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平安時代、雅じゃなくてハードモードすぎない?──恋愛・出産・寿命・自由を現代語で見る
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平安時代は、雅な時代として語られる。
和歌、源氏物語、十二単、御簾、貴族文化、月夜の恋。
しかし、構造で見ていくと、かなり違う景色が見えてくる。
貴族恋愛は、自由恋愛ではない。
噂で相手を知り、和歌を送り、女房に審査され、女性本人が返歌し、実家の空気を通り、夜間アクセス権が出て、三日通えば関係が社会的に認知される。
現代語にすると、短歌スパムマッチであり、高級鍵垢の政治マッチングである。
女性本人の周囲には、女房というDMモデレーターがいた。女房は現代語の妻ではなく、宮中や貴族の家に仕える女性スタッフであり、取次、日程調整、噂管理、本人確認、生活補助を担った。
高位貴族女性は、顔を簡単に見せない。御簾や几帳の奥にいる。外出もできるが、牛車、従者、顔隠し、噂リスクがある。本人であると同時に、家の政治カードでもあった。
一方、庶民は顔が見える。
農作業、市、祭り、近所付き合いの中で人と会う。貴族のような短歌DM婚活ではない。だが、村内レビューがある。家の評判、働きぶり、妊娠したらどうする問題、親族、共同体の目。庶民は庶民で、自由というより村社会の中で恋愛していた。
住居も現代とは違う。
個室、防音、鍵付き寝室はない。薄い仕切り、家族同居、近所との距離の近さ。夫婦生活や恋愛は、完全プライベートではなく、半公開・暗黙了解・噂つき運用だったと考える方が自然だ。
そして、妊娠と出産が重い。
避妊は現代ほどない。医療もない。出産は母子ともに命がけ。高位貴族女性は若いうちから妊娠・出産を繰り返すことがあり、家の継承や政治戦略のために、身体へ大きな負担を負わされていた。
子どもが生まれても、生き残るとは限らない。
古代日本の人口推計では、5歳未満死亡率が非常に高い数字として示される例がある。感染症、栄養不足、寒さ、下痢、疫病、衛生環境、飢饉。現代なら助かる死因が、当時はそのまま刺さる。
寿命も、現代とはまるで違う。
出生時平均余命が低いのは、乳幼児死亡が平均を下げているからで、「みんな27歳で死ぬ」という意味ではない。それでも、5歳を超えた人でも40代前後で落ちる世界だとすれば、老衰よりも、病気、飢饉、出産、栄養不足、事故がかなり大きい。
そう考えると、現代は圧倒的に恵まれている。
清潔な水、医療、ワクチン、抗生物質、救急、産科医療、食料、暖房、スマホ、AI、戦争に巻き込まれていない生活。
現代人が「労働がつらい」「自由が欲しい」と言えること自体、歴史スケールでは贅沢かもしれない。
でも、それは「だから我慢しろ」という話ではない。
昔は、生き残ることが課題だった。
現代は、生き残った時間をどう使うかが課題になった。
平安時代を調べると、現代のありがたさが見える。
同時に、自分の時間を会社や共同体や家制度に明け渡したくない感覚も、よりはっきりする。
人間の課題は、死なないことから、自由に生きることへ移ってきた。
だから、平安時代は雅なだけではない。
恋愛も、出産も、寿命も、共同体も、かなりハードモードだった。
そしてそのハードモードを見るからこそ、現代で自分の時間と自由を守る意味が分かる。
