボスになる。
それでも写真を撮って電源を落とし、抜いて、守って、箱へ入れれば終わる。
最後はやはり物理が勝つ。
トラックは来る。だから人は箱を閉じる。
