闘技場のテュポーンは、ほぼ追い返し役

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FF6の終盤は、攻略情報があるかどうかで見え方がかなり変わる。

昔は、何が原因で詰まっていたのかも分からなかった。
どの敵が強かったのか。
どの仲間が足りなかったのか。
どの魔法を覚えるべきだったのか。
どの装備を使えばよかったのか。
どこでセーブすべきだったのか。

それが分からないまま、ケフカの塔に突っ込んで止まる。

でも今は違う。

攻略情報がある。
魔石の役割が分かる。
3パーティに火力と回復を分散できる。
コロシアムの罠も分かる。
ケフカの行動にも対処できる。

すると、FF6終盤は「理不尽に詰む場所」から、「設計が見えてくる場所」に変わる。


闘技場のテュポーンは、ほぼ追い返し役

竜の首コロシアムで厄介なのがテュポーンである。

初手で鼻息を使い、こちらを場外に飛ばしてくる。
プレイヤー側はまともに戦う前に終わる。

最初は「どうすれば倒せるのか」と思う。

でも実際には、あれは多くの場合「その賭けアイテムはハズレです」という追い返し役に近い。

コロシアムは、何を賭けるかによって相手と報酬が変わる。
つまり、テュポーンが出てきて鼻息で追い出される場合、その賭けルート自体が本命ではない可能性が高い。

もちろん、強引に倒すことも理論上はできる。
だが、コロシアムはオート戦闘で、こちらの行動を制御できない。
初手で鼻息が来れば終わる。

だから、基本的にはこう考えるのがよい。

テュポーンが出る
↓
鼻息で飛ばされる
↓
その賭けアイテムは本命ルートではない
↓
別の交換ルートを探す

コロシアムは、ラスボスよりも理不尽に感じることがある。
理由は、強いからというより、こちらの操作権を奪ってくるからである。


昔詰まっていたのは、ベクタリトスだった

小学生の頃、ケフカの塔で進めなくなった敵がいた。

記憶の中では、分裂したドラゴンのような、多頭のドラゴンのような敵だった。
あとになって確認すると、それはベクタリトスだった。

この敵自体は、現在の視点で見ると、終盤の通常モンスターの一体である。
弱点もあり、十分に育っていればそこまで大きな壁ではない。

しかし、小学生の頃に詰まったのは自然である。

理由は敵単体の強さではなく、状況が悪かったからだ。

仲間を十分に集めていない
シャドウがいない可能性がある
魔法習得が足りない
装備が偏っている
3パーティに分けられて戦力が薄い
回復役が偏っている
攻略情報がない

この状態で、ケフカの塔の通常敵やボスに当たれば、かなり厳しい。

つまり、当時の詰みは「ベクタリトスが異常に強かった」だけではない。
FF6終盤の3パーティ分割と、攻略情報不足が重なった結果である。

今なら、正体が分かる。
弱点も分かる。
戦力も分けられる。
回復手段も持てる。

昔の壁が、今は仕組みとして見える。

それだけでかなり違う。


ケフカ最終戦は、急に神格化している

ケフカの最終戦に入ると、少し不思議な感覚がある。

戦闘前のケフカは、いつものケフカである。

軽い。
煽る。
ギャグのような口調で話す。
小物っぽさが残っている。

しかし戦闘に入ると、急にラスボスらしい台詞になる。

すべてを破壊する。
命も夢も希望も意味がない。
破壊だけが残る。

急に神っぽくなる。

しかも、明確な変身シーンがあるわけではない。
普通のRPGなら、ラスボスが叫び、肉体が変形し、翼が生え、最終形態になるような演出がありそうなものだ。

しかしFF6では、戦闘に入ると、神々の像のような巨大な構造を下から登っていく。
そして最後に、羽の生えたケフカがいる。

つまり、ケフカが変身する瞬間を見せるというより、すでに神の座にいるケフカへ向かって登っていく構成になっている。

これはかなり独特である。


小物のまま神になったラスボス

ケフカの面白さは、最後までケフカのままであることだと思う。

普通のラスボスなら、小物時代があったとしても、最終形態では威厳ある存在に変わる。
口調も変わり、態度も変わり、完全に別の存在になることが多い。

しかしケフカは、最後までケフカである。

戦闘前は、軽い口調で煽る。
戦闘中は、神のようなことを言う。
でも根っこはつながっている。

「命なんて意味がない」
「希望なんてくだらない」
「だから全部壊す」

この思想は、急に生まれたものではない。
もともとの悪ふざけ、小物っぽさ、他人をバカにする態度が、神の力を得て世界規模になっただけに見える。

つまりケフカは、威厳ある魔王ではない。

小物のまま、神の座に座ってしまった存在である。

そこが怖くもあり、変でもあり、FF6らしい。


ゼロムスとの違い

FF4のゼロムスと比べると、ケフカの異質さがよく分かる。

ゼロムスは、あまり喋らない。
憎しみそのものが形になったようなラスボスである。
人間臭さよりも、概念や怨念に近い。

印象としては、こうだ。

ゼロムス:憎しみの概念がラスボスになった存在
ケフカ:人間として最悪なやつが神の席に座った存在

ゼロムスは、ラスボスらしいラスボスである。
ケフカは、ラスボスらしくない人間臭さを残したままラスボスになっている。

ゼロムスはあまり喋らないからこそ怖い。
ケフカは喋りすぎるからこそ変で、怖い。

ケフカの最終戦がギャグのようなテンションから始まるのも、このキャラ性の延長にある。


心ない天使は、知らないと怖い。知っていると手順になる

ケフカ戦で印象的なのが、心ない天使である。

全員のHPを1にする。
初見ならかなり怖い。

HPが1になる。
次に何か来たら終わる。
回復が間に合うのか分からない。

小学生の頃なら、ここでパニックになる。

しかし、知っていると見え方が変わる。

心ない天使
↓
全員HP1
↓
ケアルガ
↓
立て直し

これで終わる。

もちろん、その後の行動や状況次第で事故はある。
だが、知っているだけで恐怖はかなり減る。

FF6終盤は、この「知らないと怖い、知っていると手順になる」ものが多い。

狂信者の塔の死に際アルテマもそう。
コロシアムのテュポーンもそう。
ストラゴス回収もそう。
サビトレールもそう。
ケフカの心ない天使もそう。

攻略情報は、単に答えを教えるものではない。
恐怖を手順に変えるものである。


全員参加システムは、保険としての演出

FF6の最終戦は、全員参加型の演出になっている。

事前にキャラクターの順番を決める。
戦闘不能のまま次の段階へ進むと、後ろのメンバーが補充される。
仲間全員で最後の戦いに挑む形になっている。

演出としてはかなり良い。

世界崩壊後に仲間を集め直した意味がある。
誰かが倒れても、次の仲間が意志を継ぐ。
群像劇であるFF6らしい最終戦になっている。

ただし、十分に準備していると、誰も倒れないことがある。

そうなると、最初の4人だけで最後まで進み、後続メンバーは出番がない。

ここで少し思う。

全員参加とは何だったのか。

でも、これはシステムが悪いというより、保険としての演出である。

崩れるプレイヤーには、後続が助けになる。
安定しているプレイヤーには、演出だけが残る。

FF6らしい全員参加の形ではあるが、準備が整っていると、少しあっさり見える。


ケフカ戦は短く感じることがある

終盤で魔法・装備・知識が揃っていると、ケフカ戦は思ったより早く終わる。

心ない天使もケアルガで対応できる。
アルテマや高火力技もある。
回復手段もある。
平均レベルが十分なら、押し切ることもできる。

そうなると、ラスボス戦なのに、思ったより短く感じる。

これはケフカが弱いというより、FF6終盤の構造によるものだと思う。

FF6は、ケフカに向かうまでの寄り道でプレイヤーがどんどん強くなる。

仲間回収。
魔石集め。
魔法習得。
装備収集。
コロシアム。
狂信者の塔。
恐竜の森。
瓦礫の塔前の準備。

これらをやるほど、ケフカ戦は安定する。

つまり、ケフカは単体で倒されるというより、崩壊後の世界を回収してきた結果として倒される。

そこがFF6らしい。


小学生の頃の詰みを超えるということ

昔、ケフカの塔で詰まった記憶がある。

3パーティに分けられる。
戦力が分散する。
よく分からない敵が出る。
回復も火力も足りない。
進めなくなる。
だんだん嫌になる。

その記憶があった。

でも今は、敵の名前が分かる。
ベクタリトスだったと分かる。
3パーティに何が必要か分かる。
リレイズも分かる。
ケアルガも分かる。
アルテマも分かる。
誰をどこに置けばいいかも分かる。

これは、単にゲームをクリアしたというだけではない。

昔の自分が見えなかったものを、今の自分が見えるようになったということだ。

FF6は、攻略本時代のゲームである。
ネットがない時代には、かなり厳しい導線も多かった。

しかし今は、ネットがある。
攻略情報がある。
昔見えなかったものが見える。

だから、ケフカを倒すことは、昔の未クリアデータを成仏させるような体験になる。


インターネットは大事

FF6崩壊後は、ネットの有無で体験が大きく変わる。

サビトレール。
ゾゾ山。
ストラゴスとリルム。
ラグナロック。
ライディーン。
狂信者の塔のリレイズ。
コロシアムの交換ルート。
ガウのあばれる。
ケフカの心ない天使。

知らないと重い。
知っていると面白い。

これは現代の親切なゲームとはかなり違う。

今のゲームなら、重要な要素にはクエストログやマーカーがあることが多い。
取り返しのつかない要素も減っている。
プレイヤーが迷いすぎないように作られていることが多い。

でもFF6崩壊後は、攻略本・口コミ・雑誌の時代の作りである。

だからこそ、今ネットで調べながら遊ぶと、昔とは別の面白さがある。

ケフカは世界を壊した。
プレイヤーはネットで世界を回収する。

やっぱり、インターネットは大事である。


まとめ

FF6の終盤は、攻略情報で見え方が変わる。

コロシアムのテュポーンは、倒す相手というより追い返し役。
昔詰まった多頭ドラゴンのような敵は、ベクタリトスだった。
ケフカは小物のまま神格化した、かなり異質なラスボス。
心ない天使は、知らないと怖いが、知っていればケアルガで対応できる。
ゼロムスのような寡黙な概念ボスとは違い、ケフカは喋り続ける人間臭い神である。
全員参加システムは、倒れた仲間を後続が継ぐための保険であり、準備が整っていると出番がないこともある。

そして何より、昔の詰みポイントを超える感覚が大きい。

FF6は、今遊ぶと単なる懐古ではない。
当時分からなかった仕組みを、今の知識で回収し直すゲームである。

それがかなり楽しい。

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