政治的スキルは、本当に能力である
政治力というと、ゴマすり、派閥、裏工作という悪い印象がある。
組織研究におけるpolitical skillは、もう少し広い。
- 相手と状況を読む
- どの表現なら受け入れられるか判断する
- 必要な人間関係を作る
- 相手へ影響を与える
- 誠実で自然に見える形で動く
といった能力である。
メタ分析では、政治的スキルは仕事成果、キャリア成功、評判、自己効力感などと正の関係を持っていた。[1]
実際、政治力がある人は、正論をそのまま投げない。
たとえば、全員向け標語より自動化の方が有効だと思っても、
標語活動をより確実に成果へつなげるため、終了確認と自動停止も併用してはどうでしょうか。
と出す。
- 上の案を否定しない
- 相手の言葉を使う
- 本命対策を追加案として混ぜる
- 誰の面子も潰さない
- 自分の提案だけに見せない
これは高度な技能である。
しかし、政治力は「正しい目的」を保証しない
政治力は、目標へ到達する経路を通す力である。
その目標が、
- 顧客価値
- 安全
- 品質
- 生産性
- 長期利益
なら価値を生む。
しかし目標が、
- 上位者から嫌われない
- 自部署の予算を守る
- 失敗責任を避ける
- 既存権限を維持する
- 昇進候補から外れない
- 報告上の見栄えを作る
なら、同じ政治力が別方向へ使われる。
政治力は包丁に近い。
技術の高さと、何を作るかは別である。
個人の合理性が、全体の非合理を作る
組織内の各人が、自分の位置では合理的に動いているとする。
担当者
余計な責任を負わない。
管理者
問題を上へ上げず、自部署で処理した形を作る。
部門長
他部門との摩擦を避ける。
経営層
短期数値と対外説明を整える。
監督部門
証跡を増やし、監査時のリスクを下げる。
各行動は、その人の評価関数では合理的である。
しかし全体では、
- 会議が増える
- 書類が増える
- 例外処理が増える
- 本来業務が遅れる
- 誰も根本原因を直さない
- 顧客へ価値が届かない
という結果になる。
これは「全員が馬鹿」なのではない。
評価関数が分断されているため、局所合理性が全体非合理へ合成される。
儀式が増えるのは、誰かが本気で信じているからとは限らない
組織には、互いに矛盾する要求が入る。
- 厳格に管理しろ
- 迅速に動け
- 失敗するな
- 挑戦しろ
- 全員の合意を取れ
- 会議を減らせ
- 標準化しろ
- 個別対応しろ
Brunssonは、組織が矛盾する要求へ対処するため、話すこと、決定すること、実際に行うことを分離する「organized hypocrisy」を論じた。[2][3]
たとえば、
- 話:挑戦を歓迎する
- 決定:改善提案制度を作る
- 行動:既存方針に合う提案だけ採用する
となる。
必ずしも一人の人間が意図的に嘘をついているわけではない。
異なる利害へ、それぞれ別の出力を返している。
- 上には変革を示す
- 現場には統制を維持する
- 外には人材活用を示す
- 内では異論を抑える
組織としては一貫しないが、各利害関係者を一時的に満足させられる。
賢い人が集まっても、政策や制度が歪む
国家政策でも企業制度でも、原案は通過するたびに変形する。
本来目的に効く案
↓
予算を通せる形
↓
反対勢力が拒否しない形
↓
既存制度と衝突しない形
↓
責任者が失敗しにくい形
↓
測定しやすい指標
↓
説明しやすい標語
↓
現場へ追加作業として実装
最終的に、
誰も最適だとは思っていないが、誰も単独では止めにくい案
が完成する。
公共政策研究でも、制定される政策の量と、実施する行政能力のギャップが政策成果を損なうこと、政策形成側と実施側の接続がそのギャップを減らしうることが示されている。[4][5]
会社の小さな活動も同じである。
対策を増やすことは簡単で、古い対策を消すことは難しい。
新しい提出物には提案者がいる。
廃止には、「これまで不要なことをしていたのか」という政治的費用がある。
政治力は歪んだ仕組みの潤滑油にもなる
政治力の高い人がいると、壊れた組織でも物事が回る。
- 上の曖昧な指示を翻訳する
- 現場の反発をなだめる
- 実効性のある対策を裏から混ぜる
- 誰の面子も潰さず妥協案を作る
- 失敗を小さく収める
短期的には必要である。
しかし、その人が吸収してしまうため、
- 指示は曖昧なまま
- 権限設計は変わらない
- 上位者は学習しない
- 現場の不満は見えない
- 問題の再発が組織課題にならない
こともある。
政治力が高い人は、壊れたOSを修理できるとは限らない。
壊れたまま起動し続けることができる。
これは本人の悪意ではない。
調整が成功するほど、構造改革の緊急性が下がる。
政治力へ全振りすると「組織内サイコパス」に見える理由
ここでいう「サイコパス」は診断名ではなく、比喩である。
出世だけを目的関数にすると、次の学習が起きる。
- 正しいかより、誰が支持するか
- 顧客へ効くかより、上が評価するか
- 長期的に残るかより、今期に見えるか
- 現場が疲れるかより、報告が整うか
- 問題を直すかより、問題を持ち込んだ人を扱うか
- 反対意見の質より、反対者の立場を読む
この環境では、人を読む力が、人を生かすためではなく、人を回避・操作するために発達する。
本人は合理的である。
しかし、評価関数が狭いため、周囲からは感情や本質的価値を切り捨てたように見える。
反証:政治を避ければ、本質的価値が勝つわけでもない
政治力への批判だけでは不十分である。
優れた案も、説明、連携、合意、資源確保がなければ実装されない。
- 技術的に正しい
- データ上は合理的
- 顧客には有益
でも、影響を受ける人を無視すれば失敗する。
政治とは、必ずしも腐敗ではない。
複数の正当な利害を調整し、実行可能な形へ変換すること
も政治である。
政治力の問題ではなく、政治力が何へ従属しているかが問題である。
健全な政治力
- 本来目的を維持する
- 影響を受ける人の情報を集める
- 実装可能な順序へ分ける
- 損失を補償する
- 反証を取り入れる
- 成果を測る
- 不要なら撤回する
病理的な政治力
- 上位者の面子を目的化する
- 不都合な情報を消す
- 失敗責任を下へ流す
- 活動量を成果として扱う
- 権限維持を優先する
- 改善者を脅威として処理する
昇進は、複数あるリターンの一つにすぎない
以前は、
昇進
=給与
=裁量
=安定
=成功
と見なしやすかった。
しかし実際には、昇進によって、
- 責任だけ増える
- 部下と上層の板挟みになる
- 政治活動が増える
- 本質的な仕事から離れる
- 外部で使えるスキルが増えない
- 自由時間が減る
- 心身の負担が増える
場合もある。
したがって、総合収支を見る。
- 手取り
- 労働時間
- 裁量
- ストレス
- 市場価値
- 将来の選択肢
- 資産形成
- 私生活
- 意味
- 退出可能性
役職が上がっても、総合収支が悪化するなら、合理OSでは自動的に正解にならない。
結論:政治力は必要だが、目的関数を外注しない
社会人に政治力は必要である。
誰に、いつ、どう伝えるかで結果は変わる。
しかし、政治力が高いことと、本質的価値を作ることは同じではない。
一文にするとこうなる。
政治力は、目的へ通す技術である。
何を目的にするかまで、組織へ委ねてはいけない。
参考資料(6件)
Munyon, T. P., Summers, J. K., Thompson, K. M., & Ferris, G. R. “Political Skill and Work Outcomes: A Theoretical Extension, Meta-Analytic Investigation, and Agenda for the Future.”
https://doi.org/10.1111/peps.12066Brunsson, N. “Organizing for Inconsistencies: On Organizational Conflict, Depression and Hypocrisy as Substitutes for Action.”
https://doi.org/10.1016/0281-7527(86)90014-9Brunsson, N. “Organized Hypocrisy.”
https://doi.org/10.1093/oso/9780199206285.003.0007Fernández-i-Marín, X., Knill, C., Steinbacher, C., & Steinebach, Y. “Bureaucratic Quality and the Gap between Implementation Burden and Administrative Capacities.”
https://doi.org/10.1017/S0003055423001090Knill, C., Steinebach, Y., Fernández-i-Marín, X., & Steinbacher, C. “When Less Means More: Policy Accumulation, Administrative Capacities, and Policy Performance.”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12173157/Kapoutsis, I., Papalexandris, A., Nikolopoulos, A., & Hochwarter, W. A. “Politics Perceptions as Moderator of the Political Skill–Job Performance Relationship.”
https://doi.org/10.1016/j.jvb.2010.09.009
