title: "ネズミもハエも鬱っぽくなるのか:生物の低出力モードとしての鬱"
description: "ネズミ、ハエ、モグラ、人間の鬱を同じものとして扱うのではなく、生物にある低出力モードとして整理する。"
category: "生き物・進化・心理"
tags: ["鬱", "動物", "進化心理", "反芻", "体くんOS"]
status: "draft"
土がないモグラは鬱になるのか
「モグラは鬱になるのか」という問いは、ふざけているようで意外と深い。
人間なら、環境が合わないときにこう考える。
なんで自分だけこうなんだ。
隣の畑のモグラは土がふわふわなのに。
自分の人生設計が悪かったのか。
この先もずっと土がないのでは。
一方で、本物のモグラがそこまで考えるかというと、たぶん違う。
モグラにありそうなのは、もっと身体的で直接的な反応だと思う。
土がない。
掘れない。
餌が取れない。
落ち着かない。
活動量が落ちる。
移動するか、休む。
つまり、人間と動物を比べるときに大事なのは、「人間と同じ鬱病になるか」ではなく、「鬱っぽい低出力状態があるか」で分けることだ。
動物に対しては「鬱病」より「うつ様行動」と言う
人間のうつ病は、人間用の診断名だ。
気分の落ち込み、興味や喜びの低下、睡眠や食欲の変化、思考や日常生活への影響などが含まれる。これは本人の言葉、生活歴、主観的な苦痛も含めて評価される。
だから、ネズミやハエに対して「この個体は大うつ病です」とは普通は言わない。
研究では、代わりに depressive-like behavior / うつ様行動 という言い方をする。
たとえば、げっ歯類では以下のような変化が見られることがある。
- 砂糖水への興味が落ちる
- 動かなくなる
- 社会的な接触を避ける
- 巣作りや探索が低下する
- ストレス後に無力感っぽい行動が出る
砂糖水への興味が落ちるのは、かなり分かりやすい。甘いものを好むはずのネズミが、慢性ストレス後にそれをあまり選ばなくなる。これは「快感が落ちる」、つまり人間のうつでいう 無快感 に近い指標として使われる。
ただし、ここで分かるのは「ネズミが人間みたいに人生を悲観している」ではない。
分かるのは、ストレスによって報酬・活動・社会性のシステムが低出力になるということだ。
ハエにも「うつ様状態」があるという衝撃
さらに面白いのは、ハエにもそれっぽい状態があることだ。
ショウジョウバエに強い振動ストレスを与えると、自発活動が低下する。さらに、その状態がセロトニン系の変化と関係し、リチウムやセロトニン前駆体などで変化するという研究がある。
もちろん、ハエが「俺の人生は終わった」と考えているわけではない。
でも、ここで見えてくるのは、ストレスで活動・報酬・神経伝達が低出力側に切り替わる仕組みは、かなり古い生物にもあるということだ。
つまり「鬱」は、人間だけが持つ高尚な苦悩ではない。
もっと古くて、もっと身体的で、もっと生物的な、動くか止まるかを決める出力調整システムの上に、人間の言語や自意識が乗っている。
境界線はどこにあるのか
鬱になる生物と、鬱にならない生物の境界はどこか。
かなり雑に分けると、こうなる。
かなり鬱っぽい状態を想定しやすい生物
哺乳類、鳥類、魚類など。
ネズミ、犬、猫、馬、牛、鳥、魚などは、少なくともストレス、恐怖、報酬、学習、睡眠、食欲、社会性のシステムを持っている。人間と同じ診断名を当てることはできなくても、うつ様・不安様・無力感様の状態は考えやすい。
かなり怪しいが、あり得る生物
タコ、イカ、カニ、エビ、ザリガニ、ハチ、ハエなど。
このあたりは、人間的な感情をそのまま投影するのは危険だけど、単なる機械反射とも言い切りにくい。ストレス後の行動変化、報酬への反応、神経伝達物質の変化が見られることがある。
鬱とはかなり言いにくい生物
クラゲ、ヒドラ、ヒトデなど。
反応や調整はあるが、「長期的な気分障害」と呼べるかはかなり微妙になる。
ほぼ鬱とは言えない生物
海綿動物のようにニューロンを持たない生物。
細胞レベルのストレス反応や全身協調はあっても、快感・不快・無力感・気分のような意味での鬱はかなり難しい。
人間だけが特別なのは「低出力状態」ではなく「意味づけ」
ここで重要なのは、人間だけが鬱っぽくなるわけではない、ということだ。
ネズミも、ハエも、場合によっては他の動物も、ストレスで低出力になる。
人間だけが特別なのは、その低出力状態に対して、
- 自己否定
- 将来予測
- 社会比較
- 後悔
- 人生の物語化
- 反芻
を乗せるところだ。
動物なら「土がない」で止まる。
人間は「土がない俺とは何か」まで行く。
そこが強さでもあり、地獄でもある。
この記事の結論
鬱の原型は、たぶん「心が弱い」ではない。
もっと古い、ストレス環境で活動量を落とし、報酬追求を止め、危険や赤字行動から撤退するための低出力モードだ。
人間の鬱は、その古い低出力モードに、言語・自己像・未来予測・社会比較が乗ったものとして見ると分かりやすい。
モグラより人間は病む。
でも、モグラより人間は作戦変更できる。
問題は、土がないことではない。
「土がない俺は終わり」で止まるか、「では土のある場所はどこか」まで行けるかだ。
参考文献・リンク
- NIMH, Depression: https://www.nimh.nih.gov/health/publications/depression
- Krishnan & Nestler, Animal Models of Depression: Molecular Perspectives: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3270071/
- Ries et al., Serotonin modulates a depression-like state in Drosophila: https://www.nature.com/articles/ncomms15738
- von Mücke-Heim et al., Introducing a depression-like syndrome for translational neuroscience research in mice: https://www.nature.com/articles/s41380-022-01762-w
