1. お客さんになるはずが、なぜか機械を分解し始めた
個人でWebツールを公開していたら、知らない相手から営業メールが届いた。「画像からマニュアルのたたき台を作るAIツールを見ました。あなた自身の商品や収入源を作りませんか」という趣旨だ。会ったこともないのに機能を知っている。おお、公開したものが外から見つかったらしい。
ところが、売られているのは「AIで営業先を探し、調べ、個別のメールを作って送る仕組み」。AIを作っている人が、AI営業のターゲットに選ばれた。 なんという入れ子構造。営業されたはずなのに、「この営業の作り方、むしろ自作できそうだな」と技術調査が始まってしまった。
2. 個別営業はどこまで個別なのか
実際に個別化されているのは、公開したツールの種類と用途を指す冒頭の数行だ。その後は「本業以外の収入源を作ろう」という比較的広い勧誘。本当の情報を一つ入れれば、テンプレート全体が自分向けに見える。 これはメール文として合理的だ。
候補を見つける経路は、検索エンジン、製品の紹介ページ、ツール一覧、公開連絡先などが考えられる。ただし、実際の発見方法は不明。AIが候補を選んだのか、人が選んだのか、文面をAIが書いたのかも確認できない。「AI営業っぽい」は事実でも、「AIが全自動で送った」は別の主張。ない操作ログを発明したら、分析ではなく推理小説になる。
3. 営業してきたサービスは何を売っている?
販売元の公開説明には、個人の経験を商品に変え販売の土台を作るCredLayerと、すでに商品を持つ人向けにAI営業の方法を教えるSpeedSaleがある。表示はCredLayer基本サービス月額3万円、SpeedSale税込5万円。[1][2]
公式の説明では、AIが売れそうな相手を探す→相手を詳しく調べる→一人ひとりに合う営業文を作る→人が確認し送信ボタンを押す→返信や面談へつなぐ、という流れ。「30分で50件」は販売元の宣伝上の処理量であり、独立に測定された事実ではない。 使用モデル、検索サービス、メール送信装置、連絡先の取得方法は分からない。
紹介商品を再販売でき、成約1件につき9万〜153.6万円の報酬という説明もある。[2] 単独の「AI営業アプリ」だけでなく、商品づくり、販売手順、紹介販売が一体となった商売だ。
4. AI営業を分解すると七つの普通の仕事になる
仕組みは、①誰が買いそうかを定義、②使ってよい公開情報を探す、③自分の商品との相性を評価、④根拠付きで提案を書く、⑤連絡してよい相手か確認、⑥人が承認して送る、⑦返信・拒否・成約を記録、の七工程。
文章を生成するAIは、その一部分にすぎない。最も面白いのは「何を書こう」ではなく「誰に届ければ本当に役立つか」を探す工程。 適当な50社に一斉送信するのは速いだけ。必要がありそうな5社を根拠付きで見つけるのは調査だ。アクセルの性能とナビの精度は別物なのだ。
5. 見込み客は公開情報からどこまで探せる?
手順書AIなら、工場が「新人教育」「作業手順の統一」を説明している、物流会社が「現場研修」を重視している、複数店舗の会社が「教育の標準化」に言及している、といった公開情報が手掛かりになる。ただし、それは調査候補の手掛かりであって、購入意思の証明ではない。
会社名、業種、根拠URL、確認できた文章、調査日、推測、商品との適合度、連絡可否を分けて保存する。「新人を募集している」は確認できる事実でも、「御社の手順書はきっとボロボロ」はただの妄想。AIにそれを書かせると、営業担当が突然エスパーを名乗り始める。
優先順位は業界名だけでなく、「困りごとの根拠」「実際に役立つ可能性」「提案の具体性」「連絡の適法性」で決める。AIの100点満点は人間の確認で調整しよう。
6. 自作の本命は「メール工場」より「候補発見工場」
自分で作るなら、許可された検索元から候補を取得→公開ページの本文抽出→AIが事実と推測を分離→データベース保存→良い候補だけ個別メールの下書き→人が確認、という構成になる。
定期処理にはCloudflare Workersの定時実行、保存にはD1、下書きにはGmail APIを使える。[3][4][5] もちろん元の送信者が使っていたと判明した技術ではない。検索費用、AI利用料、取得先の規約、重複防止、エラー処理も別途必要だ。
最初は送信機能すら要らない。候補発見と根拠の表示だけで、価値を検証できる。大砲より先に地図を作る。しかも地図が間違っていないか確かめる。
7. 「50件送れる」と「売れる」はまったく別の話
販売元の試算は、1日50件×年間260日=13,000件、仮に2%成約なら260件、1件9万円なら年間2,340万円というもの。[2] 掛け算は正しい。2%という成約率が実際に出た証拠ではない。
見るべき数字は送信数だけではない。発見した候補の正解率、有益な返信、面談、購入、苦情、配信停止、時間と費用を同時に見る。「二度と送るな」という返信で返信率だけ上がっても成功ではない。
数字が立派なだけの迷惑メール工場は、売上を作る前にドメインの信用を燃やす。ダッシュボードは緑、評判は焼け野原。イヤすぎる。
8. 法律を飛ばすと営業自動化ではなく事故自動化
日本の広告宣伝メールは、原則として事前同意など法律で認められる根拠が必要。営業者が条件に沿って公開したメールアドレス等には例外もあるが、ネットに載っているから全員に送ってよいわけではない。広告拒否の表示や停止依頼にも従う必要がある。[6][7]
Gmailの送信者認証、迷惑メール防止、大量送信者への追加規則も重要だ。[8] 他国には別のルールがある。無関係な個人情報の収集、ログインを突破する取得、確認していない悩みの捏造は避ける。
メールは取り消せても「この会社、失礼な営業をする」という印象は簡単には戻らない。信用のセーブデータは復元しにくい。
9. 最初の実験は「送信ゼロ件」からでいい
まず公開情報だけで20〜30社を見つけ、人が「適合・不適合・根拠不足」に分類する。次に適合した相手だけ下書きを作り、根拠の間違いと不自然な提案を確認。最後に、法律とサービス規約上送信できる相手に限り、ごく少数を人間承認で試す。
指標は候補適合率、根拠の正確さ、下書きの修正率、有益な返信、拒否・苦情、費用、実売上。100社見つけて3社しか合わないなら、送信速度より探索方法を直す。的を外すマシンガンを高速化しても、的は当たらない。
候補発見の精度は、まだ誰にも連絡せず評価できる。ここが一番実験しやすい。
10. 結論:営業メールを受け取って、設計図だけ持ち帰った
個別の商品機能に触れた営業メールは、公開情報が外部の調査材料になることを示している。ただし、有料顧客がいる証明でも、AIが自動送信した証明でもない。
それでも発見は大きい。コンテンツを作る工場の隣に、必要としていそうな相手を根拠つきで発見する工場を置ける。送信の自動化より先に、適合する相手を見抜く仕組みを鍛える価値がある。
営業メールが一通来た。売り込みの商品を買うかは未定。なのに仕組みへの好奇心だけ、なぜか即日成約してしまった。
参考資料(8件)
- SpeedSaleの公式説明(AIによる候補発見、相手の調査、個別文案、予約、税込5万円、2026-10-03更新) awabota.life
- CredLayerの公式説明(人が送信前確認、30分50件という主張、基本月額3万円、再販報酬、試算、2026-10-07更新) store.awabota.life
- Cloudflare Workersの定期実行 developers.cloudflare.com
- Cloudflare D1データベース developers.cloudflare.com
- Gmail APIの下書き作成 developers.google.com
- 日本の特定電子メール法(特に第3条) laws.e-gov.go.jp
- 消費者庁による事前同意規制の例外と拒否表示の説明 caa.go.jp
- Gmail送信者向け要件・FAQ support.google.com
