結論――ゲンスルーは「強さを証明したい人」ではなく「強さを利益へ変換したい人」
ゲンスルーは弱いから卑怯な手を使うのではない。
むしろ逆である。
普通に戦ってもかなり強いのに、さらに安全で確実な勝ち方を選ぶ。
ここがゲンスルーの嫌らしさであり、キャラクターとしてのおもしろさでもある。
ヒソカなら、強い相手と危険な状況で戦うこと自体を楽しむ。
ゲンスルーは違う。
ゲンスルーにとって戦闘は、基本的に目的ではない。
カードを取る。
ゲームをクリアへ近づける。
利益を得る。
そのための手段として暴力を使う。
だから正面から勝てる相手であっても、わざわざ公平に戦う必要がない。
強いなら普通に攻略すればいいのに、しない
G.I.でゲンスルーは、長期間にわたって攻略集団へ潜伏する。
自分たちだけで最初から最後までカードを集め切るのではなく、
集団にカードを集めさせる
→ 十分集まったところで正体を明かす
→ 爆弾を利用して脅す
→ 成果を奪う
という流れを選ぶ。
読者からすると、
「お前、そんな強いなら普通に攻略できただろ」
となる。
実際、ゴンとの戦闘ではオーラの攻防移動、体術、経験の差を見せる。
当時のゴンより明確に完成度が高い。
それでも真正面から強者としてゲームを制圧するのではなく、
他人が積み上げた成果を最後に回収する
方向へ行く。
これは戦士というより、徹底した成果回収型である。
ヒソカとの違いがわかりやすい
ヒソカは、自分が楽しめる戦いを成立させるためなら、敵が万全になることすら望む。
クロロが念を使えなくなれば、
「それなら除念させてから戦いたい」
という方向へ行く。
一方、ゲンスルーは、
「相手が不利なら、そのまま取ればいい」
側である。
戦闘の美学ではなく、結果を見る。
だから、
- 潜伏
- 脅迫
- 爆弾
- 集団への仕込み
- 裏切り
- 奇襲
を使うことに心理的な抵抗がない。
強者なのにセコいのではない。
強者だから、セコい戦術まで安全に実行できる。
弱い人間が同じことをしても成立しない
ゲンスルーの戦略は、本人が強くなければ成立しない。
長期間潜伏していても、正体がバレれば戦闘になる。
脅迫しても、相手が抵抗してくる可能性がある。
爆弾を仕込むにも、人へ近づく必要がある。
それでも実行できるのは、
計画が崩れても、本人がかなり戦えるから。
つまりゲンスルーは、
策略による安全策 + 失敗時の本人戦闘力
を両方持っている。
かなりイヤなタイプだ。
「命の音」は決闘技より支配技
ゲンスルーの「命の音(カウントダウン)」も性格に合っている。
これは一対一の決闘で即座に最大火力を叩き込む能力ではない。
対象への接触や能力説明など、複数の条件を経て成立する。
その代わり、一度仕込めば相手の行動を強く縛れる。
つまり本質的には、
強敵を正面から倒す技
というより、
集団を脅し、交渉力を奪い、行動を支配する技
に近い。
能力設計からしてゲンスルーらしい。
ゴン戦でも「勝負」より「回収」
ゴンとの最終戦でも、ゲンスルーは純粋な武人として相手を評価して戦っているわけではない。
目的はカード回収である。
ゴンが折れればそれでいい。
降参させられるなら、その方が早い。
だから、
痛めつける
→ 恐怖させる
→ 判断力を削る
→ カードを取る
という方向へ行く。
ゴンがそれでも折れないから、結果的に戦闘が激しくなる。
「勝てるのにハメる」から怖い
弱者が罠だけで勝とうとすると、罠を破られた瞬間に終わる。
ゲンスルーは違う。
罠を破っても本人が強い。
ヒソカが、
「危険な方がおもしろい」
なら、
ゲンスルーは、
「なんでわざわざ危険な勝ち方をするんだ?」
である。
同じ強い念能力者でも、目的が違えば行動はここまで変わる。
