「なんでクジラを研究しているんですか?」
「デカくて好きだからです!」
ここまでは強い。
余計な飾りがない。研究対象への愛が一撃で伝わる。
しかし研究者の世界には、「なるほど」で終わらない人がいる。
「では、なぜデカいものが好きなんですか?」
ここで急に難問になる。
デカいからいいんだよ。
以上。
……で終えたいのに、知的好奇心はさらに下へ掘る。
「デカいものを見ると、何が起きているんだろう?」
そして答えを言語化すると、かなりそれっぽいものが出てくる。
「え、こんなの生きてるの? 怖。すご。」
ここから心理学へ行ける。
そして最悪の転用もできる。
「デカいものがお好きなんですね。では、胸も大きい方がお好きなんですか?」
転用すけべ教授、爆誕。
しかし、このしょうもない質問は意外にもちゃんと研究可能である。
1. 「怖、すご」は心理学でいう awe にかなり近い
awe、つまり畏怖・畏敬について、Keltner と Haidt は古典的な整理で二つの中心要素を挙げた。
一つは vastness。自分より圧倒的に大きい、広い、強い、あるいは概念的に巨大なもの。
もう一つは need for accommodation。今までの理解の枠に、そのままでは収まらず、頭の中のモデルを更新する必要があること。
クジラを見る。
「大きい動物ですね」では終わらない。
「この質量が生きてるの?」
「このサイズで泳ぐの?」
「こっちより何十倍も大きい身体が、自分で動いてるの?」
普段の「生き物」のサイズ感が壊れる。
だから「すごい」と「ちょっと怖い」が同居しやすい。
日本語版 Awe Experience Scale の検証研究でも、awe は vastness、accommodation、自我の縮小、つながり、時間感覚、生理反応など複数の側面として測定されている。
つまり「え、こんなの生きてるの?怖、すご」は、雑な感想に見えて、かなり心理学の中心を突いている。
2. 実際、大型動物は「怖い」と「すごい」を両方上げる
2024年の People and Nature 論文では、スロバキアの549人を対象に、大型・小型の動物や非動物対象に対する恐怖と称賛を調べている。
結果は面白い。
大型動物は、小型動物より恐怖も称賛も強く引き起こした。
さらに、巨大な非動物対象を称賛する人ほど動物も称賛する関連があり、構造方程式モデルでは非動物対象への称賛から動物への称賛への係数が β=0.622、恐怖同士も β=0.729 だった。
重要なのは、これを「全人類にはデカいもの好き遺伝子がある」と読むことではない。
この研究は一つの国のオンライン標本で、測定したのは特定の画像群に対する恐怖・称賛である。
それでも、
巨大建築や巨大自然物に圧倒される人と、巨大動物に圧倒される人の反応には、ある程度共通部分がありそう
というところまではデータで言える。
クジラだけの謎趣味ではない。
「デカさ」そのものが感情を動かしている可能性がある。
3. では「デカいもの好き」は身体の好みにまで貫通するのか
ここで転用すけべ教授が挙手する。
「巨大動物も巨大建築も好きなら、身体的特徴も大きい方を好むのでは?」
仮説としては成立する。
しかし、今回確認できた研究では、
一般的な巨大物への嗜好と、胸サイズの性的選好を同じ参加者で測って相関させた直接研究は見つからなかった。
ここが大事である。
「デカいクジラ好き」 ↓ 「デカいもの全般好き」 ↓ 「大きな胸も好き」
という三段論法は、最後の矢印だけまだ証拠がない。
大型動物と大型非動物のあいだには横断的な関連が示されている。
しかし性的魅力の評価には、別の変数が大量に入る。
同じ「大きい」という日本語でも、心理学的には同じ入力ではない。
4. 胸サイズの好みは、実際にはかなり文脈依存だった
成人男性の胸サイズ選好を調べた研究を見ると、「大きければ大きいほど全員が好き」という単純な結果ではない。
2017年の4文化比較では、ブラジル、カメルーン、チェコ、ナミビアで選好分布が異なった。
ブラジルとチェコでは中サイズが最頻で、ナミビアでも中サイズが最多だったが統計的には境界的だった。文化間の差自体は有意だった。
2013年の研究では、マレーシアの異なる社会経済環境の男性266人と、英国の空腹・満腹状態の男性を調べた。
相対的に資源不安が大きい環境の男性ほど大きい胸を魅力的と評価し、同じ環境でも空腹群は満腹群より大きい胸を高く評価した。
2011年の研究では成人男性128人を対象に、sociosexual orientation、つまりコミットメントの低い性的関係に対してどれだけ開放的かという個人差との関連を調べた。
より unrestricted な群は大きいサイズを高く評価する傾向があったが、両群とも中〜大サイズの評価が高く、「最大が常に最強」ではなかった。
さらに2026年の研究でも、男性277人のデータで、sociosexuality とより大きい胸の選好には弱い正の相関が報告されている。
つまり胸サイズの好みは、少なくとも既存研究では、
- 文化
- 資源状態
- その瞬間の空腹
- sociosexuality
- 刺激画像の形や提示条件
などと関係している。
クジラのサイズだけでは説明できない。
5. だから「デカいもの好き=巨乳好き」は、今のところ未検証
現時点で最も正確な答えはこれである。
巨大さへの畏怖・称賛には、対象をまたぐ個人差がありそう。
しかし、
その個人差が性的な身体サイズ選好まで一般化するかは分からない。
ここを混ぜると、「large」という言葉が同じというだけで異なる心理過程を一個にしてしまう。
巨大なクジラを見て「怖、すご」と感じるときは、自己とのスケール差、危険可能性、生命としての異常な質量、認知的な驚きが入る。
一方、成人の身体的魅力評価には、性的・社会的・文化的な意味づけが入る。
共通因子がゼロとは限らない。
でも、あるともまだ言えない。
本当にデータを取れば答えられる質問なのである。
6. じゃあ本当に研究するなら、こうする
せっかくなので転用すけべ教授には研究計画まで書いてもらう。
まず成人参加者に、複数領域の「巨大さ」への反応を評価してもらう。
- クジラ、ゾウなど大型動物
- 巨大樹
- 山、巨大波、滝など自然現象
- 超高層建築、大橋など人工物
それぞれについて、
- 好き
- 称賛
- awe
- 恐怖
- もっと見たい
を別々に測る。
ここで「デカいもの好き」を一本の質問で決めない。
次に、成人の身体的特徴に対するサイズ選好を、体格、BMI、形状、姿勢などの交絡を可能な限り統制した刺激で測る。
さらに、
- 年齢
- 性別
- 性的指向
- 文化圏
- sociosexuality
- 資源不安
- 空腹状態
- openness や sensation seeking など関連しそうな特性
を事前に決めた共変量として取る。
そして主仮説を事前登録する。
H1:巨大動物への称賛と巨大非動物への称賛には正の関連がある。
H2:一般的な巨大さ嗜好と身体サイズ選好には関連があるか。
H3:もし関連があるなら、それは awe、恐怖、称賛のどの成分で説明されるか。
大事なのは、H2を最初から「あるはず」と決めないこと。
ゼロだったら、それも結果である。
むしろ「クジラと胸は同じ“デカい”でも別回路でした」が出たら、それはそれで美しい。
7. 研究の本当の面白さは「なぜ好き?」を一段掘ったところにある
最初の答えは、
「デカいから好き」
だった。
これは別に浅くない。
好みには、本人が最初から言語化できる理由と、刺激を見た瞬間に先に動く感情がある。
そこへ、
「なぜデカいと好きなの?」
を入れると、
「現実感が壊れる」
「自分より圧倒的に大きい」
「怖いけど見たい」
「こんなのが生きてるのが信じられない」
と分解できる。
さらに、
「じゃあ別ジャンルのデカさにも同じ反応をする?」
まで行けば、個人差研究になる。
そして、
「じゃあ性的なサイズ嗜好にも転用できる?」
まで行けば、まだ論文が足りない場所に出る。
教授の質問、しつこい。
でも研究は、だいたいそういう「そこまで聞く?」から生える。
結論:教授、研究しろっ!
クジラがデカくて好き。
なぜ?
「え、こんなの生きてるの? 怖。すご。」
これは心理学的にはかなり筋が通っている。
巨大さは awe の主要成分になり、大型動物は恐怖と称賛を同時に強めやすい。さらに巨大な非動物対象への反応と大型動物への反応には共通性が報告されている。
では、
「デカいもの全般が好きな人は、大きな胸も好きなのか?」
そこだけは、まだ分からない。
胸サイズ選好には文化や資源状態、sociosexuality など別の要因が関係していることは分かっているが、巨大物嗜好との直結は未検証である。
つまり転用すけべ教授、質問としては雑なのに、研究課題としては成立してしまった。
ここまで来たら言うことは一つ。
研究しろっ!
参考資料
- Keltner D, Haidt J. 2003. Cognition and Emotion 17(2):297-314. DOI: 10.1080/02699930302297
- Japanese AWE-S validation study. PMID: 37900197. PMCID: PMC10611950
- Prokop P, et al. 2024. People and Nature 6:945-957. DOI: 10.1002/pan3.10504
- Evolution and Human Behavior 38(2):217-226. DOI: 10.1016/j.evolhumbehav.2016.10.002
- Swami V, Tovée MJ. 2013. PLoS ONE 8(3):e57623. PMID: 23483919. DOI: 10.1371/journal.pone.0057623
- Zelazniewicz AM, Pawlowski B. 2011. Archives of Sexual Behavior 40:1129-1135. PMID: 21975921. DOI: 10.1007/s10508-011-9850-1
- Frontiers in Psychology. 2026. DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1797201
