一人辞めただけなのに、土日まで人が出る
製造部門で、仕事のできる部長が退職した。
その後、係長や現場の担当者、さらに上位の管理職まで、土曜日に一日、日曜日にも半日出勤する状態になったらしい。
外から見れば、少し不思議である。
一人抜けただけなら、一人分の作業が増えるだけに見える。
しかし、実際にはそうならない。
有能な管理職が抜けた場合、消えるのは一人分の作業量ではない。
組織の判断機能、調整機能、優先順位づけ機能がまとめて消える。
だから残った全員の仕事が増える。
しかも、増えるのは手を動かす作業だけではない。
「どうするかを考える仕事」が増える。
それが、全員の脳疲労につながる。
できる管理職は、問題を起こさない
仕事ができる管理職の価値は、目立つ成果だけでは測れない。
本当に効いているのは、問題が表面化する前の処理である。
たとえば、次のような仕事を日常的に行っている。
- 今日やることと、後回しにすることを決める
- 現場の話を、上層部に通じる言葉へ翻訳する
- 上層部の曖昧な要求を、現場で動ける形に直す
- 人員と設備の詰まりを先に見つける
- トラブルが大きくなる前に関係者を動かす
- 部下が迷う判断を引き取る
- 誰と誰を直接ぶつけないほうがよいか判断する
- 現場に不要な仕事が落ちてくるのを止める
これらは、うまく処理されるほど見えなくなる。
何も起きなければ、周囲からは「普通に一日が終わった」としか見えない。
そのため、在籍中は本人の価値が過小評価されやすい。
抜けた後に、初めて分かる。
あの人は仕事をしていたのではなく、組織の混乱を毎日吸収していたのだ。
「みんな脳疲労」の正体
管理職が抜けた後、残った人が同じ量の作業を分担するだけなら、単純な残業で済むかもしれない。
だが、判断者が消えると、作業の前に毎回こうなる。
- これは誰が決めるのか
- どちらを先にするのか
- この例外は認めてよいのか
- 他部署には誰が説明するのか
- 失敗した場合、誰が責任を持つのか
- 前任者はどう処理していたのか
作業一件ごとに、小さな会議が発生する。
一人で決められず、確認が増える。
確認相手も全体像を持っていないため、さらに確認先が増える。
これが続けば、身体を使う仕事であっても、先に頭が疲れる。
「みんな脳疲労らしい」という話は、かなり自然である。
外から見る事故と、自分が受ける痛みは違う
同じ出来事でも、立場によって痛みは変わる。
自分がその部門にいなければ、組織上の大事故でも、自分の休日や体力は減らない。
そのため、感想はこうなる。
大変だな。ちゃんとできるマネージャーが抜けると痛いな。
しかし、自分が土日まで出る側なら話は別である。
- 休日がなくなる
- 疲労を返済する日がなくなる
- 月曜日から通常業務が始まる
- 会社の属人化を、個人の身体で補うことになる
- 「今週だけ」が常態化する可能性がある
この状態なら、退職を考えるほど痛い。
これは冷たいのではない。
自分の人生資源が削られているかどうかを、正しく分けて見ているだけである。
異動が決まった後に、新しい仕事を渡す矛盾
自分には、約一か月後の異動が決まった。
既存業務の引き継ぎは、三日か四日ほどでできると伝えている。
それでも異動日まで一か月ある。
ここで起こりやすいのが、空いた期間を埋めるための新規業務である。
だが、異動直前の人に長期案件を渡すと、次の流れになる。
- 新しい担当者が仕事を覚える
- 数週間後に異動する
- 別の人へ再び引き継ぐ
- 二重の教育コストが発生する
- 問題が起きると、引き継ぎ不足と評価される
会社側にとっても非効率である。
合理的なのは、異動後も続く仕事なら、将来の担当者を最初から主担当にすることだ。
異動予定者は、補助や短期完結の仕事だけを持つ。
それが最も再現性のある設計である。
会社が学ぶべきこと
有能な管理職の退職は、個人の穴ではない。
組織設計の弱点が露出した出来事である。
会社が本当に見るべきなのは、次の点だ。
- 判断基準は文書になっていたか
- 管理職しか知らない例外処理がなかったか
- 代理で判断できる人を育てていたか
- 管理職が抱える仕事量を把握していたか
- その人がいなくても会議や承認が回るか
- トラブルの早期発見方法が共有されていたか
- 現場と経営をつなぐ翻訳機能を複数人が持っていたか
優秀な人がいること自体は強みである。
しかし、優秀な人がいなければ休日出勤でしか回らないなら、それは強い組織ではない。
優秀な個人に守られていた、壊れやすい組織である。
