『HUNTER×HUNTER』キメラアント編の場面について考える。以下の人物の気持ちや戦いの見方は、描写からの解釈である。
戦いたい気持ちと、討伐する役目が重なって見える
ネテロは人間相手では好々爺として振る舞うが、ピトーや王を相手にすると「蟻」として小さく呼び、挑発的な口調を使う。その口調には、敵を見下す態度に加えて、戦いを求める気持ちも表れていると読める。長年求めた、自分より強いかもしれない相手との死闘を前に、武人としての荒い人格が前面へ出た面がある。
同時に、王を対話可能な人格として認めすぎれば、討伐の決意が揺らぐ。メルエムは軍儀とコムギを通じて名、尊厳、統治、妥協を考え始めていた。ネテロはその変化を理解しながら、個人として交渉するのではなく、人類側の処刑者として戦う。敵を「蟻」と呼び続ける言葉は、話し合う相手として見ることを、自分で遠ざけているようにも聞こえる。
そしてネテロは自由な一武人ではない。キメラアント討伐はハンター協会だけの私闘ではなく、作中の国々の集まり「V5」が関わる問題でもある。協会には殲滅と責任処理が求められ、ネテロは敗北時にも王を殺せるよう、自身へ小型兵器を仕込んでいた。
ここでアリ編の反転が起きる。
- 王は対話と名前を求める。
- ピトーは他者を治すため無抵抗になる。
- ゴンは無関係なコムギを実質的な人質として扱う。
- ネテロは個人の武を尽くした後、人類が積み上げた大量破壊兵器を使う。
ただし「蟻が善、人間が悪」という話ではない。ピトーはカイトを殺して操り、王も多くの人間を食料として扱った。重要なのは種族ではなく、その瞬間に誰を守り、誰を道具にするかである。人間性は生物分類ではなく、選択として現れる。
