小さな問題から、組織の思考回路が見える
共有場所の設備が、使用後も動いたままになっていたとする。
問題は局所的である。
- 誰が最後に使ったのか
- 終了時に何を確認するのか
- 最終確認者は誰か
- スイッチの位置や表示は分かりやすいか
- 一定時間後に自動停止できないか
- 再発頻度と費用はどれくらいか
普通なら、発生経路を確認して対策する。
ところが一部の組織では、局所的な失敗が次のように変換される。
設備の消し忘れ
↓
全員の意識が足りない
↓
標語や宣言を複数作る
↓
各自が好きな標語を選んで提出する
↓
意識向上活動を実施したと報告する
元から正しく行動していた人まで、標語の選択、提出、集計、報告へ参加する。
その一方で、最初の失敗経路はほとんど変わっていない。
このとき組織は、問題を解決しているのではなく、対策した証拠を製造している。
人の意識へ依存する対策は、一般に下位である
もちろん、教育、注意喚起、手順、表示には意味がある。
しかし、それらは人が毎回正しく認識し、記憶し、実行することへ依存する。
NIOSHの「Hierarchy of Controls」は労働安全衛生の枠組みだが、問題対策の考え方としても示唆が大きい。危険源の除去、代替、工学的対策が上位に置かれ、教育や手順などの管理的対策は、人と監督者の継続的な努力を必要とする下位の対策として整理される。[1]
設備の消し忘れへ当てはめれば、次の順で考えられる。
- 不要な稼働そのものをなくす
- 自動停止やタイマーを使う
- 退室動作と連動させる
- 最終確認者と手順を決める
- スイッチ付近へ表示する
- 全員へ一般論を繰り返す
- 気合いと注意力だけに依存する
費用や設備制約があるため、常に自動化できるわけではない。
それでも、どの失敗経路を止める対策なのかは確認できる。
標語が悪いのではない。
標語しか増えず、失敗経路が変わらないことが問題である。
局所問題を全員問題へ広げる五つの作用
1.当事者へ具体的に伝える負担を避けられる
当人へ、
最後に使用した際、停止されていなかった。終了時に確認してほしい。
と伝える方が、原因と行動は明確になる。
しかし、管理者には気まずさがある。
- 相手との関係が悪くなるかもしれない
- 誰が悪いかを特定したくない
- 指導した責任を持ちたくない
- 例外事情を確認するのが面倒
- 自分の監督不足も見える
そこで全員向け活動にすると、誰かを指摘せずに済む。
ただし、責任が薄まる分、正しく行動していた人へ追加負担が広がる。
2.管理側が「対策済み」と説明できる
標語、研修、会議、提出物には記録が残る。
- 何人が参加したか
- 何件提出されたか
- いつ実施したか
- どの資料を配ったか
一方、本来の成果である「再発が減ったか」は、時間を置いて測らなければならない。
測りやすい活動量が、測りにくい成果を置き換える。
公共組織研究では、最終的な社会成果より、件数など測定しやすいアウトプットで評価されると、目標置換が起こりうることが論じられている。[2]
企業でも同じである。
再発防止
が
標語提出率100%
へ置き換わる。
3.問題を「文化」に広げると、管理者の裁量が増える
局所問題なら、対策後に終わる。
意識問題にすると終わりがない。
- もっと浸透させる
- 継続的に意識する
- 定着を確認する
- 活動を水平展開する
- 次年度も続ける
活動を管理する人の仕事と権限が残る。
成果が曖昧なため、終了条件も曖昧になる。
4.設備や設計の費用を、全員の時間へ転嫁できる
自動化には予算が必要である。
手順や標語は安く見える。
しかし実際には、
- 作成
- 選択
- 説明
- 提出
- 集計
- 会議
- 進捗確認
- 再教育
の時間を全員へ分散している。
設備費が見える費用で、社員の数分ずつは見えにくい費用だから、精神論が「安い対策」に見える。
5.原因分析より、道徳評価がしやすい
設備の位置、終了時刻、担当交代、例外動作を調べるには、事実確認が必要である。
「意識が低い」と言えば、一文で説明できる。
構造問題を道徳問題へ変えると、分析は不要になる。
消さなかった理由
ではなく
消す気持ちが足りなかった
となる。
儀式と実務が切り離される
MeyerとRowanは、組織が効率だけでなく、外部から正当と見なされる制度や形式を取り入れ、その形式と実際の活動が切り離されることを論じた。[3]
BromleyとPowellは、その後の研究を整理し、方針と実践が切り離されるだけでなく、手段と成果の結びつきが弱いまま合理化された活動が広がる「means–ends decoupling」を扱っている。[4]
今回のような小さな例では、
- 方針:省エネルギーを徹底する
- 活動:標語を選ぶ
- 成果:設備の停止忘れを減らす
が並ぶ。
しかし、「標語を選ぶことが、なぜ特定場面の停止忘れを減らすのか」が検証されない。
活動をした事実が、成果との因果を代替する。
「全員で考える」ことが必要な場合もある
反対意見もある。
一件の失敗に見えても、実は複数の人が同じ認識不足を持っているかもしれない。
- 終了ルール自体が共有されていない
- 誰が最後か分からない
- 例外時の責任者が不明
- 複数拠点で同じ問題が起きている
- エネルギー使用全体を見直す必要がある
この場合、全体周知や参加型改善は有効である。
問題は、調査前から全員の意識問題と決めることである。
全員展開する前に確認する。
- 発生は単発か反復か
- 行動者は限定されているか
- ルールは既に理解されていたか
- 設備や動線に原因があるか
- 全員参加でなければ解けないか
- 対策後に何を測るか
- 終了条件は何か
実務で使える対策設計
事実
いつ、どこで、何が停止されていなかったか。
失敗経路
最後の利用者が、退室時に確認する工程がなかった。
対策候補
- 当事者への事実共有
- 終了手順への追加
- 最終確認者の設定
- 目につく場所への表示
- タイマーや自動停止
- 一定期間の再発確認
評価指標
- 再発件数
- 稼働超過時間
- 確認漏れ
- 対策維持の工数
- 設備費と人件費の比較
終了条件
一定期間再発がなく、手順または設備が定着したら特別活動を終了する。
結論:提出物ではなく、失敗経路を変える
局所問題を全員の精神論へ変える組織では、問題を起こしていない人の仕事が増える。
そして、最初の問題よりも対策活動の方が大きくなる。
見分ける基準は単純である。
その対策によって、同じ失敗が起きる経路は具体的にどう変わるのか。
答えられないなら、それは対策ではなく儀式かもしれない。
一文にするとこうなる。
設備を止める仕組みを作らず、止める気持ちを提出させてはいけない。
参考資料(5件)
National Institute for Occupational Safety and Health. “Hierarchy of Controls.”
https://www.cdc.gov/niosh/hierarchy-of-controls/index.htmlBohte, J., & Meier, K. J. “Goal Displacement: Assessing the Motivation for Organizational Cheating.”
https://doi.org/10.1111/0033-3352.00075Meyer, J. W., & Rowan, B. “Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony.”
https://doi.org/10.1086/226550Bromley, P., & Powell, W. W. “From Smoke and Mirrors to Walking the Talk: Decoupling in the Contemporary World.”
https://doi.org/10.5465/19416520.2012.684462Brunsson, N. “Organizing for Inconsistencies: On Organizational Conflict, Depression and Hypocrisy as Substitutes for Action.”
https://doi.org/10.1016/0281-7527(86)90014-9
