AIなら一気、人力なら何人日? 12言語の記事制作をAI以前に戻して見積もってみた

調査・構成・執筆・11言語翻訳・校正・Markdown統合まで含む12言語記事を、生成AI以前の人力制作に戻すと何時間・何人日か。ATAの翻訳生産性目安を使い、標準翻訳と書籍級ローカライズを分けて試算する。

広告
広告

「これ、生成AIがない時代に人間だけで作ったら、どのくらい時間がかかったんだろう?」

12言語の記事を一気に作った後でこの疑問が出ると、文章生成の速さだけに目が行きやすい。だが本当に消えた工数は、タイピング時間だけではない。

調査、論文確認、章立て、執筆、推敲、翻訳者への発注、用語統一、11言語の翻訳、各言語の校正、Markdown統合、リンク確認、最終QA。

AI以前なら、これは普通に小さな編集プロジェクトだった。

1. 結論:標準品質で約20〜30人日、書籍級に自然化すると約40〜55人日が一つの目安

今回のような「日本語原稿を作り、11言語へ展開し、研究根拠と実装例も含めて一つのMDに統合する」案件を人力へ戻すと、合理的な試算は次のあたりになる。

制作水準 総工数の目安 8時間換算
標準的な専門記事+プロ翻訳 約20〜30人日 約160〜240時間
書籍・マーケティング級に各言語を自然化 約40〜55人日 約320〜440時間
調査が重い・複数回レビュー・厳格QA さらに増える 400時間超もあり得る

これは「完成まで30〜55日かかる」という意味ではない。11人の翻訳者を並列で動かせば、人日が40日あってもカレンダーでは1〜3週間程度へ圧縮できる。逆に、一人の超人が11言語を順番に処理するなら数か月コースになる。

つまり重要なのは、経過時間と人間が消費する総労働時間は別物ということだ。

2. 翻訳だけでも、11言語になると突然プロジェクトになる

American Translators Association(ATA)のプロジェクト計画例では、翻訳速度の目安として技術文書2,500 source words/日、マーケティング2,000語/日、ソフトウェア1,500語/日、調査負荷が非常に高い案件では750語/日まで下がる例が示されている。[R1]

ATAのサービス調査では、翻訳者の目標出力量の平均は1日2,855語だった。[R2]

一方、書籍翻訳についてATAの記事で紹介される一つの実務的な目安は、下訳だけでなく複数稿、編集者対応、校正まで含めると800〜1,000語/日程度だった。[R3]

ここが大きい。

仮に原稿が英語換算3,000語程度だとする。

標準翻訳なら1言語あたり約1.2〜1.5日。11言語で約13〜17人日。

ところが、ネタ、語感、比喩、読みやすさを各言語で自然に再構成する「本っぽい」品質なら、1言語3〜4日程度も不自然ではない。11言語で約33〜44人日になる。

「翻訳ボタンを11回押す」と「11人の読者に自然な文章を11本作る」は、人間社会では全然同じ仕事ではない。

3. 翻訳以外にも前工程と後工程がある

3-1. 調査・企画

研究テーマを決め、検索し、一次資料を読み、数字を確認し、反証を探し、どこまで断言してよいか決める。今回のように複数のメタ分析、CEFR、製品仕様まで跨ぐなら、10〜20時間程度は簡単に使う。

3-2. 構成・日本語初稿

単なる要約ではなく、「めんどくさい」という日常感覚から、UX、第二言語習得研究、実装方法へ一本の論旨にする。章立て、例、FAQ、コピー用テンプレまで作れば8〜15時間程度。

3-3. 推敲

専門用語を説明し、重複を削り、論理の飛躍を直し、ネタを残しながら読者が迷わない文章にする。5〜10時間程度。

3-4. 翻訳後レビュー

ATAのスケジュール例では技術文書のrevisionを7,500 source words/日と置く例がある。[R1] 11言語を別のレビュアーで確認すれば、それだけで数人日が追加される。

3-5. 統合とQA

見出し構造、コードブロック、リンク、言語順、表記、Markdown、公開メタデータを確認する。ここも「文章を書く」ではないが、完成品には必要だ。

AI以前なら、編集者は文章を書き終えた瞬間に「完成!」とは言えない。そこからプロジェクト管理が始まる。

4. では、なぜAIだと一気に短くなるのか

生成AIの本質的な短縮は「1文字を打つ速度」ではない。

従来は、工程ごとに別の人・別のソフト・別の依頼が必要だった。

調査 → 編集者 → 執筆者 → 翻訳PM → 翻訳者×11 → 校正者×11 → 実装担当 → QA

これがAIでは、一つの会話の中で

調査 → 構成 → 初稿 → 翻訳 → 書式統一 → QA → GitHub

まで連続する。

つまり削られるのは作業時間+引き継ぎ時間+待ち時間+依頼を説明する時間+文脈を再共有する時間である。

これが生成AIの異常なところだ。

5. 「AIは人間の何倍速い?」という問いは少しズレている

一人の翻訳者とAIの単純速度を比べるだけなら、「数十倍」「数百倍」のような数字を出したくなる。しかし、本当に大きいのはそこではない。

AIは同時に、

  • リサーチアシスタント
  • 編集者
  • ライター
  • 翻訳者
  • ローカライズ担当
  • 校正補助
  • Markdown整形担当
  • QA担当
  • GitHub作業担当

の境界を潰す。

人間の組織では、この境界ごとにチケット、メール、納期、レビュー、差し戻しが発生する。

AIが破壊したのは「執筆時間」より「組織の摩擦」なのかもしれない。

6. ただし「AIが数百時間分を完全代替した」とは言えない

ここは重要だ。

今回の試算は、人間だけで同じ納品物を作るならどれだけの工数が必要になり得るかを示している。AI出力が、そのまま11人のネイティブ翻訳者+編集者+専門家レビューと同品質だと証明しているわけではない。

特に以下は人間レビューの価値が残る。

文化的ニュアンス、法務・医療等の高リスク内容、ブランド表現、出版品質の文体、最新仕様、引用・数値の照合。

だから正確な表現は、

「AIは数百時間分の工程を数十分に圧縮し得る」

であって、

「数百時間分の専門家品質を自動で保証する」

ではない。

7. それでも個人にとって革命的な理由

昔なら「11言語版を作ろう」と思った瞬間に、翻訳会社、予算、納期、PMが必要だった。個人が思いつきで始める仕事ではない。

今は「この話、記事一本にしよう」で始められる。

ここに一番大きな変化がある。

AIは単に仕事を速くしたのではなく、以前は組織でしか起動できなかった仕事を、個人の思いつきで起動可能にした。

8. まとめ:昔なら小規模出版案件、今なら会話の続き

12言語の記事をAI以前の工程へ戻すと、標準的な専門記事なら約20〜30人日、各言語を本っぽく自然化するなら約40〜55人日というのが、公開されている翻訳生産性から見た一つの妥当なレンジになる。

もちろん内容量、言語、専門性、レビュー水準で大きく動く。

それでも構造は変わらない。

昔:企画書を書く→人を集める→発注する→待つ→確認する→差し戻す→統合する。

今:「これも記事一本で」。

この一言で小さな編集プロジェクトが起動する。

たぶん生成AI時代の一番おかしいところは、文章が速く書けることではない。「会社でやる仕事」が「会話のついで」になったことである。


広告
めんどいちゃん

この記事を書いた人

めんどいちゃん

仕事や日常の「めんどい」を構造化して、次に動きやすくする記事を書いています。

このサイトについて
広告

新着記事

  1. 1AIでマチアプの文章を作る――恋愛を外注せず「返信フック」だけ量産する
  2. 2サードアイはガチャ専用でいい:第六感を信じる場所、論理で詰める場所
  3. 3四日市とんてき、米を外したら「わんこキャベツ」が始まった
  4. 45秒で結論
  5. 5針一本を何時間も流して全員坊主。それ、魚との遭遇率から変えた方がよくない?

あわせて読みたい

広告