モンハンでわかった“新しい何か”が消える瞬間
友達がモンハンを始めた。
そして、かなり早い段階で冷めた。
「セルレギオスを追え」と言われたあたりで、もう意欲がなくなったらしい。
理由を聞くと、こうだった。
他にやりたいことより面白くなさそう。 あと、新しい何かが得られなさそう。
新しい何か。
最初はちょっと笑った。
でも、よく考えるとこれはかなり本質的だった。
ゲームが面白いかどうかは、単に派手かどうか、難しいかどうか、報酬があるかどうかだけではない。
自分の中に、
まだ見えていない構造があるか。 理解していないルールがあるか。 試したい仮説があるか。 攻略した時に、何か新しいものを得た感覚があるか。
ここが大きい。
モンハンワイルズのゴグマジオスは、初勝利まではかなり面白かった。
でも、周回したいかと言われると、正直あまりしたくない。
この差は何なのか。
たぶん答えは、
初見攻略は“未知の解析”で、周回は“既知手順の再実行”だから
である。
ゴグマジオス初勝利までは面白かった
ゴグマジオスは、初見からかなり強かった。
普通に焼かれる。
ビームで死ぬ。
足を取られる。
終盤は縄跳びになる。
ファビウスの後ろに逃げろと言われる。
でもファビウスは迎えに来ない。
「ここでしのぐぞ」じゃなくて、お前が来いよと思う。
最初は何が悪いのかよくわからない。
でも、負けるたびに少しずつ情報が増える。
火耐性12では足りない。
火耐性24にすると安定する。
油泥で足を取られるなら水場・油泥適応がいる。
振動で止まるなら耐震がいる。
後半は龍属性で抑制する必要がある。
大技が怪しい時はファビウスを探す。
ファビウスが遠いならモドリ玉で帰る。
70秒という目安を鵜呑みにせず、50秒くらいで飛んだら早めに離脱する。
こうやって、死因が一つずつ分解されていく。
最終的には、4回目くらいで討伐できた。
モドリ玉を2回使って、0乙で勝った。
これはめちゃくちゃ面白かった。
なぜなら、勝つまでの過程が、
未知 → 失敗 → 仮説 → 装備変更 → 再挑戦 → 成功
になっていたからである。
これは単なるアクションゲームではなく、攻略実験だった。
面白かったのは素材ではなく、構造が見える過程だった
ここで大事なのは、面白かった理由が「素材が欲しいから」ではないことだ。
ゴグマジオスを倒して、強い装備が作れる。
巨戟アーティアが作れる。
理論値武器に近づく。
全属性双剣の完成に必要な素材が集まる。
それはもちろん報酬としてはある。
でも、自分が一番面白かったのはそこではない。
面白かったのは、
なぜ死んだのかを考えること。 どのスキルが刺さるのかを考えること。 火力ではなく生存か、耐性か、油泥か、耐震かを切り分けること。 ファビウスの役割を理解すること。 モドリ玉が逃げではなく正規攻略になると気づくこと。
つまり、面白かったのは素材ではなく、構造だった。
ゴグマジオスは、ただの敵ではなく、未解決問題だった。
だから楽しかった。
一回勝つと「あー、いつものね」になる
しかし、一度勝つと状況が変わる。
初見では怪物だったゴグマジオスが、次からは処理対象になる。
火耐性を上げる。
油泥を対策する。
後半は龍属性で殴る。
大技が怪しければ早めにモドリ玉で帰る。
ファビウスが近ければ後ろに入る。
終盤は欲張らない。
これで勝てる。
もちろん、プレイとしてはまだ難しい。
ミスれば死ぬし、事故もある。
でも、脳内ではもう分類が終わっている。
あー、これはそういうやつね。
この瞬間に、新規性が消える。
初見では「何これ?」だったものが、周回では「はいはい、手順通りね」になる。
これがかなり大きい。
周回は“既知のSOPを再実行する作業”になる
素材周回は、ゲームとして見ると合理的な仕組みである。
強い装備を作るには素材がいる。
レア素材がいる。
何度も倒す必要がある。
倒せば報酬がもらえる。
装備が完成する。
でも、構造を読むのが楽しいタイプの人にとって、これは急に作業になる。
なぜなら、周回は基本的に、
理解済みの手順を再実行して、報酬抽選を待つ行為
だからである。
初見攻略では、毎回新しい問いがあった。
なぜ死んだ?
何が足りない?
火耐性か?
油泥か?
龍属性か?
モドリ玉か?
ファビウスか?
でも周回になると、問いが減る。
もう答えはある。
あとは同じ手順を繰り返すだけ。
つまり、
攻略が終わると、ゲームはSOPになる。
SOPとは、標準作業手順である。
一度手順化された瞬間、面白さは「発見」から「処理」に変わる。
この処理が好きな人もいる。
素材が集まること、数値が伸びること、装備が完成することに快感を感じる人もいる。
でも、自分はそこにはあまり興味がない。
自分が楽しいのは、手順を作るまでであって、手順通りに回すことではない。
友達の「新しい何かが得られなさそう」はかなり正しい
友達は、かなり早い段階でモンハンから離れた。
「セルレギオスを追え」と言われて冷めた。
かなり早い。
でも、その理由が「新しい何かが得られなさそう」だったのは、かなり正確だと思う。
その友達にとって、モンハンはたぶん、
追う
見つける
殴る
素材を取る
また追う
という作業に見えた。
そこで新しい概念や発見が見えなかった。
だから、やめた。
一方で、自分はゴグマジオスでかなり楽しんだ。
なぜなら、そこには新しい何かがあったからだ。
火耐性の意味。
油泥対策の意味。
龍属性DPSチェック。
ファビウスの位置取り。
モドリ玉の使い方。
双剣の理論値。
防壁とフルチャージの相性。
鬼人ゲージとスタミナ管理。
ジャスト回避による火力維持。
こういうものが、次々に見えた。
だから楽しかった。
つまり、同じゲームでも、
作業に見える人と、
解析対象に見える人がいる。
友達は前者だった。
自分は、少なくともゴグマ初勝利までは後者だった。
ゲームの面白さは、報酬ではなく“未分類感”かもしれない
ゲームが面白い瞬間には、たぶん未分類感がある。
まだ何かわからない。
でも、理解できそう。
失敗したけど、原因がありそう。
もう少し試せば、勝ち筋が見えそう。
この状態が面白い。
ゴグマジオス初見は、まさにこれだった。
しかし、分類が終わると、脳はそれを既知のものとして扱う。
あー、いつものね。 あー、こういう構造ね。 あー、この手順で勝てるね。
この瞬間、ワクワクは減る。
だから、ゲームに飽きるタイミングは、単に難易度が下がった時ではない。
新しい分類が生まれなくなった時である。
これはモンハンに限らない。
仕事でもそうかもしれない。
記事作成でもそうかもしれない。
アプリ開発でもそうかもしれない。
勉強でもそうかもしれない。
未知の構造を読んでいる間は面白い。
でも、構造が見えた後に同じ作業を繰り返すだけになると、急に重くなる。
素材集めが悪いわけではない
もちろん、素材集めが悪いわけではない。
素材周回が好きな人もいる。
同じ敵を早く倒せるようになる。
装備が完成していく。
レア素材が出る。
タイムが縮む。
武器種を変えて遊べる。
フレンドと雑談しながら回せる。
こういう楽しさはある。
ただ、自分にとって素材集めそのものは、あまり強い動機にならない。
欲しい装備があるから、必要分だけ集める。
試したい構成があるから、必要な素材だけ取る。
理論値を確認したいから、最低限だけ周回する。
このくらいでいい。
素材周回を目的にすると、たぶん飽きる。
でも、
この装備を試したい
このタイムを縮めたい
この敵を別武器で倒したい
このギミックをもっと綺麗に処理したい
という問いがあれば、また面白くなる。
つまり、周回そのものではなく、周回に新しい問いを乗せられるかが大事なのだと思う。
自分に合う遊び方は“初見攻略+必要分だけ回収”
今回わかったのは、自分に合う遊び方である。
それは、
初見の強敵を攻略する。 死因を分解する。 装備を変える。 スキルを詰める。 勝つ。 必要素材だけ回収する。 飽きる前に次の未知へ行く。
これでいい。
無限に周回する必要はない。
理論値武器を全属性作るのも、やりたくなったらでいい。
ゴグマを何十回も回す必要もない。
素材集めを義務化しなくていい。
ゲームは仕事ではない。
面白いのは、未知を見つけている時である。
構造が見えたら、いったん離れていい。
また新しい問いが出てきたら戻ればいい。
まとめ:楽しいのは“素材”ではなく“新しい何か”だった
ゴグマジオス初勝利までは面白かった。
でも、周回はしたくない。
この感覚は矛盾していない。
初勝利までは、未知の攻略だった。
周回は、既知手順の再実行になる。
友達の「新しい何かが得られなさそう」という言葉は、最初は笑えた。
でも、かなり本質だった。
ゲームに必要なのは、報酬だけではない。
まだわからないこと。 分解したい構造。 試したい仮説。 勝った時に得られる理解。
これがあると面白い。
逆に、それがなくなると、
あー、いつものね
になる。
そして、その瞬間からゲームは攻略ではなく作業になる。
だから、周回が苦手でもいい。
素材集めに興味がなくてもいい。
自分が面白いと思っていたのは、素材ではなく、
新しい何かを見つけること
だったのだから。

