一つの「好き」に、少なくとも六つの評価軸が入っている
キャラクター人気を考えるとき、最初に分ける必要がある。
1.人物として信頼できるか
現実の友人、同僚、恋人、夫、父親として、安心して関係を築けるか。
2.性的に魅力を感じるか
顔、声、身体、仕草、強さ、支配性、危険性などが、身体的・幻想的に刺さるか。
3.恋愛ファンタジーを作りやすいか
自分だけを選ぶ、執着する、自分には弱さを見せる、自分だけが彼を変えられる、といった想像の余地があるか。
4.物語上のキャラクターとして面白いか
登場すると話が動くか。言動が予測不能か。対立を生むか。敗北や破滅まで含めて見応えがあるか。
5.愛玩・ネタ・鑑賞の対象として強いか
小さくしたグッズを持ち歩きたいか。写真に置いたとき面白いか。悪態や表情をファン同士で共有しやすいか。
6.デザインや記号として好きか
髪型、服、配色、声、方言、戦闘スタイルなど、人格とは別に造形が刺さるか。
現実の結婚相手選びでは、主に1が大きな比重を持つ。
しかし、フィクションの推しでは2から6が非常に大きくなれる。
その結果、
人物としては最低
×
性的・造形的には魅力的
×
物語上は最高に面白い
×
グッズにするとかわいい
=
人気キャラクター
が成立する。
これは矛盾ではない。
採点項目が違うだけである。
現実の夫には「温かさと信頼性」が強く求められる
約21万8,000人を対象にした国際調査では、関係相手に求める上位特性として、知性、ユーモア、誠実さ、親切さ、価値観、コミュニケーション能力、信頼性などが挙がった。[7]
また、温かさ・信頼性への選好は、実際のスピードデーティングでの魅力評価を予測し、既婚者では相手の実際の温かさ・信頼性と結びついて結婚満足度を予測した。[8]
別の研究でも、長期関係では、短期関係より誠実さ、温かさ、類似性などの社会的に好ましい人格特性が重視される。[9]
つまり、
結婚したい男性像の逆ではないか
という感覚は、かなり妥当である。
強くて危険で傲慢な男は、画面の中では刺激的である。
しかし、毎月の生活費、家事、病気、育児、親族関係、予定調整、裏切りのリスクまで含む長期生活では、温かさ、信頼性、協力性が効いてくる。
フィクションの採点表
- 強い
- 美しい
- 危険
- 予測不能
- 執着が強そう
- 物語を壊してくれる
- 自分だけには違うかもしれない
- 敗北や破滅が美しい
結婚生活の採点表
- 約束を守る
- 嘘をつかない
- 暴力を使わない
- 家計を壊さない
- 家事や育児を分担する
- 相手の人格を尊重する
- 問題から逃げない
- 安定して協力できる
この二つは別物である。
フィクションの人気を、そのまま婚活市場の選好として読むと、必ず誤る。
ダークな性格は、本当に恋愛相手として魅力的なのか
「女性は優しい男より、ダークトライアドの悪い男を好む」という通俗説がある。
ダークトライアドとは、ナルシシズム、マキャベリアニズム、サイコパシーの三特性を指す。
しかし、研究結果は単純ではない。
2025年の研究では、低・中・高水準のダークトライアド特性を持つ架空人物を提示し、短期・長期関係の魅力を評価させた。研究1では、男性を好む参加者の多くが中程度の特性を短期相手として高く評価した。
ところが、顔と性格説明の組み合わせをランダム化した研究2では、男女とも短期・長期の両方で、低いダークトライアド特性を最も魅力的と評価した。[10]
研究者自身も、ダーク特性の魅力は、外見的魅力など別の要因と組み合わさったときに見えていただけかもしれないと論じている。
したがって、
女性は性格の悪い男そのものが好き
とは言えない。
より現実的なのは、
格好よい顔、強さ、余裕、社会的地位、物語上の中心性など、魅力的な特徴を持つキャラクターに、危険性や傲慢さが付いている
という構造である。
悪さが魅力の唯一の原因なのではない。
魅力的なパッケージの中で、悪さが刺激や緊張を追加している。
フィクションでは、損失を負わずに危険へ近づける
現実の危険な男性と関係を持つと、次のコストが発生する。
- 暴言を受ける
- 支配される
- 金銭的損失を負う
- 裏切られる
- 暴力の危険がある
- 生活を不安定にされる
- 感情労働を要求される
- 別れようとしても追われる
架空のキャラクターは、こちらの生活へ直接入ってこない。
- 画面を閉じられる
- 本を閉じられる
- 好きな場面だけ見返せる
- 嫌な言動は作品上の刺激として処理できる
- 家計を壊さない
- こちらの予定を奪わない
- 現実の同意や安全を脅かさない
ロマンティックなパラソーシャル関係は、メディア人物への一方向の恋愛的感情を指す。研究では、こうした関係が、現実では危険な恋愛境界を安全な環境で想像・試行する空間になり得ると論じられている。[11][12]
ここでいう「安全」は、作品の影響が常に無害という意味ではない。
しかし少なくとも、
危険な男性性を味わいながら、実害は受けない
という距離を作れる。
フィクションは、災害を自宅へ入れずに眺める装置である。
「夫にしたい」ではなく「自分だけが例外になりたい」場合もある
悪い男キャラの恋愛ファンタジーは、人格全体を肯定しているとは限らない。
よくあるのは、例外化の想像である。
他人には冷酷だが、自分だけには優しい。
誰も信用しないが、自分だけには弱さを見せる。
何にも縛られない男が、自分だけを選ぶ。
女性を見下す男が、自分だけは同格と認める。
誰にも救えない男を、自分だけが理解できる。
これは現実の結婚適性を評価しているのではない。
自分が例外として選ばれる価値を確認するファンタジーである。
現実では、「自分だけには違う」は危険な期待になり得る。
フィクションでは、読者が自由に設定を補完できる。
だから、現実なら避ける属性でも、想像上では使える。
推しは、倫理的模範でなくてよい
人物を好きになることと、その人物を道徳的に正しいと評価することも別である。
読者は、殺人者、独裁者、詐欺師、裏切り者、差別主義者を、キャラクターとして好きになれる。
それは、
自分も同じことをしたい
この思想を社会へ広めたい
という意味ではない。
物語の人物に求めるのは、しばしば善良さよりも、
- 強い欲望
- 一貫した欠点
- 対立を起こす力
- 記憶に残る言葉
- 他者との激しい関係
- 予想外の選択
- 美しい破滅
だからである。
現実の善良な人は、一緒に生活しやすい。
フィクションの善良な人は、対立が弱ければ画面から消えやすい。
良い夫と良いキャラクターは、最適化している目的が違う。
