家が水に浸かった。
床も壁も設備もやられた。
スマホも死んだ。
財布もどこかへ行った。
家族の安否確認、片付け、仮住まい、保険会社、仕事、病院。
そこで行政が静かにログイン画面を出す。
「支援制度があります。申請してください。」
いや、今?
という話である。
2026年8月の千葉豪雨では、9月15日時点で「半壊」の罹災証明が3,067件。そのうち、被災者生活再建支援金の対象外となる通常の半壊が2,786件、約9割だったと共同通信が報じた。
「半壊なのに支援金なし?」
ここから「税金、何に使ってんの?」という怒りが出る。
ただし、話を正確にするには三つに分ける必要がある。
- 国の金は実際どこへ行っているのか。
- なぜ「半壊」でも支援金から外れるのか。
- 支援制度があっても、なぜ被災者が自力で申請しなければならないのか。
三つ目が、意外と一番エグい。
1. 税金は消えていない。だが巨大な固定費に吸われている
2026年度の国の一般会計は約122.3兆円。
財務省の内訳では、社会保障39.1兆円、国債費31.3兆円、地方交付税交付金等20.9兆円、防衛関係費9.0兆円、公共事業6.1兆円、文教・科学振興6.0兆円などとなっている。経済協力費は約0.51兆円、一般会計の0.4%だ。
歳入側では、税・印紙収入が約83.7兆円、公債金が約29.6兆円。
つまり、
「税金がどこかへ消滅した」
ではなく、
社会保障、過去の借金、地方財政など巨大な固定支出が先に席を取っている。
という方が近い。
SNSでありがちな「外国に配りすぎだから国内災害に金がない」だけでは、122兆円規模の予算構造は説明できない。経済協力費は0.4%だからだ。
ただし、ここで「社会保障39兆円=老人に39兆円プレゼント」も雑すぎる。
2026年度の社会保障関係費には、年金約13.9兆円、医療約12.7兆円、介護約3.8兆円、少子化対策約3.5兆円、生活扶助等社会福祉費などが含まれる。
高齢化が支出増の大きな要因なのは事実だが、社会保障全体を「知らん老人への小遣い」とみなすと、制度の中身を間違える。
それでも政策として、
平時の恒常給付と、突然家・仕事・生活基盤を失う巨大損失への支援を、どの比率で配るか
は普通に議論できる。
財政は自然現象ではない。配分である。
2. 「半壊」という日本語が一枚岩ではない
今回のニュースが分かりにくい最大の理由は、「半壊」の中にさらにランクがあることだ。
千葉県の説明では、
- 大規模半壊:損害割合40%台
- 中規模半壊:損害割合30%台
- 通常の半壊:損害割合20%台
という区分がある。
被災者生活再建支援制度では、大規模半壊なら基礎支援金50万円に加え、再建方法に応じ最大200万円。中規模半壊は再建方法に応じ最大100万円。
しかし、通常の半壊は原則としてこの支援金の対象外だ。半壊でも、やむを得ない事情で住宅を解体する「半壊等解体世帯」などは別扱いになる。
だから、
「家が半分壊れたのに国が気まぐれでゼロ円にした」
ではない。
より正確には、
法律上の損害区分に30%付近の大きな段差があり、20%台の半壊が支援制度の本体から落ちる。
という設計問題だ。
しかも水害、とりわけ内水氾濫は厄介だ。
共同通信の取材では、外から建物が派手に壊れる被害と比べ、内水氾濫は見た目の傷や浸水高の証拠が残りづらく、認定が低くなりやすいとの自治体担当者の指摘が紹介されている。
床も壁も断熱材も家電もカビも全部つらい。
でも数字は29%。
行政システム:
「惜しい! 支援ランクまであと1%!」
被災者にとっては全然ゲームではない。
3. 千葉県も73.96億円を組んでいる。だから「災害に金を使ってない」ではない
千葉県は豪雨対応として、2026年9月に約73.96億円の補正予算案を追加提案した。
生活再建支援、農林水産・商工業者の事業再開、インフラ復旧、河川の応急対策、都市型水害対策などが対象だ。
ここは重要。
「行政は被災地に1円も使っていない」
ではない。
道路も河川も事業者も住宅も、復旧には全部金が要る。
問題は、個人が失った住宅や生活の実損に対して、どこまで直接埋める制度なのかだ。
現在の制度は「家を元通りにしてあげる国家保険」ではない。
最大300万円という支援制度はあるが、対象区分と再建方法がある。
数千万円単位の住宅損失に対して、300万円は大きい。しかし300万円で家が復活するわけでもない。
まして通常半壊でゼロなら、
「税金払ってきて、こういう時にこれ?」
という感情が出るのも理解できる。
4. 実は税や保険料にも逃げ道はある。ただし合言葉は「申請」
税制上、住宅や家財に災害損失があれば雑損控除が使える場合がある。
また、損害額が住宅・家財価額の2分の1以上で、その年の所得が1,000万円以下などの要件を満たせば、災害減免法によって所得税の全部または一部が軽減・免除される場合がある。
国民年金にも、住宅・家財その他の財産についておおむね2分の1以上の損害を受けた場合などに保険料免除制度がある。
よし。
制度はある。
ここで小さく書いてある文字を見る。
「本人からの申請に基づき」
出た。
被災者、再び主人公。
しかも制度ごとに対象、窓口、証明、期限が違う。
税は税。
年金は年金。
住宅支援は住宅支援。
自治体独自減免は自治体。
保険会社は保険会社。
家は泥。
スマホは水没。
行政:
「各制度について適切にお手続きください」
被災者:
「今、人生そのものが不適切な状態なんですが。」
5. 一番被害が大きい人ほど、申請能力が落ちるという逆説
災害直後にあり得ることを並べる。
- 大けが
- 家族の死亡・行方不明
- 入院
- 自宅立入不能
- スマホ紛失・水没
- マイナンバーカード紛失
- 財布・通帳・印鑑の消失
- 仕事先も被災
- 子どもや高齢家族のケア
- 睡眠不足
- 避難所生活
- そもそも説明を読む気力がない
この状態の人に、
「対象制度を調べてください」 「必要書類を揃えてください」 「申請期限に注意してください」
は、かなり無茶である。
厚生労働省は、災害でマイナ保険証や資格確認書を失った場合でも、氏名、生年月日、加入保険者が分かる情報などを医療機関へ伝えれば保険診療を受けられる特例を案内している。
つまり医療は一部、
「カードない? 被災したなら今は人間を先に治そう」
という緊急モードへ切り替わる。
一方、マイナンバーカードを紛失した場合、24時間365日の電話停止や原則1週間の特急再発行制度はある。ただし再発行申請は原則、市区町村窓口で行う。
制度としては合理的でも、
「家がなくてカードもなくした人、まず役所へ来てください」
になる瞬間が残る。
ここに災害行政のUX問題がある。
6. オンライン化は進んでいる。でも「スマホがある人だけの最適化」では足りない
内閣府のクラウド型被災者支援システムでは、住民基本台帳をベースに被災者台帳を作成し、罹災証明書、被災者生活再建支援金、災害弔慰金などのオンライン申請、自宅や遠隔地からの手続き、コンビニ受領などが可能になる。
これは普通に便利だ。
さらに公金受取口座を登録しておけば、被災者生活再建支援金などでも口座情報の記入や通帳コピー添付を省略できる。
部品はかなり揃っている。
- 住民情報:ある
- 被害認定:ある
- 被災者台帳:ある
- オンライン申請:ある
- 公金受取口座:ある
- 給付制度:ある
なのに最後に、
「では、対象者本人が制度を見つけて申請ボタンを押してください」
が残りやすい。
ここが面白い。
DXで申請フォームを0.8秒で開けるようにしても、本人が意識不明なら0.8秒も0秒も同じである。
デジタル化とプッシュ型支援は別物だ。
7. 「申請が面倒」は感情論ではなく、行政学で研究されている
行政学には、そのまま「行政負担(administrative burden)」という研究分野がある。
代表的な整理では、市民が制度を利用するときの負担を、
- 学習コスト:制度を知り、対象か理解する
- 遵守コスト:書類、証明、移動、入力、期限管理
- 心理的コスト:ストレス、屈辱感、不安、疲労
に分ける。
これ、災害時に全部最大化しやすい。
米国のハリケーン・カトリーナ/リタ後のFEMA住宅支援を分析した研究では、申請書類、居住・所有の証明、被害程度の認定、処理時間などが支援の遅延・不支給につながり、支援拒否経験は心理的苦痛とも関連していた。
もちろん米国FEMAと日本の制度は同じではない。
しかしメカニズムは参考になる。
本人が最も弱っている瞬間に、本人の情報処理能力を入口条件にすると、支援を最も必要とする人が落ちやすい。
「申請書1枚くらい書けるだろ」は、平時の机で考えた一枚だ。
被災地では、その一枚の前に人生が20枚くらい積まれている。
8. 「向こうから出してこい」は、制度設計に翻訳できる
怒りを制度設計の言葉に翻訳すると、完全自動給付だけが答えではない。
例えば、こういう段階設計が考えられる。
フェーズ1:行政が先に対象候補を作る
住民基本台帳、被災区域、住家被害認定、既存の税・社会保険情報を行政側で突合。
「あなたはA・B・C制度の対象候補です」
まで行政が作る。
フェーズ2:分かっている項目は二度聞かない
氏名。
住所。
世帯。
口座。
被害区分。
行政がすでに持っているなら、申請書に最初から入れておく。
本人は間違いだけ直す。
フェーズ3:本人しか知らない部分だけ聞く
今後解体するのか。
修理するのか。
保険金はいくら出るのか。
実際の居住実態はどうか。
ここは聞かないと分からない。
でも行政が知らない10%を聞くために、知っている90%をもう一度書かせる必要はない。
フェーズ4:スマホなしルートを最初から本線に入れる
避難所。
病院。
巡回職員。
電話。
代理人。
紙。
「オンラインもできます」ではなく、
「オンラインが死んでも支援が死なない」
を仕様にする。
フェーズ5:緊急支援と精算を分ける
不正防止は必要。
誤給付も防ぐ必要がある。
ただし、今日寝る場所がない人への最低限支援と、数か月後の精密審査を同じ速度でやる必要はない。
先に生命・住居・当座資金。
後で追加確認・精算。
これは制度案の一例であって、プライバシー、誤認定、二重給付、財源、自治体事務負担という反対側のコストもある。
だから「全部自動にしろ」ではなく、
被災者が動く量を最小化し、行政が持っている情報を行政側で使う
という方向が論点になる。
9. 「老人より災害に使ってくれ」という怒りは、年齢より負担能力で切った方が制度論になる
災害の話をしていると、
「なんで家が壊れた現役世代から保険料を取り続けて、別の人の給付に回すんだ」
という怒りが出る。
感情の核は分かりやすい。
自分の生活基盤が壊れているのに、平時の徴収は続く。
一方で支援は足切り。
これでは「セーフティネットは誰のため?」となる。
ただし制度論としては、
高齢者 vs 被災者
だけで切ると粗い。
低所得で医療・介護が必要な高齢者もいる。
逆に高齢でも資産・所得に余裕がある人もいる。
若くても資産がある人もいる。
だから比較軸を、
- 年齢 ではなく
- 支払い能力
- 損失の大きさ
- 自力回復可能性
- 生活基盤への不可逆ダメージ
に置くと、議論が一段精密になる。
「余力のある人への恒常的な公費負担」と「本人では吸収できない破局的損失への公費支援」の配分は、政治が決める領域だ。
答えは一つではない。
ただし、今の配分が自然法則でもない。
10. 「夫婦別姓の前にこれやってくれ」は、政策優先順位の感覚としては分かるが、同じ箱ではない
災害支援の穴を見ていると、
「別の制度論争より先に、こういう基礎インフラを詰めてくれ」
と言いたくなる。
その感覚自体は政策優先順位の好みとして理解できる。
ただし、選択的夫婦別氏制度と災害支援は、同じ担当課が同じ予算袋からどちらか一つを買うような関係ではない。
法務省は2026年時点でも、選択的夫婦別氏制度を含む夫婦の氏の具体的制度について、国民各層の意見や国会議論を踏まえ更なる検討を進めるとしている。
一方、災害支援は内閣府、防災、自治体、税、年金、医療、デジタル行政など複数系統にまたがる。
だから、
「Aを止めればそのままBが完成する」
ではない。
より正確には、
国家の政策能力をどこへ優先投入してほしいか
という価値判断だ。
この区別をした方が、災害支援の改善点を具体的に議論できる。
11. 災害支援のUIテスト、条件がぬるすぎる説
普通の行政システムのテスト。
- スマホ:ある
- 充電:100%
- 身分証:ある
- Wi-Fi:ある
- 家:ある
- 家族:無事
- 睡眠:8時間
- ブラウザ:最新
- 心:平常
災害支援の本番。
- スマホ:川
- 充電器:瓦礫
- 身分証:行方不明
- 家:半壊
- 家族:連絡つかない
- 睡眠:3時間
- 靴:濡れてる
- 心:知らん
- 行政サイト:「まず利用規約をお読みください」
本番環境が違いすぎる。
災害支援の性能は、平時にフォームがきれいかではなく、
最悪の日でも到達できるか
で測るべき領域だ。
結論
今回の話は、「税金が全部どこかへ消えた」ではない。
国の予算は巨大な社会保障、国債、地方財政などに配分されている。
災害にも公費は投入される。
税減免もある。
年金免除もある。
住宅再建支援金もある。
オンライン申請もある。
被災者台帳もある。
公金受取口座もある。
制度は、かなりある。
問題は、その制度群の最後に、
「被災者が自力で制度を発見し、対象を理解し、証明し、申請する」
という前提がまだ強く残ることだ。
家が壊れた。
スマホも壊れた。
カードもない。
けがをした。
家族を失った。
それでも申請能力だけは平時と同じものとして扱う。
そこが一番バグっぽい。
災害支援で本当に強い設計は、
制度を増やすことだけではなく、弱っている人が制度を探しに行かなくても、行政側が対象候補を見つけ、持ってこられること。
「支援制度はこちらです」から、
「あなたに使える支援をこちらでまとめました」
へ。
この一段の差は、フォーム改善より大きい。
