ネタバレ注意
本文はヨークシン編、グリードアイランド編、幻影旅団とクラピカのその後に触れます。
記事1:ヒソカ、クロロと戦いたすぎて「除念する側」に回る
結論
ヒソカの面白さは、戦いたい相手が弱体化したときに「今なら勝てる」とならないことだ。
クロロはクラピカの能力によって念を封じられる。
普通の敵なら好機である。
しかしヒソカにとっては逆だ。
念を使えないクロロでは、戦う意味がない。
その結果、
クロロと戦いたい
→ クロロは念が使えない
→ では除念師を探す
という、敵を治す側への謎の転職が起きる。
クラピカに封じられたクロロ
ヨークシン編の終盤で、クロロはクラピカによって行動と念能力を制限される。
クロロ自身が念を使えない以上、自分の能力で解決することもできない。
そこで必要になるのが除念師だ。
G.I.編では「除念」という仕組みそのものが物語へ入り、アベンガネがその役割を担う。
原作No.149では除念師の存在へ複数の側が気づく流れが描かれ、G.I.終盤のNo.183付近では除念師と旅団側の接続が進む。
ここでヒソカの立場が妙に面白くなる。
ヒソカの目的は「クロロを倒す」ではなく「クロロと戦う」
ヒソカが単純な勝利だけを求めているなら、念を封じられたクロロは最高の標的になる。
しかしヒソカはそうしない。
欲しいのは、
万全のクロロと戦うこと
である。
だから、
敵を弱らせる
ではなく
敵の状態異常を治す
方向へ動く。
ゲームで考えるとかなり変だ。
ラスボスが状態異常で技を使えない。
普通のプレイヤーならそのまま殴る。
ヒソカは、
「そのデバフ解除してから戦おう♠」
となる。
完全に対戦相手のリハビリ担当である。
利害一致の仕方がおかしい
クロロ側にもメリットがある。
念を取り戻したい。
ヒソカ側にもメリットがある。
クロロが念を取り戻せば戦える。
したがって、
クロロ:除念したい
ヒソカ:除念させたい
で目的が一致する。
ただし、その理由が全く違う。
クロロは自分の能力を取り戻したい。
ヒソカはその回復したクロロと殴り合いたい。
普通なら協力関係にならない二人が、除念という一点だけでつながる。
G.I.編はカードゲームと修行の章に見えるが、裏ではかなり変な利害調整が走っている。
ヒソカは戦闘狂だが、勝負条件にはうるさい
ここも重要だ。
ヒソカは無謀に見える。
しかし実際には、誰とどの条件で戦うかをかなり気にしている。
クロロが念を使えないなら戦わない。
旅団全員と正面から一斉に戦うより、個別に崩す。
戦闘狂なのに、試合成立条件だけは妙に冷静だ。
だからヒソカは、
危険を避ける合理主義者 ではない。
しかし、
自分が面白いと思える勝負を成立させるためには合理的
である。
このズレがキャラクターとして強い。
記事2:除念後、旅団にはクラピカを狙う理由が残る――でもクラピカ側はもう「蜘蛛だけ」を見ていない
結論
クロロの除念が成功したあと、幻影旅団から見ればクラピカは依然として重大な敵である。
一方で、現在のクラピカはヨークシン当時ほど「蜘蛛への復讐だけ」で動いていない。
このため、
旅団側には昔の因縁が残る。
クラピカ側では旅団の優先順位が下がっている。
という非対称が生まれている。
旅団から見たクラピカの危険度は高い
クラピカは幻影旅団に対して、実績だけ見ても非常に危険だ。
- ウボォーギンを倒した
- クロロを拘束した
- 団長の念を封じた
- 蜘蛛に特化した拘束能力を持つ
- 不意打ちと「隠」を組み合わせられる
しかもチェーンジェイルは、旅団員以外に使えば自分が死ぬという極端な制約を置いた対蜘蛛専用能力だ。
能力の内容が知られたからといって、受ければ無効になるわけではない。
警戒できるようになるだけだ。
弱点が知られても「当たれば終わる」は残る
念能力は、情報が割れると対策されやすい。
しかし対策できることと、能力が効かなくなることは別である。
クラピカの鎖が来るとわかっていても、
- 視界外
- 混戦
- 不意打ち
- 囮
- 「隠」による不可視化
が絡めば、旅団側には依然として危険がある。
ウボォーギン戦でクラピカが見せたのも、単純な力比べだけではない。
相手に鎖を意識させたうえで、情報差と技術を使って拘束へつなげている。
つまりクラピカは「能力を知られたら終わり」のタイプではない。
むしろ、
知られていても一度ミスすれば終わる
タイプである。
ただし現在のクラピカは復讐だけで動いていない
一方、クラピカ本人の目的は大きく変化している。
ヨークシンでは旅団への復讐が物語の中心にあった。
現在の王位継承戦では、
- ワブルの護衛
- オイトの生存
- 継承戦への対応
- 緋の眼の回収
など、複数の責任を抱えている。
蜘蛛を見つけたから即座に全部を捨てて追いかける、とは限らない。
むしろ今なら、
「ここで戦えば護衛対象を危険にさらす」
という理由で戦闘を避ける可能性がある。
ヨークシンですでに「復讐より仲間」を選んでいる
実はこの変化は突然ではない。
ヨークシンの時点でクラピカは、クロロを殺せる状況に近づきながら、ゴンとキルアの生存を優先している。
つまり、
復讐心が強い
=いつでも復讐を最優先する
ではなかった。
現在は守る対象と責任がさらに増えたため、その傾向がより強くなっている。
再会したら面白いのは、この温度差
旅団側は、
「鎖野郎」
として過去の因縁を引きずる。
クラピカ側は、
「今はお前たちに構っている場合ではない」
となる可能性がある。
この温度差はかなり面白い。
昔はクラピカが蜘蛛を追っていた。
今後は逆に、蜘蛛の側がクラピカへ執着する構図になってもおかしくない。
ただし、作中で「除念後はクラピカを最優先で殺す」と明文化されているわけではない。
ここは旅団側に十分な動機が残っている、という考察として分けて読む必要がある。
記事3:旧G.I.編OP、最初から「こいつがボマーです」くらい見せてくる
結論
1999年版アニメから続くOVA『HUNTER×HUNTER GREED ISLAND』のOP「Pray」は、今見るとかなりネタバレ感が強い。
ゲンスルーを重要人物として前面に出し、爆発を連想させる映像も重なるため、初見でも、
「あ、このメガネ敵側だな」
とかなり早く察せる。
本編で「ボマーとは誰なのか」を追うタイミングと、OP映像の情報量が噛み合っていない。
本編は正体を段階的に出す
G.I.編のゲンスルーは、最初から単純なラスボスとして登場するわけではない。
プレイヤー集団の中で行動し、やがて「ボマー」という存在の正体へ話が進む。
ここには一応、
ボマーとは誰なのか
という情報の段階がある。
ところがOPは毎回先に流れる。
そのため視聴者は、
本編
「ボマーとは……」
OPを見た視聴者
「たぶん毎回悪そうに映ってるメガネやろ」
となる。
OPが「雰囲気映像」ではなく「今期の見どころダイジェスト」
近年のアニメでは、重大な正体や裏切りを伏せるため、
- 敵味方を曖昧に配置する
- 戦闘相手を直接つなげない
- 能力発動を抽象的に描く
といったOP演出も多い。
旧G.I.編OPはかなり違う。
このシリーズで活躍する人物と見せ場を見せる
ことを優先している。
結果、
- ビスケ
- レイザー
- ゲンスルー
- G.I.内の主要戦闘
など、後で意味がわかるカットがかなり入る。
「ネタバレを避けるOP」というより、
今シリーズのPV
に近い。
「俺がボマーだ!」をOPが先にやっている感
もちろんOP内で本当に「ゲンスルーがボマーだ」と文章で説明するわけではない。
しかし映像の情報量が強い。
そのため体感としては、
本編より先にOPが
「俺がボマーだ!」
をやっている
ように見える。
このズレが面白い。
本編では緊張感のある正体判明。
毎話のOPでは、
ゲンスルー、ドーン。
爆発、ドーン。
である。
初見向けの秘密保持という観点ではかなり豪快だ。
「Pray」自体はG.I.編のOPとして非常に合っている
一方で、曲そのものはG.I.編の冒険感によく合う。
Wish*の「Pray」は2003年のOVA『HUNTER×HUNTER GREED ISLAND』で使用された。
ゲーム世界へ入る高揚感と、その奥にある危険さの両方を持つ。
だから問題は曲ではない。
映像が正直すぎる。
そこが今見ると楽しい。
記事4:「せこいゲンスルー選手権」――“ボマー”を日常会話へ紛れ込ませたら強すぎる
結論
ゲンスルーの能力「命の音(カウントダウン)」は、発動条件を真面目に考えるほど妙な遊びが生まれる。
原作No.143のタイトルも「命の音」。
能力の条件には、対象へ触れながら「ボマー」と告げる過程が関係する。
そこで出てくるのが、
「真正面から“ボマー”と言わず、日常会話の音のつながりで通せないか?」
という、せこすぎる発想である。
もちろん作中でこうした空耳発動が認められるとは描かれていない。
以下は完全に言葉遊びだ。
しかし、日本語として妙に自然なものが作れてしまう。
最強候補:「ほぼ、まあいいんじゃね?」
かなり自然なのがこれだ。
「カード揃えたか?」
「8枚」
「おおー、ほぼ、まあいいんじゃね?」
背中をポン。
音だけつなげると、
ほぼ・まあ
→ ぼ・まあ
→ ボマー
になる。
何がひどいかというと、会話として成立している。
タッチにも理由がある。
肩や背中を軽く叩けばいい。
完全に、
励ましているふりをして爆弾を設置するゲンスルー
である。
さらに8枚しか集まっていないのに「ほぼ」と評価しているのも雑でいい。
あと92枚ある。
どこが「ほぼ」なのか。
「祖母+麻婆豆腐」も古典的に強い
もう一つ自然なのが祖母系である。
「うちの祖母、麻婆豆腐うまいんだよ」
発音の切れ目をずらすと、
そぼ・まー
が作れる。
さらにネット上でも昔から、
- 祖母+麻雀
- 祖母+マー君
のような「祖母マー」系のネタは繰り返し出ている。
つまりこの発想は、ゲンスルーの能力を見た読者が長年たどり着いてきた伝統芸に近い。
「サンボマスター好きか?」
これも強い。
「サンボマスター好きか?」
普通のバンドの話である。
しかし文字列の中に、
ボマ
がそのまま入っている。
「ボマー」そのものではないので作中ルール上通る保証は全くない。
ただし、せこいゲンスルーが裁定者なら、
「今ボマーって言った」
と言い張りそうなラインにいる。
「肩にゴミがついてるボマーね」は開き直り
さらにひどくすると、
「肩にゴミがついてるボマーね」
ポン。
となる。
これはもう自然に隠す気がない。
「ほぼ、まあ」には空耳としての逃げ道がある。
「祖母、麻婆」にも語の連続という建前がある。
しかし「ボマーね」は完全に言っている。
発動ワードを隠すのを諦め、触る理由だけ自然にした。
せこさの方向が違う。
せこいゲンスルー暫定ランキング
S:ほぼ、まあいいんじゃね?
自然。
褒め言葉として使える。
背中ポンまで自然。
一番危ない。
A:祖母、麻婆豆腐うまい
少し話題を作る必要があるが自然。
祖母マー系は応用が広い。
B:サンボマスター好きか?
単語内に音が入る。
ただし相手によっては急に音楽の話を始める不自然さがある。
開き直りSS:肩にゴミがついてるボマーね
隠していない。
でもタッチは最も自然。
真面目な能力設定があるからネタになる
この言葉遊びが成立するのは、能力の発動条件が具体的だからだ。
HUNTER×HUNTERでは、
なんとなく爆弾を付ける能力
ではなく、
何をしたら能力が成立するか
が設定される。
条件が細かいほど、
「ではこの言い方でも通るのか?」
という読者側の遊びが生まれる。
つまり「せこいゲンスルー」は、能力設定が雑だから生まれたネタではない。
逆である。
条件を真面目に作った結果、読者が条件の穴を探し始める。
これも念能力のおもしろさだ。
記事5:ゴン「クラピカなら悪いところを的確に指摘してくれそう」――本人に悪気がないのが一番おもしろい
結論
2011年版アニメ第59話には、ゴンがクラピカを師匠候補として評価する場面がある。
理由を要約すると、
クラピカなら自分の悪いところを的確に指摘してくれそうだから。
この評価、完全に正しい。
ただし読者から見ると、
「それ、指摘だけで終わらず一言刺してくるぞ」
となる。
ゴンに悪気が一切ないのがさらにおもしろい。
ゴンから見るとクラピカは理想的な指導者
ゴンの評価軸は単純だ。
- 頭がいい
- 観察力がある
- 間違いを見抜く
- 遠慮なく指摘する
だから、
師匠として向いている
となる。
実際クラピカは、物事の構造を理解して説明する能力が高い。
自分が具現化系の修行をした過程についても言語化できる。
能力設計もできる。
相手のミスもすぐ見つける。
指摘精度だけを見るなら非常に強い。
問題は「正解の後に一言追加する」こと
クラピカの会話で特徴的なのはここだ。
普通なら、
「強化系なら、まず纏と練を鍛えればいい」
で終わる。
クラピカっぽくすると、
「強化系なら、まず纏と練を鍛えればいい」
「そんなことも習わなかったのか?」
になる。
前半だけなら100点の指導。
後半で余計に刺す。
あるいは、
「強化系なら基本を鍛えればいいと思うが?」
と、語尾の「思うが?」だけで、
助言+軽い詰め
になる。
この一言がクラピカである。
内容は正しいのに、毎回少し感じが悪い
クラピカは間違ったことを言っているわけではない。
むしろ正しいことが多い。
だから余計にレスバ性能が高い。
- 正しい
- 言語化が速い
- 相手の穴も見える
- 語彙がある
- 遠慮がない
これがそろうと、
教育者 と レスパ民族
がほぼ同じ能力セットから生まれる。
でもゴンには効かなそう
ここで相性がいい。
ゴンは刺されたこと自体をあまり気にしない可能性が高い。
クラピカ
「そんなことも習わなかったのか?」
ゴン
「ウイングさんも似たこと言ってた!」
クラピカ
「……ならなぜ聞いた?」
ゴン
「クラピカにも聞いてみたかったから!」
このまま進みそうである。
普通なら対人摩擦になるクラピカのトゲを、ゴンの天然さが吸収する。
クラピカ師匠は意外と成立する
クラピカは柔らかい励ましを大量に出すタイプではない。
しかし、
- 誤りを放置しない
- 理由を説明できる
- 修行の目的を理解している
- 成果基準が明確
- 妥協しない
という点では師匠適性がある。
問題はフィードバックの言い方だけだ。
指摘精度:非常に高い。
フィードバックの柔らかさ:低い。
そしてゴンは、そこをほぼ気にしない。
だから案外うまくいく。
まとめ:G.I.編周辺は「能力の条件」と「キャラの性格」がぶつかるほどおもしろい
ここまでの話をまとめると、G.I.編周辺のおもしろさは単なるゲーム攻略ではない。
ヒソカ
クロロと戦いたい。
しかしクロロは念を使えない。
だから敵の除念を手伝う。
対戦相手を治してから殴りたい。
幻影旅団とクラピカ
除念後も旅団にはクラピカを敵視する理由がある。
しかしクラピカは、昔ほど蜘蛛だけを見ていない。
因縁の温度が非対称になっている。
旧G.I.編OP
本編ではボマーの正体を段階的に見せる。
しかしOPはゲンスルーを最初から強烈に見せる。
本編よりOPの方が先に「こいつです」と言っている。
ゲンスルー
能力には具体的な発動条件がある。
だから読者は、
「ほぼ、まあいいんじゃね?」でもボマー判定できないか
と条件の穴を探し始める。
クラピカ
ゴンから「悪いところを的確に指摘してくれそう」と師匠適性を評価される。
しかし実際に師匠をやったら、
正解を教えたあとに一言刺す
可能性が高い。
これらは全部、HUNTER×HUNTERの設定と性格が細かく作られているから成立する。
能力条件が曖昧なら、ゲンスルーの言葉遊びはできない。
ヒソカが単なる殺人狂なら、除念を手伝う理由がない。
クラピカが単に無愛想なだけなら、師匠適性の笑いも成立しない。
ルールが細かい。
キャラクターの欲求も細かい。
だから、その二つがぶつかったところに妙な笑いが生まれる。
G.I.編はそこまで含めておもしろい。
