この記事で扱う疑問
『ぽこ あ ポケモン』は、見た目だけならかなりかわいい。
メタモンが人間の姿に変身して、ポケモンたちと一緒に街を作る。
木や石を集め、道具を作り、畑を耕し、ポケモンたちが住みやすい場所を作っていく。
ジャンルもスローライフ・サンドボックスで、表面上はかなり穏やかなゲームに見える。
しかし、少し設定を掘ると、急に重くなる。
主人公は人間ではない。
人間の姿に変身したメタモンである。
しかも導入映像では、モンスターボールから出てきたメタモンが、床に落ちているポケモン図鑑のようなものを見て、人間の姿に変身するように見える。
さらに、その図鑑には、メタモンとトレーナーらしき人物の写真が映っていると指摘されている。
つまり、こういう疑問が出る。
このメタモンのトレーナーはどこへ行ったのか?
なぜメタモンだけが残っているのか?
人間の姿に変身しているのは、誰かを真似ているのか?
そもそもこの世界に人間はいるのか?
そして、メタモンには「笑うと変身が解ける」という公式設定もある。
これを重ねると、『ぽこ あ ポケモン』はただのほのぼの街づくりではなく、
いなくなった人間を待ちながら、人間の姿を保って街を復興するメタモンの物語
に見えてくる。
これは、かなり「うすちゅうより鬱」案件である。
まず公式設定:主人公は人間ではなくメタモン
『ぽこ あ ポケモン』公式サイトでは、主人公について明確に説明されている。
ニンゲンのすがたにへんしんしたメタモンが
イチからはじめる、ポケモンたちとの新生活
また、公式サイトでは「今作の主人公は、ニンゲンのすがたにへんしんしたメタモンです」とも説明されている。
つまり、プレイヤーキャラクターは人間ではない。
人間のように見えるが、正体はメタモンである。
ここがまず重要である。
普通のポケモン作品では、人間の主人公がポケモンと出会う。
しかし『ぽこ あ ポケモン』では、メタモンが人間に変身して、ポケモンたちと暮らす。
この時点で、世界観が少しずれている。
導入がすでに不穏:モンスターボールから出てくるメタモン
発表時の紹介では、トレーラーの冒頭で、モンスターボールから飛び出たメタモンが、床に落ちているポケモン図鑑のようなガジェットを見つめ、人間に変身する場面があると紹介されている。
この導入がすでに不穏である。
なぜなら、メタモンがモンスターボールに入っていたなら、普通に考えると、かつて誰かのポケモンだった可能性があるからだ。
そして、その近くにポケモン図鑑が落ちている。
図鑑には、メタモンとトレーナーらしき人物が映っているように見えるという指摘もある。
ここから自然に出る疑問はこれ。
ご主人様はどこへ行ったのか?
この時点で、ただのスローライフではない。
始まり方が、少しだけ「置いていかれたメタモン」の物語に見える。
ゲーム内でも人間不在はかなり確定寄り
『ぽこ あ ポケモン』の世界は、単に人間主人公がいないだけではなく、少なくとも開始時点では人間そのものがかなり不在に近い。
海外メディアのプレイレポートでは、プレイヤーの動機として、モジャンボはかせと一緒に世界を復興し、ポケモンを呼び戻し、最終的には人間たち、そして自分のトレーナーが帰ってくることを願うような流れが語られている。
また、その世界には人間が残した持ち物や痕跡、過去の記録があり、探索しながら「人間たちがなぜ去ったのか」を知っていくような構造があると紹介されている。
ここから見ると、少なくとも以下はかなり強い。
開始時点で、人間は普通に生活していない
人間の痕跡は残っている
主人公メタモンのトレーナーはそばにいない
世界を復興する動機に、人間の帰還が関わっている
つまり、「ご主人様が確定で死んだ」とまでは言えない。
しかし、「ご主人様が今そばにいない」はかなり確定寄りである。
そして、世界全体としても、人間の生活圏は過去のものになっているように見える。
死亡確定ではないが、不在確定が重い
ここは分けて考えたい。
現時点で強く言えるのは、
トレーナーがいない
人間がいない世界から始まる
人間の痕跡をたどる
帰還を願う動機がある
ということ。
一方で、言いすぎになるのは、
トレーナーは死んだ
人類は滅亡した
メタモンは完全に捨てられた
という断定である。
ポケモン作品なので、最終的には「帰還」「再会」「復興」「つながり直し」に着地する可能性も高い。
ただし、死亡確定でなくても、十分に重い。
なぜなら、メタモン視点ではこうだからだ。
目覚めたら、ご主人様がいない
人間のいた痕跡だけがある
自分は人間の姿に変身する
ポケモンたちと街を作る
いつか人間が戻ってくるかもしれない
これは、普通に喪失から始まる物語である。
メタモンが人間に変身する理由が切ない
『ぽこ あ ポケモン』の主人公は、なぜ人間に変身したのか。
ゲーム上は、プレイヤーキャラクターとして人間型にするため、という理由もある。
操作キャラとして人間型の方がわかりやすいし、街づくりゲームとしても扱いやすい。
しかし、物語的に見ると、別の意味が出てくる。
メタモンは、落ちていた図鑑の映像や記録を見て、人間の姿に変身したように見える。
もしその人間が自分のトレーナーだったなら、メタモンは、
いなくなったご主人様の姿を真似ている
ことになる。
これはかなり切ない。
人間に憧れているのか。
ご主人様を覚えているのか。
人間の姿なら何かを取り戻せると思ったのか。
あるいは、人間がいなくなった世界で、人間の役割を引き受けようとしているのか。
どれにしても重い。
さらに重い:メタモンは笑うと変身が解ける
ここに、メタモンの公式設定が重なる。
ポケモンカード公式のメタモンには、次の説明がある。
変身は 完璧なのだが 笑わされて 力が 抜けると 変身は 解けてしまう。
また、ポケモンだいすきクラブの「メタモンのうた『モンモンメタモン』」にも、笑うと変身が解けるという歌詞がある。
つまり、これはファンの妄想ではなく、メタモンの公式的な性質として扱われている。
これを『ぽこ あ ポケモン』の主人公に重ねると、かなり見方が変わる。
主人公メタモンが人間の姿を維持しているなら、笑いすぎると変身が崩れる可能性がある。
もちろん、ゲーム内で本当にそういうシステムになるとは限らない。
スローライフゲームなので、そんな鬱仕様を入れるとは考えにくい。
しかし、設定だけを真面目に読むとこうなる。
人間の姿で暮らしているメタモンは、楽しすぎて笑うと自分の姿が崩れるかもしれない。
これはかなり鬱である。
ぽこあのメタモンは、ずっと笑っていないのか?
ここから出てくるのが、
ぽこあポケモンのメタモン、ずっと笑ってないのか?
という疑問である。
もし笑うと変身が解けるなら、人間の姿を保つためには、メタモンは気を抜けない。
もちろん、実際のゲーム内では笑顔の表情やエモートもあるかもしれない。
そこまで厳密に「笑ったら即解除」とは扱われない可能性が高い。
しかし、裏設定として見ると、かなり刺さる。
メタモンはかわいい。
人間の姿もかわいい。
ポケモンたちとスローライフをしている。
でも、その人間の姿は、本来の自分ではない。
しかも、笑って力が抜けると崩れるかもしれない。
これは、ほのぼの作品に見えて、実は「自己維持」の物語でもある。
ほのぼのの皮をかぶったポスト人間世界
『ぽこ あ ポケモン』の世界観で怖いのは、表面がかわいすぎることだ。
- メタモン主人公
- ポケモンたちとの新生活
- 家具作り
- 畑
- 街づくり
- のんびり生活
- イベント
- かわった姿のポケモン
全部かわいい。
しかし、その背景にあるのは、
- 人間がいない
- 人間の痕跡がある
- トレーナーがいない
- 世界を復興する
- いつか人間が戻ってくることを願う
- メタモンは人間の姿をしている
という設定である。
これは、かなりポスト人間世界である。
ポケモン版のポストアポカリプス。
ただし、荒廃した世界を銃で歩くのではなく、メタモンが木を集め、畑を耕し、ポケモンたちと街を作る。
だから怖さが逆に強い。
滅びた世界を、かわいい顔で復興している。
「ご主人様は戻ってくるのか」が物語の核になりそう
この設定で一番気になるのは、やはりトレーナーである。
メタモンがモンスターボールから出てくる。
ポケモン図鑑が落ちている。
図鑑にはトレーナーらしき人物との記録がある。
メタモンは人間に変身する。
世界には人間がいない。
復興すれば人間が戻ってくるかもしれない。
この流れを見ると、物語の核は、
ご主人様にもう一度会えるのか?
になりそうである。
もちろん、ゲームはスローライフなので、メインは街づくりやポケモンとの交流だと思う。
しかし、裏の情緒としてはかなり強い。
メタモンは、トレーナーが帰ってくる場所を作っているのかもしれない。
あるいは、トレーナーのいない世界で、自分が人間の代わりに街を作っているのかもしれない。
どちらにしても切ない。
これは「捨てられたポケモン」ではなく「帰る場所を作るポケモン」かもしれない
ここで、少し希望のある読み方もできる。
もし『ぽこ あ ポケモン』が単に「メタモンが捨てられた話」なら、かなり重い。
しかし、公式の見せ方はそこまで暗くない。
むしろ、
すこしずつ、すこしずつ。
作ろう、みんなで暮らす街。
という方向である。
つまり、これは単なる喪失の話ではなく、
いなくなった人間とポケモンが、もう一度一緒に暮らせる場所を作る話
なのかもしれない。
メタモンは、ただ待っているだけではない。
街を作っている。
ポケモンを呼び戻している。
世界を住みやすくしている。
帰る場所を作っている。
そう考えると、重いけれど希望がある。
まとめ
『ぽこ あ ポケモン』は、表面上はかなりかわいいスローライフ・サンドボックスゲームである。
しかし、設定を少し掘ると、かなり裏がある。
- 主人公は人間ではなく、人間に変身したメタモン
- 導入ではモンスターボールからメタモンが出てくる
- 落ちているポケモン図鑑には、トレーナーらしき人物との記録があるように見える
- 少なくとも開始時点で、人間は世界からかなり不在
- メタモンは自分のトレーナーを待っている可能性がある
- メタモンには「笑うと変身が解ける」公式設定がある
- そのため、人間の姿で暮らす主人公は、深読みするとかなり切ない
死亡確定ではない。
人類滅亡確定でもない。
ご主人様が絶対に帰ってこないと決まったわけでもない。
でも、「今そばにいない」はかなり強い。
だから、このゲームはこう見える。
ほのぼの街づくりゲームの顔をした、いなくなった人間を待つメタモンの復興物語。
一言で刺すなら、こう。
『ぽこ あ ポケモン』は、かわいいメタモンのスローライフに見えて、実は「ご主人様がいない世界で、人間の姿を保ちながら帰る場所を作る話」かもしれない。
これは普通に重い。
うすちゅうより鬱。
でも、その重さがあるから、ただのかわいいゲームではなく、かなり記憶に残る作品になっている。
参考情報
『ぽこ あ ポケモン』公式サイト
https://www.pocoapokemon.jp/ja/電ファミニコゲーマー:『ぽこ あ ポケモン』発表。主人公は「人間に変身したメタモン」
https://news.denfaminicogamer.jp/news/2509122zGamesRadar+:Pokemon's cute, cozy life sim spin-off may be hiding some deeply tragic lore
https://www.gamesradar.com/games/pokemon/pokemons-cute-cozy-life-sim-spin-off-may-be-hiding-some-deeply-tragic-lore-as-fans-question-the-backstory-of-our-ditto-protagonist-what-happened-to-their-trainer/GamesRadar+:I've spent 20 hours in Pokemon Pokopia obsessing over its mysterious world
https://www.gamesradar.com/games/pokemon/ive-spent-20-hours-in-pokemon-pokopia-obsessing-over-its-mysterious-world-and-what-it-hides-beneath-the-surface/ポケモンカードゲーム公式:メタモン
https://www.pokemon-card.com/card-search/details.php/card/43453/regu/allポケモンだいすきクラブ:メタモンのうた「モンモンメタモン」
https://www.pokemon.jp/info/daisuki_movie/detail/20019.html
