神を称える文化はキリストよりずっと古い
神を祀る、称える、神聖なものとして扱う。
これはキリスト教から始まったものではない。
もっと古い。
人類はかなり昔から、
- 自然が怖い
- 死者が怖い
- 祖先を大事にしたい
- 王の権威を正当化したい
- 共同体をまとめたい
- 大きな事業に正当性がほしい
- 戦争や災害から守られたい
という理由で、神や聖なる存在を祀ってきた。
先史時代の祭祀
トルコのギョベクリ・テペは、紀元前9600〜8200年ごろの先土器新石器時代の巨石遺構で、儀礼に使われた可能性が指摘されている。
これは、キリスト教どころか、都市や国家が本格的に成立する前の時代である。
つまり、人類はかなり早い段階から、神聖な場や儀礼を作っていた。
古代エジプトのファラオ
人間や王を神聖視する例として分かりやすいのが、古代エジプトのファラオである。
ファラオは単なる政治家ではなく、神から与えられた秩序を守る神聖な支配者として扱われた。
政治、宗教、経済、司法が王の神聖性と結びつく。
これは、八幡のように古代王が後世に神格化される話と完全に同じではないが、
王権と神聖性が結びつく
という意味では近い。
ローマ皇帝崇拝
ローマにも皇帝崇拝がある。
皇帝やその一族を神的権威と結びつけ、帝国の統合や忠誠に役立てる仕組みである。
これも、単なる個人崇拝というより、
巨大な政治共同体をまとめるための神聖ブランド
として機能していた。
キリスト教は後発の超大型パターン
キリスト教は1世紀のユダヤ教内の運動として始まった。
もちろん、世界史的には非常に巨大な宗教である。
しかし「神を称える文化」そのものの始まりではない。
順番としては、
先史時代の祭祀
→ 自然神・祖先神・王権神格化
→ 古代エジプトの神王
→ ギリシャ・ローマの英雄・皇帝崇拝
→ キリスト教
→ 日本の八幡信仰が国家・仏教・武家と合体して拡大
という感じである。
八幡はキリスト型ではない
八幡さまは、キリストのような「救世主が世界宗教の中心になる」タイプとは少し違う。
近いのは、
- 古代王
- 祖先神
- 英雄神
- 国家守護神
- 武運の神
- 神仏習合の神
- 武家の氏神
のミックスである。
つまり八幡は、
古代王を核にして、国家守護・仏教コラボ・武家市場・地域信仰に接続して全国展開した日本型の神格ブランド
である。
まとめ
神を称える文化は、キリストから始まったものではない。
人類はキリスト教よりはるか以前から、自然、死者、王、祖先、英雄、共同体の中心を神聖化してきた。
八幡さまはその中でも、
古代王を国家守護・武運・仏教・武家ブランドに接続して全国展開したタイプ
である。
キリストは後発の超大型宗教プロダクト。
八幡は日本神様界の、国家案件と武家市場を取った超強ブランド。
