ライザを途中でやめたのに、アトリエ音楽だけは神だと思う話
『ソフィーのアトリエ』の「薊蓮花」を久しぶりに聴いた。
まず曲名が読めない。
薊蓮花――あざみれんげ。
初見で読ませる気がない。しかし、曲は一度聴くと忘れにくい。幻想的な空気をまとったまま、ギターやリズムが一気に前へ出てくる。
アトリエシリーズは、見た目だけなら穏やかなゲームに見える。
かわいい錬金術士が、街の人と話し、素材を拾い、釜で何かを調合する。色も柔らかい。主人公も細身で、服も童話的である。
ところが戦闘曲になると、急に様子がおかしくなる。
- 民族音楽的な旋律
- 激しいギター
- 高速のドラム
- ストリングス
- コーラス
- 最終決戦のような盛り上がり
かわいい顔をして、脳へ直接ドーパミンを流し込んでくる。
これを私は「ドパソング」と呼びたい。
読めないのに有名な「薊蓮花」
「薊蓮花」は、『ソフィーのアトリエ ~不思議な本の錬金術士~』の楽曲である。
作品を遊んだことがなくても、ゲーム音楽を掘っていると名前を見かける。YouTube上でも複数の投稿やアレンジが長く聴かれており、シリーズの母数を考えると、かなり濃い支持を持つ曲だと思う。
一般層まで誰もが知る曲ではない。
しかし、ゲーム音楽好きの中では「アトリエにこんな曲がある」と知られている。作品の知名度より、曲の評価が先に歩いているタイプである。
アトリエシリーズ自体は長い。でも一般認知には濃淡がある
アトリエシリーズは2022年5月に25周年を迎えた長寿シリーズである。長年続いているが、全作品が一般層へ同じように知られているわけではない。citeturn872569search10
シリーズ外まで大きく名前が届いた代表がライザだろう。
「秘密」シリーズ3作品は、2023年に世界累計出荷200万本を突破した。アニメ化もされ、従来のアトリエファン以外へ認知が広がった。citeturn872569search1turn872569search5
ただし、ゲーム内容より先に、ライザの太ももで名前を知った人もかなり多いはずだ。
自分もその一人である。
ライザは知っている。
太ももも知っている。
ゲームも買った。
しかし、途中までしか遊んでいない。
ライザしか途中までやっていないのに、アトリエ音楽は好き
これは「アトリエファン」と名乗ってよいのか、少し怪しい。
ライザしか遊んだことがない。
しかもクリアしていない。
ソフィーは未プレイである。
それでも「薊蓮花」を聴けば、神曲だと思う。
つまり自分は、アトリエのゲームシステムのファンというより、アトリエ戦闘曲のファンなのだろう。
ゲームでは、素材を集め、調合し、装備を作り、管理する必要がある。そこに飽きることはある。
しかし音楽は、面倒な工程を要求しない。
再生ボタンを押した瞬間、作品の一番濃い感情だけが入ってくる。
ゲーム本編から離れても、曲は残る。
ソフィーを見ると、太ももが細すぎる
ライザを先に知った状態でソフィーのイラストを見ると、脚がかなり細く感じる。
本来は、ソフィーが普通の細身主人公だったのだと思う。
ライザが、シリーズ主人公の太もも基準を破壊した。
その結果、過去作の主人公を見ると、
ほっそ。栄養は足りているのか。
という感想が先に出る。
曲は「薊蓮花」であれだけ激しく攻めてくるのに、主人公のシルエットは繊細である。
この落差もアトリエらしい。
ゲームに飽きても、音楽に飽きるとは限らない
ゲームを途中でやめると、その作品全体へ興味を失ったように感じることがある。
しかし、作品の要素は分離できる。
- キャラクターは好き
- 世界観は好き
- 音楽は好き
- 調合は合わない
- 周回や素材管理には飽きる
全部を好きになる必要はない。
ゲームをクリアしていなくても、サウンドトラックを聴く資格はある。
むしろ、ゲームを何十時間も遊ばなければ届かない曲を、音楽単体で回収する方が自分には合っている場合もある。
かわいい錬金術ゲームの皮をかぶった音楽強者
アトリエシリーズの面白いところは、穏やかな日常と、異様に強い戦闘曲が同居していることだ。
見た目は、花、釜、素材、かわいい服。
耳へ入ってくるのは、ギター、ドラム、民族旋律、決戦感。
ふわふわした錬金術ゲームの皮をかぶった、ドパソング供給シリーズである。
ライザしか途中までやっていなくてもよい。
ソフィーを遊んでいなくてもよい。
曲名を最初は「草魚 蓮花」と誤読してもよい。
最終的に「あざみれんげ、神曲すぎる」と言って繰り返し再生しているなら、もう十分にアトリエ音楽へ捕まっている。
