結論
結婚は、人生で「するべきこと」ではない。
結婚は、好きな人と一緒にいるためのイベントではなく、生活・お金・家族・不調・老後・子ども・感情処理まで同梱される、かなり重い人生契約である。
だから、結婚には内発的動機づけが絶対にいる。
「年齢的にそろそろ」 「周りが結婚しているから」 「親が安心するから」 「独身は寂しそうだから」 「相手が不安がるから」 「普通は結婚するものだから」
この理由だけで入るには、結婚は重すぎる。
逆に、
「この人と生活を作りたい」 「この人となら、日常が少し温かくなる」 「自由が少し減っても、それ以上に得るものがある」 「不調時も、一定範囲なら支え合いたい」 「二人で人生を運用すること自体に意味を感じる」
という内側から湧く理由があるなら、結婚は選択肢になる。
要するに、結婚は義務ではない。 自分の人生に入れたいと本気で思える相手がいる時だけ、検討すればいい。
結婚は「幸せ確定イベント」ではなく「生活運用契約」
結婚という言葉には、幸せそうなイメージがある。
結婚式、指輪、家族、安心、将来、子ども、老後。 きれいな言葉がたくさん付いてくる。
でも現実には、結婚はかなり具体的な生活運用である。
- 相手の体調不良
- メンタル不調
- 収入の変化
- 転職・退職
- 家事分担
- 親族との距離感
- 冠婚葬祭
- 子どもを持つかどうか
- 住む場所
- 老後の介護
- お金の使い方
- 自由時間の減少
- 相手の不安や感情への対応
こういうものが、かなりの確率で同梱される。
しかも、悪気があるかどうかとは別問題である。
相手に悪気がなくても、体調を崩すことはある。 家族に悪気がなくても、距離感が重くなることはある。 本人に悪気がなくても、不安や普通論を押し付けてしまうことはある。
つまり、結婚の重さは「誰かが悪いから発生する」のではない。
生活を共有する以上、自然に発生する。
だからこそ、外圧だけで結婚に入ると危ない。
統計的にも、結婚は「当たり前の通過儀礼」ではなくなっている
日本では、2024年の婚姻件数は485,092組、離婚件数は185,904組だった。平均初婚年齢は、夫31.1歳、妻29.8歳まで上がっている。[^mhlw-2024][^mhlw-marriage]
これは、結婚が今でも多くの人に選ばれている一方で、「若いうちに自然と全員が結婚する」という時代ではなくなっていることを示している。
また、OECD諸国でも平均初婚年齢は長期的に上昇しており、結婚・出産のタイミングは遅くなっている。さらに日本では、婚外子の割合が低いため、出産と結婚は今でも強く結びついている。[^oecd-marriage][^oecd-fertility]
つまり、日本で結婚を考える時は、単に「パートナーと一緒にいたい」だけではなく、
- 子どもを持つのか
- 子どもを持たないのか
- 親族とどの距離で付き合うのか
- 家計をどう扱うのか
- 自分の自由時間をどこまで守るのか
まで含めて考える必要がある。
結婚は、恋愛の延長ではある。 でも、恋愛そのものではない。
大事なのは「結婚しているか」より「結婚の質」
結婚は健康や幸福に良い、という言い方を聞くことがある。
ただし、ここで大事なのは「結婚しているかどうか」だけではない。 むしろ、関係の質が重要である。
Roblesらのメタ分析では、126本の研究、72,000人以上を対象に、夫婦関係の質と身体的健康の関連が検討されている。結果として、良好な夫婦関係は健康と関連する一方で、関係の質が低い結婚は、必ずしも安心や健康を生むものではないことが示唆されている。[^robles]
つまり、「結婚すれば幸せ」ではない。
正確には、
良い関係なら、人生の支えになる。 悪い関係なら、生活のストレス源になる。
ここを混同すると、結婚を過大評価してしまう。
内発的動機づけがない結婚は、途中で赤字化しやすい
心理学の自己決定理論では、人の動機づけや幸福には「自律性」「有能感」「関係性」が重要だとされる。[^ryan-deci]
結婚にもこれはかなり当てはまる。
自分で選んでいる感覚がある。 相手と対等な関係を作れている。 一緒にいることで安心やつながりを感じる。 生活を運用する力が二人にある。
こういう状態なら、結婚は内発的に続きやすい。
逆に、
- 親に言われたから
- 年齢的に焦ったから
- 周りと比べたから
- 独身と思われたくないから
- 相手を安心させるために仕方なく
- 世間体のために
- 断るのが悪い気がしたから
という外発的な理由だけだと、結婚後の負荷に耐える意味が薄くなる。
結婚は、休日に少し我慢する程度の話ではない。 生活のOSを共同運用する話である。
内発的動機がないまま入ると、日々の小さな負担が全部「なぜ自分がこれを背負っているのか」という問いに変わる。
これはかなり危ない。
「恋人」と「結婚」は別審査でいい
恋人がいることと、結婚することは別である。
恋人は、人生に温度を足す存在でいい。 一緒にいて楽しい、安心する、触れ合える、甘えられる、相互に選び合える。
これは大事である。
でも、結婚はそれだけでは足りない。
結婚には、次のような別審査が必要になる。
- お金の使い方を話し合えるか
- 親族との境界線を守れるか
- NOを言った時に尊重されるか
- 不安や普通論を押し付けないか
- 相手の不調時に、こちらが全部背負う構造にならないか
- 家事や手続きや見えない労力を会計に入れられるか
- 後出しで採点してこないか
- 二人の合意より、親や周囲の希望を優先しないか
- 自分の自由・仕事・資産形成・趣味を破壊しないか
恋愛の安心感は、第一審査。 結婚の生活運用は、第二審査。
第一審査に合格しても、第二審査に合格するとは限らない。
ここを混ぜると、「ぬくもりで人生契約を開ける」ことになる。
それは危ない。
入ってはいけない「穴あき結婚式場」
結婚には、きれいな外観がある。
幸せな家庭。 親が喜ぶ。 結婚式。 普通の人生。 安心できる将来。 子ども。 老後の支え。
でも、その外観の下に、費用・労働・感情処理・親族対応・自由の削減・役割分担の穴が空いている場合がある。
これを「穴あき結婚式場」と呼ぶ。
外から見るときれい。 でも、中に入ると床に穴が空いていて、片方の善意・財布・時間・神経で埋めることになる。
穴あき結婚式場に入ると、こうなる。
- 相手の不安をこちらが処理する
- 相手家族の希望をこちらが叶える
- 費用の差分をこちらが飲む
- 後出しの普通論で採点される
- 自分の自由時間が消える
- 断ると冷たい人扱いされる
- 気づいたら生活PMになっている
これは、愛情の問題だけではない。 設計の問題である。
結婚を考えるなら、愛情だけでなく、床の穴を見る必要がある。
結婚した方がいい人
結婚した方がいい可能性が高いのは、次のような人である。
1. 「この人と生活を作りたい」が自然にある
恋愛の高揚感だけでなく、普通の日常を一緒に作りたいと思える。
買い物、家事、体調不良、だらだらした休日、将来の話。 派手ではない生活を、この人となら運用できそうだと思える。