未経験からIT業界を目指すと、転職エージェントからSES企業を強く勧められることがあります。
「まずはSESで経験を積みましょう」 「未経験ならSESから入るのが現実的です」 「ここなら内定が出やすいです」 「若ければチャンスがあります」 「最初は現場経験が大事です」
こう言われると、少し不安になります。
本当に候補者のために勧めているのか。 それとも、エージェント側が決まりやすい求人を押しているだけなのか。 SESに入れば本当にエンジニアになれるのか。 それとも、ヘルプデスクや監視運用でキャリアがズレるのか。
結論から言うと、SESが必ず悪いわけではありません。
良いSES企業もあります。 案件選択制、高還元、商流が浅い、開発案件が多い、教育や営業支援がしっかりしている会社もあります。
ただし、エージェントがSESを勧めやすい構造は確実にあります。
そして、ぶっちゃけた話、候補者はエージェントから見ると、支援対象であると同時に、成果報酬の発生源でもあります。
かなり口悪く言えば、あなたは“金づる”としても見られています。
もちろん、それが必ず悪いわけではありません。 エージェントも仕事です。 SES企業も人材が必要です。 候補者もIT業界への入口が欲しい。
利害が合えば、普通にウィンウィンになります。
問題は、候補者の長期キャリアよりも、エージェント側の「決まりやすさ」やSES企業側の「稼働させやすさ」が優先される場合です。
この記事では、その構造を エージェント成果報酬・候補者キャリアズレ問題 として整理します。
転職エージェントは誰からお金をもらうのか
まず、転職エージェントの報酬構造を理解する必要があります。
多くの転職エージェントは、求職者からお金を取りません。
求職者は無料で相談できます。 求人紹介も無料です。 面接対策も無料です。
では、どこからお金が出ているのか。
採用企業です。
企業がエージェント経由で人材を採用した場合、採用企業が転職エージェントに成功報酬を支払います。
日本の人材紹介では、理論年収の30〜35%程度が成功報酬の相場とされることが多いです。
たとえば、
- 年収300万円なら、90万〜105万円程度
- 年収400万円なら、120万〜140万円程度
- 年収500万円なら、150万〜175万円程度
- 年収600万円なら、180万〜210万円程度
が採用企業側の紹介手数料の目安になります。
つまり、エージェントにとっては、候補者が入社して初めて売上になります。
ここが重要です。
エージェントには「決まりやすい求人」を勧めるインセンティブがある
エージェントの理想は、候補者に最適な会社を紹介することです。
しかし、ビジネスモデル上は、
候補者が内定を取り、入社する その時点で紹介手数料が発生する
という仕組みです。
つまり、エージェントにはどうしても、
- 内定が出やすい企業
- 採用枠が多い企業
- 未経験でも受け入れる企業
- 早く決まりやすい企業
- 紹介手数料を払ってくれる企業
を勧めるインセンティブがあります。
これは、エージェント個人が悪人という話ではありません。
仕組みの問題です。
求職者の長期キャリアと、エージェントの短期成約は、常に一致するわけではありません。
なぜSESは未経験・ブランクありでも決まりやすいのか
SESが未経験やブランクありでも比較的決まりやすい理由は、SESのビジネスモデルにあります。
SESは、ざっくり言えば技術派遣に近い構造です。
SES企業がエンジニアを雇用する。 そのエンジニアをクライアント先の案件に参画させる。 案件に参画すると、月額の単価が発生する。 その単価がSES企業の売上になる。
つまり、
人を採る 案件に出す 月額売上が立つ
という構造です。
自社開発企業の場合、人を採ってもすぐ売上になるとは限りません。 自社プロダクトを作り、売り、利益を出す必要があります。
しかしSES企業は、人が案件に参画すれば、その人の稼働が売上になります。
だから、若くて、最低限のコミュニケーションができて、現場に出せそうな人は採用対象になりやすい。
ここが、未経験SESが決まりやすい理由です。
これは SES人月売上化モデル です。
SESは高度開発だけではない。入口案件の幅が広い
SESと聞くと、システム開発やプログラミングを想像するかもしれません。
しかし、SESの入口にはさまざまな案件があります。
たとえば、
- ヘルプデスク
- 監視運用
- キッティング
- テスト
- データ入力
- Excel作業
- 問い合わせ対応
- 社内システムの一次受付
- コールセンター寄りのITサポート
- マニュアル通りの運用保守
- 開発補助
こうした案件は、最初から高度な開発スキルがなくても入りやすいです。
だから未経験者でも「IT業界に入れる」可能性があります。
ただし、ここが罠です。
IT業界に入ることと、開発者として育つことは別です。
「IT業界に入る」と「作れるエンジニアになる」は違う
ここを混同すると危険です。
本人が目指しているものが、
- Webアプリを作りたい
- 自社サービスを開発したい
- UIを設計したい
- フロントエンドを書きたい
- バックエンドを書きたい
- AIを使ってプロダクトを作りたい
- 個人開発やサービス開発に近い仕事をしたい
である場合、ヘルプデスクや監視運用に入ることが本当に距離を縮めるかは慎重に見た方がいいです。
もちろん、IT業界の基礎経験にはなるかもしれません。
しかし、1年後に残る経験が、
- 電話対応
- 問い合わせ一次受付
- 手順書通りの作業
- Excel入力
- PC設定
- 監視画面の確認
- 障害時の連絡
- コードを書かない業務
だけだと、開発職への距離はあまり縮まらない可能性があります。
これが、IT業界入りと開発者化の混同問題です。
SES企業が紹介手数料を払ってでも採用する理由
では、なぜSES企業はエージェントに高い紹介手数料を払ってでも未経験者を採るのでしょうか。
理由は、人が案件に出れば月額売上になるからです。
仮に、エージェント経由で年収350万円の人を採用したとします。
紹介手数料が30%なら、採用企業は約105万円を支払うことになります。
一見高いです。
しかし、その人が案件に参画し、毎月50万円や60万円の売上を生むなら、一定期間で回収できる可能性があります。
つまり、SES企業にとって人材採用は、将来の月額売上を作る投資です。
ここが自社開発企業とは違います。
SES企業は、
人を増やすことが売上拡大に直結しやすい
のです。
転職エージェントとSES企業の利害は一致しやすい
ここで、エージェントとSES企業の利害を見てみます。
エージェント側
- 候補者を入社させたい
- 内定が出やすい企業を紹介したい
- 成果報酬を得たい
- 未経験でも決まる求人が欲しい
SES企業側
- 人を採りたい
- 採った人を案件に出したい
- 案件稼働で月額売上を作りたい
- 若手を多めに確保したい
この2つは相性がいいです。
だから、未経験者にSESが勧められやすくなります。
ただし、候補者の利害は少し違います。
候補者側
- 本当に開発経験を積みたい
- 年収を上げたい
- キャリアをズラしたくない
- 望まない案件に入りたくない
- ヘルプデスクだけで終わりたくない
- 1年後に市場価値が上がる経験が欲しい
ここがズレることがあります。
これが、
エージェント成果報酬・候補者キャリアズレ問題
です。
あなたは“金づる”なのか
かなり口悪く言えば、エージェントから見た候補者は“金づる”でもあります。
候補者が入社すれば、採用企業から成功報酬が入るからです。
しかし、それだけで「エージェントは悪」と決めつけるのも雑です。
エージェントが良い求人を紹介し、候補者が望む経験を得て、SES企業も案件稼働で売上を作れるなら、これは普通にウィンウィンです。
問題は、
- 候補者の希望職種と違う
- 開発したいのにヘルプデスクばかり
- 案件内容を深掘りしない
- 内定が出やすいから押されているだけ
- 1年後の経験が候補者の市場価値に繋がらない
- エージェントが長期キャリアより短期成約を優先している
場合です。
だから正確には、
エージェントは味方にもなり得るが、あなたを成果報酬の発生源としても見ている。 その構造を理解したうえで使うべき。
ということです。
これは、金づる化リスク込みのウィンウィン構造です。
SESは案件ガチャになりやすい
SESを語るときによく出るのが「案件ガチャ」です。
同じSES企業に入っても、どの案件に入るかで経験がかなり変わります。
良い案件なら、
- 開発経験が積める
- チーム開発を学べる
- モダンな技術に触れられる
- 設計や実装に関われる
- 1〜2年後に転職しやすくなる
可能性があります。
しかし、悪い案件やズレた案件だと、
- 監視だけ
- 問い合わせ対応だけ
- キッティングだけ
- Excel作業だけ
- コードを書かない
- 開発経験として語りにくい
- キャリアが横滑りする
可能性があります。
SES自体が悪いというより、案件によって差が大きいのです。
だから「SESです」だけでは何も分かりません。
エージェントの「おすすめです」をそのまま信じてはいけない
エージェントがSESを勧めてきたとき、候補者はこう考えるべきです。
これは自分のキャリアに合う提案なのか。 それとも、単に決まりやすい求人を当てられているだけなのか。
エージェントは味方になってくれることもあります。
しかし、エージェントはボランティアではありません。 採用企業から成果報酬を受け取るビジネスです。
だから、提案を受ける側も構造を理解しておく必要があります。
これはエージェント不信ではありません。
利害を理解したうえで使う、という話です。
SESを選ぶなら確認すべき質問
SESを受けるなら、次の質問はかなり重要です。
- 未経験者の初回案件は何が多いですか
- 開発案件に入れる割合はどれくらいですか
- ヘルプデスクや監視運用から開発へ移った実績はありますか
- 商流は何次請けが多いですか
- 案件選択権はありますか
- 案件単価は開示されますか
- 還元率はどれくらいですか
- 待機中の給与は出ますか
- 研修後に案件が決まらない場合どうなりますか
- 1年後にどんな経験が残る想定ですか
- 過去の未経験入社者は2年後にどんなキャリアになっていますか
- 自分が希望する技術領域の案件はありますか
- コードを書ける案件に入るまでの平均期間はどれくらいですか
特に重要なのはこれです。
1年後に何の経験が残るのか。
「IT業界に入れます」だけでは弱いです。
1年後に履歴書・職務経歴書へ何を書けるのかを見るべきです。
SESを踏み台にできる人
SESを踏み台にできる人もいます。
たとえば、
- 入る前から目的が明確
- 開発職へ行くためのポートフォリオを作っている
- 案件がズレたら転職する前提でいる
- 自分で学習を継続できる
- 案件選択制や還元率を確認している
- 商流や単価を理解している
- 1〜2年で次に行く設計がある
- 受け身で会社に任せない
- 実務経験を言語化して次につなげられる
こういう人なら、SESを入口として使える可能性があります。
SESでズレやすい人
逆に、次のような人は注意が必要です。
- とにかくIT業界に入れば何とかなると思っている
- エージェントのおすすめをそのまま信じる
- 自分が何を作りたいか決まっていない
- ヘルプデスクと開発職の違いを理解していない
- 案件内容を深掘りしない
- 自分で学習しない
- 会社が育ててくれると思っている
- 1年後の経験を考えていない
- 収入や職歴のズレに弱い
この場合、SESに入っても「IT業界には入ったけど、作りたいものは作れていない」となる可能性があります。
これは無料職業訓練と同じ構造でもある
この話は、無料職業訓練にも似ています。
無料職業訓練も、SESも、入口としては役に立つことがあります。
しかし、
- 受ければエンジニアになれる
- 入れば開発者になれる
- 制度や会社がキャリアを作ってくれる
と考えると危険です。
これは、以前の記事でいう 無料支援ワープ装置誤認問題 と同じです。
SESもまた、
SESに入れば開発者になれるワープ装置
ではありません。
SESは入口です。 踏み台です。 案件次第では経験になります。 しかし、案件次第ではキャリアがズレます。
まとめ
転職エージェントがSESを勧める理由は、かなり現実的です。
SESは未経験やブランクありでも比較的決まりやすい。 SES企業は人を採って案件に出せば月額売上を作れる。 エージェントは候補者が入社すれば、年収の30〜35%程度の成功報酬を得られる。 だから、SESはエージェントにとって紹介しやすい求人になりやすい。
しかし、それが候補者にとって最適とは限りません。
候補者は、エージェントから見ると支援対象であると同時に、成果報酬の発生源でもあります。
つまり、かなり口悪く言えば、あなたは“金づる”としても見られています。
ただし、それは必ずしも悪ではありません。
あなたが望む経験を得られる。 SES企業も売上を作れる。 エージェントも報酬を得られる。
この形ならウィンウィンです。
問題は、あなたのキャリアがズレることです。
だから、SESを勧められたら、こう考えてください。
これは自分のキャリアに合う提案なのか。 それとも、エージェントにとって決まりやすい求人なのか。 1年後、自分には何の経験が残るのか。
「SESだからダメ」ではありません。
でも、「SESなら未経験でも入れますよ」だけで飛び込むのは危険です。
見るべきは、内定の出やすさではなく、1年後に何を作れる人になっているかです。