「敵を間違えるな」を、個人攻撃ではなく業務改善の言葉として使う
職場で不満がたまると、原因は人の属性に回収されやすい。
- 「若手が時間ぎりぎりに来るから悪い」
- 「ベテランが昔のやり方を押しつけるから悪い」
- 「あの人だけ協力的ではない」
もちろん、個人の行動に問題がある場合もある。だが、同じ摩擦が何度も起きるなら、先に確認したいのは「誰が悪いか」ではなく、その行動を生みやすくしている業務設計がないかである。
この記事でいう「敵を間違えるな」の「敵」は、人ではない。改善対象のことである。
9時始業なのに、9時から客対応が必要なら
たとえば、所定の始業が9時で、9時ちょうどから客対応を始めるには、その前に端末起動、レジ準備、制服への着替え、引き継ぎ確認などが必要だとする。
このとき、
「みんな10分前には来て準備している。新人もそうすべきだ」
だけで処理すると、設計上の問題が個人の姿勢の問題へ変換される。
本来は少なくとも、次を分けて考える必要がある。
- その準備は業務上必要なのか
- 使用者の指示・黙示の指示の下で行われているのか
- 9時から客対応を始める要件と、始業時刻は両立しているのか
- 必要なら、始業時刻・シフト・準備工程・人員配置をどう組み直すか
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」は、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とし、使用者の指示による業務に必要な準備行為なども、一定の場合には労働時間として扱うと示している。
つまり「準備は始業前に自主的にやるもの」と名前を付ければ自動的に労働時間ではなくなる、という話ではない。一方で、職場に早く着いた時間のすべてが直ちに労働時間になるわけでもない。実際の指示、義務づけ、業務との関係などから個別具体的に判断される。
法的な扱いを断定する前に、まず「その準備は誰が、いつ、どの条件で必要にしているのか」を可視化する。ここが改善の入口になる。
善意が「見えないインフラ」になる
現場は、仕事を止めたくないので不足を善意で埋める。
制度・業務設計に無理がある
↓
現場が少し早く来る、少し多くやる
↓
業務は表面上まわる
↓
その補完行動が慣習になる
↓
慣習に乗らない人が「協力的でない」と見られる
↓
元の設計問題は残る
ここで厄介なのは、善意そのものが悪いわけではないことだ。
助け合いは必要である。ただし、恒常的に必要な仕事を善意だけで埋め続けると、その負荷が正式な業務量として見えにくくなる。結果として、組織は「今の人員と時間で回っている」と誤認しやすくなる。
善意を禁止するのではなく、「善意がないと成立しない工程」を見つける。
「誰が悪いか」を「どこを直すか」に変換する
対立が起きたときは、人物評価をいったん改善変数へ翻訳すると考えやすい。
| 人への不満 | 仕組み側で確認する問い |
|---|---|
| 「若手が早く来ない」 | 始業後だけで必要な準備と客対応が成立する設計か |
| 「ベテランしか分からない」 | 手順・判断基準・引き継ぎが属人化していないか |
| 「忙しい人だけ損をする」 | 仕事量の配分と評価が一致しているか |
| 「誰もその仕事をやりたがらない」 | 役割、責任、権限、負荷が釣り合っているか |
| 「毎回同じミスが出る」 | 注意力ではなく、入力・確認・例外処理の設計で防げないか |
この変換の目的は、個人の責任を消すことではない。個人にしか直せない問題と、仕組みを変えなければ再発する問題を分けることである。
上流に「変更権限」があるかを見る
改善案を出す前に、誰が何を変更できるかも確認する。
たとえば現場メンバー同士が、
- もっと早く来るべき
- もっと気を利かせるべき
- もっと我慢すべき
と言い合っても、始業時刻、要員数、窓口の開設時刻、評価基準を変更する権限が双方にないなら、争っている場所と変更できる場所がずれている。
このとき必要なのは、相手を説得して同じ我慢をさせることではなく、変更権限のあるところへ、再現可能な問題として渡すことである。
「朝が大変です」だけではなく、
- 9時の客対応開始までに必要な準備工程
- その所要時間
- 現状の担当者
- 早出しない場合に何が起きるか
- どの工程を前倒し・廃止・分担変更できるか
まで整理すれば、人格論ではなく業務設計の話になる。
ただし、何でも「仕組みのせい」にしない
構造を見ることと、個人の責任を否定することは別である。
明確なルール違反、嫌がらせ、安全上の無視、故意の不正など、本人の行動を直接扱うべき場面はある。また、同じ制度でも一人だけ継続的に問題行動を起こしているなら、制度だけを直しても解決しないことがある。
だから順序は、
- 事実として何が起きているか
- 同じ条件なら他の人にも起きるか
- 仕組みがその行動を誘発・固定していないか
- 個人側と仕組み側のどちらに変更可能な要因があるか
- 変更後に再発が減ったか
と見る。
「個人か、仕組みか」の二択ではなく、再発を減らせる変数はどこにあるかを探す。
おわりに
現場の善意は価値がある。
しかし、善意でしか埋まらない穴が常態化しているなら、それは「良い人が足りない」という問題ではなく、業務設計として観察する価値がある。
労働者同士で潰し合う前に、
誰が悪いかではなく、何がこの状況を繰り返し作っているのか。
と問い直す。
人を責めるより上流の変数を見つける。そこから、始業時刻、準備工程、人員配置、役割、評価、要件を変更する。
「敵を間違えるな」とは、対立相手を増やす言葉ではない。改善対象を正しい場所に戻すための言葉である。
参考資料(1件)
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
