「横浜中華街は、周りの人がみんな行ったことがあるらしい。自分も一度行ってみたい」
この欲求は、必ずしも横浜中華街への強烈な憧れではない。
世界的な絶景を見たいわけでもない。人生が変わるほどの感動を期待しているわけでもない。
それでも行く価値はある。
なぜなら、目的は単なる観光ではなく、自分の中に残っている未経験欄を一つ埋めることだからだ。
行った後は、誰かが横浜中華街の話をしたときに、こう言える。
「自分も行ったことがある」
この一言は小さい。
しかし、その裏側では次の変化が起きている。
- 写真や他人の話で知っていた場所を、自分の身体で確認した
- 味、匂い、混雑、距離感を自分の記憶として持った
- 「行く前の想像」と「実際」の差を理解した
- 次に似た場所へ行くときの判断材料が増えた
- 共通の話題に、自分の経験から参加できるようになった
これは単なるスタンプラリーではない。
借り物の知識を、実体験に変換する作業である。
気になることを一度試してみる
ここでは、気になっていることを一度試し、自分の経験に変える人の話として考える。
- 有名な場所に一度は行ってみる
- バンジージャンプを経験する
- いつかスカイダイビングもやる
- 温泉に行きたいと思った日に行く
- 海外へ一度は一人で行く
- 話題になったサービスや趣味を自分でも試す
- 人から聞いただけで終わらせず、自分で確かめる
重要なのは、同じ体験を何十回も繰り返したいわけではない点だ。
バンジージャンプを毎月やりたいわけではない。
一度やって、身体感覚まで含めて理解できれば、かなり満たされる。
つまり、刺激そのものへの依存というより、知らなかったことが、自分の経験になる変化に報酬がある。
体験は「自分の一部」になりやすい
体験への支出は、物への支出より幸福感につながりやすいという研究がある。
ただし、ここで大事なのは「旅行なら何でも幸福になる」という単純な話ではない。
体験は、所有物よりも人生の物語や自己認識に結びつきやすい。
研究では、体験にお金を使ったことは、物を買ったことよりも「自分が何者か」という感覚に近く、人が自分の人生を語るときにも思い出されやすかった。
服や家電は古くなれば交換される。
一方で、初めて一人で海外へ行ったこと、怖いアクティビティをやり切ったこと、行ったことのない街で一日過ごしたことは、過去の自分の履歴として残る。
体験は消費されて終わるのではない。
自己紹介に書かなくても、自分がどんな人かを考える材料になる。
「俺も行ったよ」は見栄だけではない
有名な場所へ行きたい理由を、「人に言いたいだけ」「見栄」と片づけることもできる。
しかし、それだけでは足りない。
人間の会話は、共通知識と共通経験で動きやすい。
誰もが知っている場所、作品、食べ物、イベントを自分でも経験すると、会話の接続点が増える。
話題が出たときに、説明を受ける側だけでなく、感想を交換する側へ移れる。
さらに、経験を誰にも話さず自分の中だけに留めておいても価値は残る。
なぜなら、体験の主な価値は「自慢できること」ではなく、自分が世界をどう理解するかのデータが増えることだからだ。
研究でも、自分の体験を人と共有し、相手と「同じ現実を見ている感覚」が生まれると、その記憶を、自分を理解する、人とつながる、次の行動を考えるために使いやすくなり、満足感とも関係していた。
これは「有名観光地へ行けば幸福になる」という意味ではない。
ただ、体験を持つことが、他人との会話と自分の人生理解の両方に使えることを示している。
一度触れた経験が、話を理解する助けになる
幅広い分野を理解している人を見ると、頭が良い、調べるのが得意、記憶力が高いと思われやすい。
もちろん、それもある。
しかし、別の大きな要因がある。
実際に触ったものが多い。
旅行、資格、仕事、投資、開発、恋愛、運動、温泉、アクティビティ。
分野が違っても、一度自分で触ると、他人の説明を理解するための土台ができる。
たとえば、投資をしたことがある人は値動きへの感情を知っている。
転職活動をしたことがある人は求人票と面接の差を知っている。
一人旅をしたことがある人は、移動、荷物、孤独、自由、疲労のバランスを知っている。
知識は検索で得られる。
しかし、身体感覚を含む判断基準は、経験でしか増えない部分がある。
幅広い話が分かるようになる背景には、こうした経験の蓄積もあると考えられる。
体験を黒字化する仕組み
すべての体験が自動的に黒字になるわけではない。
高額な旅行へ行き、疲れ、借金だけが残れば赤字である。
しかし、一度試す人の中でも黒字を作りやすい人には共通点がある。
1. 最初から大きく賭けない
初めての海外一人旅なら、長期周遊ではなく近距離の2泊3日。
初めての国内遠出なら、1泊2日や日帰り。
温泉へ行きたいなら、その日のうちに近場へ行く。
小さく試すため、失敗しても損失が限定される。
2. 一度で回収できる体験を選ぶ
有名観光地、バンジー、スカイダイビングなどは、一度経験しただけでも「経験済み」になる。
毎月課金し続けなくても、履歴が残る。
3. 経験を次の判断へ再利用する
一人旅が合うか。
普通列車で5時間は耐えられるか。
温泉は何時間いると満足するか。
海外は何日で帰りたくなるか。
一回の経験が、次の選択精度を上げる。
4. 合わなければ繰り返さない
一回行けば十分だった場所へ、義務感で何度も行かない。
リピート価値が低いものは、経験済みとして保管して終了する。
5. 自分の目的を理解している
「休養したい」のか。
「知らない土地へ行きたい」のか。
「人と同じ共通経験を回収したい」のか。
「怖いことをやり切りたい」のか。
目的が分かっていると、余計な観光や高級ホテルを削れる。
体験価値の簡易式
科学的な数式ではないが、意思決定には次のような見方が使える。
体験価値 = その場の楽しさ + 自己理解 + 記憶 + 会話の接続点 + 次の判断材料 − お金 − 時間 − 疲労
たとえば、普通列車で片道5時間以上かけて有名な中華街へ行く旅は、移動効率だけ見れば悪い。
しかし、交通費を抑えながら未訪問の街を埋め、食べたいものを食べ、有名な港の景色まで見られるなら、初回は黒字になり得る。
同じ行程の二回目、三回目には、初めて行くときとは違う楽しみが必要になることもある。
気になったことを一度試す人は、初めて試すことに大きな価値を感じることがある。
反証:体験なら物より必ず優れているわけではない
体験消費の研究には注意点もある。
社会経済的な余裕が大きい人では体験の幸福優位が見られた一方、資源に余裕が少ない人では、物の購入と同等か、物の方が満足度につながる場合があった。
また、近年の研究では、「体験か物か」という分類より、その支出が自分の成長、人とのつながり、自分で選べることといった目標を満たしたかの方が、満足感との関係をよく説明した。
したがって、正しい結論はこうである。
体験へ金を使えば正義なのではない。自分が何を回収したいのかが明確で、生活を圧迫しない体験が強い。
まとめ:やりたいことリストは、まだ試していないことである
「いつかやりたい」は、放置すると何年も残る。
そのことは、まだ試さないまま残る。
気になったことを一度試す人は、思いつきを小さな予定へ変え、予定を実体験へ変える。
その結果、やりたいことリストは短くなり、経験の蓄積は厚くなる。
人生の満足は、未経験をすべて消せば完成するわけではない。
それでも、気になっていることを自分で確かめるたびに、世界は借り物の情報ではなくなる。
「知っている」が「やったことがある」に変わる。
その変換そのものが、このタイプの人にとって大きな報酬なのである。
