『ぼっち・ざ・ろっく!』8巻を読むと、結束バンドがかなり現実のフェーズに入っていることが分かる。
公式の8巻あらすじでも、東名阪ツアー、機材車購入、グッズ製作、ラジオ出演、ファーストミニアルバム発売が並んでいる。
これはもう、単なる高校生バンドの青春ではない。
バンドが事業化している。
ライブをする。
曲を出す。
アルバムを売る。
ラジオで宣伝する。
機材車を買う。
借金を背負う。
グッズを作る。
在庫を持つ。
遠征する。
ホテル代を払う。
高速代を払う。
駐車場代を払う。
物販で回収する。
こうなると、音楽の話だけでは済まない。
「楽器がうまい」だけでは足りない。
「曲が良い」だけでも足りない。
「MVが伸びた」だけでも足りない。
必要なのは、音楽の才能をお金に変換する仕組みである。
1. 演奏できることと、食えることは別
音楽の才能がある。
ギターがうまい。
歌える。
作曲できる。
ライブで人を動かせる。
これは本当にすごい。
だが、そこから生活費を作るには、別の能力が必要になる。
- チケットを売る
- 物販を作る
- グッズの原価を見る
- 在庫を管理する
- 遠征費を計算する
- 宿泊費を払う
- 機材車の維持費を払う
- 会場と精算する
- レーベルや流通と分配する
- 次の制作費を残す
つまり、演奏者はいつの間にか小規模事業者になる。
ここがきつい。
音楽をやりたい人ほど、音楽だけやっていたい。
でも、音楽で食うためには、音楽以外の実務が増える。
結束バンドも同じである。
ぼっちちゃんは演奏で人を呼べる。
喜多ちゃんは外向きの広報・売り子・顔として強い。
虹夏は運営を背負う。
星歌は現実の締め役になる。
山田に財布は触らせてはいけない。
この役割分担がないと、バンドは続かない。
2. 売れているように見えても、手元に残るとは限らない
現実側の結束バンドは、かなり売れている。
アルバム『結束バンド』は、2023年のオリコン年間デジタルアルバムランキングで1位を獲得し、期間内DL数70,132DLを記録した。
これだけ見ると、「売れてるなら余裕では?」と思う。
しかし、現実の音楽ビジネスでは、売上がそのまま演奏者の生活費になるわけではない。
ストリーミング収益は、レーベル、配信サービス、権利者、作詞作曲者、演奏者などの間で分配される。Spotifyは2025年に音楽業界へ110億ドル超を支払ったと発表しているが、そのお金は個々の演奏者に直接同じ割合で届くわけではない。
つまり、市場全体が大きいことと、自分たちが食えることは別である。
MVが伸びる。
サブスクで聴かれる。
CDやアルバムが売れる。
それでも、生活が安定するとは限らない。
なぜなら、出ていく金も大きいからだ。
3. 機材車は夢ではなく固定費である
機材車は、バンドにとって夢がある。
自分たちの車で遠征する。
機材を積む。
ライブハウスを回る。
ツアーに出る。
しかし、経営目線で見ると機材車は固定費である。
車体代。
ローン。
保険。
車検。
税金。
駐車場代。
ガソリン代。
高速代。
タイヤ。
修理費。
しかも、都心で車を持つなら駐車場代も重い。
機材車を買うということは、移動手段を得ることであると同時に、毎月出ていくお金を増やすことでもある。
だから、結束バンドが借金で機材車を買うのは、かなりリアルだ。
余裕があるから買ったのではない。
次の売上を作るために、先にリスクを取ったのである。
これは完全に事業投資である。
4. ツアーは売上があるのにお金が残らないことがある
ツアーは、外から見ると華やかだ。
チケットが売れる。
遠征する。
ファンが来る。
物販が売れる。
バンドが大きくなる。
しかし、裏側はかなり重い。
- 会場費
- スタッフ代
- 機材運搬
- 車両費
- ガソリン代
- 高速代
- 駐車場代
- ホテル代
- 食費
- グッズ制作費
- 宣伝費
- リハーサル代
売上があっても、先に支払いが来る。
チケット精算が後になる。
物販を作るために先に金を出す。
遠征中は現金が飛ぶ。
つまり、利益が出るかどうか以前に、キャッシュフローが重要になる。
黒字予定でも、手元資金が足りなければ詰む。
これはバンドというより、スタートアップや小売業に近い。
結束バンドは、曲を作っているだけではない。
ツアーを運営している。
物販を仕入れている。
借金を返している。
次の活動資金を確保している。
5. グッズは儲かりやすいが、バンドを小売業に変える
若手バンドにとって、グッズは強い。
Tシャツ。
タオル。
缶バッジ。
アクスタ。
ステッカー。
コースター。
ランダムグッズ。
ライブ会場で売れれば、比較的早く現金化できる。
ファンも「応援」として買いやすい。
音源より利益が残りやすい場合もある。
Bandcampは、平均して購入額の82%がアーティストまたはレーベルに届くと説明している。また、同サービスの手数料はデジタル15%、物理商品10%とされている。こうした直接販売に近い仕組みは、ストリーミングよりファンのお金が近く届きやすい。
ただし、グッズは万能ではない。
なぜなら、先に作らなければならないからだ。
- 原価がかかる
- デザインが必要
- 発注ロットがある
- 在庫が残る
- サイズ違いが出る
- 会場に運ぶ必要がある
- 通販するなら梱包と発送がいる
- ランダムなら封入作業もいる
つまり、グッズを出すと、バンドはグッズ会社になる。
音楽をやっていたはずなのに、気づけばTシャツのサイズ展開、缶バッジの絵柄数、アクスタの発注数、在庫置き場、売れ残り、交換需要を考えている。
これはかなり現実的で、かなりしんどい。
6. 「ユニクロでよくね?」を超えるものを売っている
Tシャツだけを見ると、普通にユニクロの方が強い。
安い。
品質が安定している。
普段着にしやすい。
サイズも多い。
洗いやすい。
では、なぜバンドTシャツが売れるのか。
それは、服を売っているのではないからである。
売っているのは、
- このバンドが好きという所属証明
- ライブに行った記念
- 応援した証拠
- 同じファン同士の合図
- その時期のバンドを持ち帰る体験
である。
バンドTは、服としてはユニクロに負けるかもしれない。
だが、「結束バンドのTシャツ」としては、ユニクロでは代替できない。
ここがグッズの強さであり、同時に怖さである。
音楽の価値が、物販という別の形に変換される。
7. ランダムグッズは在庫分散システムでもある
ランダムグッズは、さらにビジネス色が強い。
単品販売なら、人気キャラだけが売れる。
人気が低いキャラは在庫になる。
売上が偏る。
しかしランダムにすると、人気キャラを狙う人が複数買う。
その過程で他キャラも出る。
交換文化が生まれる。
全体の在庫が動く。
これは、ファンにとっては開封のドキドキであり、交換の遊びであり、推し活の儀式でもある。
しかし、裏側を見ると、人気キャラの需要で全体在庫を動かす仕組みでもある。
ここに乗りたい人もいる。
乗りたくない人もいる。
どちらが正しいというより、何を買っているかが違う。
買う人は、物だけでなく、開封体験、交換、現地の空気、SNSのネタを買っている。
買わない人は、確率ではなく欲しい物を買いたいと思っている。
どちらも自然だ。
ただ、バンド運営側から見ると、ランダムグッズは強い。
売上が作りやすいからである。
8. 音楽家が「音楽だけ」できない残酷さ
ここまで来ると、音楽の才能がある人が少し可哀想にも見えてくる。
演奏がうまい。
曲が良い。
ライブもできる。
ファンもいる。
それでも生活するには、
- 物販
- 在庫
- 会計
- 移動
- 宿泊
- 固定費
- 宣伝
- SNS
- レーベル対応
- 権利処理
- ファンコミュニティ
が必要になる。
つまり、音楽で食いたい人ほど、音楽以外に追われる。
これは創作全般にある問題でもある。
漫画家は漫画だけ描ければよいわけではない。
YouTuberは動画だけ作ればよいわけではない。
アプリ開発者はコードだけ書けばよいわけではない。
ブロガーは文章だけ書けばよいわけではない。
作品を作る才能と、作品を届けてお金に変える仕組みは別である。
9. 結束バンドは音楽スタートアップになっている
8巻の結束バンドは、かなり音楽スタートアップである。
プロダクトは曲。
チャネルはライブ、MV、ラジオ、SNS。
収益源は音源、チケット、グッズ。
固定資産は機材車。
負債は借金。
運用担当は虹夏。
広報担当は喜多ちゃん。
技術・商品力はぼっちちゃんと山田。
現実の監査役は星歌。
こう見ると、かなりビジネスである。
そして、ビジネスとして見ると、山田に財布を持たせてはいけない理由もよく分かる。
才能と運営能力は別スキルなのだ。
10. 音楽の才能だけではなく、才能を続ける仕組みが必要
結論として、音楽の才能だけで食うのは難しい。
演奏できることはすごい。
曲を作れることもすごい。
人を感動させられることもすごい。
だが、生活するには、それを続ける仕組みが必要になる。
集客。
物販。
在庫。
会計。
移動。
借金返済。
制作費回収。
次の活動資金。
夢はある。
でも、夢だけでは回らない。
『ぼっち・ざ・ろっく!』8巻が面白いのは、そこをギャグの顔で見せてくるところである。
社不OSの高校生たちが、音楽で社会に接続した結果、機材車、借金、グッズ、ラジオ、ツアー、キャッシュフローに巻き込まれていく。
これは青春であり、同時に事業である。
音楽で食うとは、ただ演奏することではない。
才能を、お金に変換し、活動を続ける仕組みまで作ること。
その残酷さと面白さが、結束バンドの次のステージにある。
