はじめに:税務署が教祖を作った話、ではない
SNSで、ある共同生活団体について「株式会社として共同生活をして食費などを経費にしていたら、税務署から“宗教法人にしてください”と言われた」という趣旨の話が話題になっていた。
一見すると、
税務署が教祖を爆誕させた
税金対策で宗教法人になった
宗教法人ってそんな簡単に作れるのか?
という珍事件に見える。
ただ、制度的に見ると、これはたぶん「税務署が宗教法人を作らせた」という話ではない。
より正確には、
その活動実態を株式会社の経費処理で説明するのは苦しい。
共同生活・救済・寄付・信頼関係・中心人物を軸に回っているなら、株式会社より宗教法人や福祉系法人の方が実態に近いのではないか。
という「箱選び」の問題だと思われる。
この記事では、株式会社、任意団体、NPO法人、宗教法人、福祉サービス事業者という複数の箱を比較しながら、なぜこの話に違和感が出るのかを整理する。
1. まず「○○の会」「○○連盟」は法律上の箱ではない
共同体や支援団体には、よく次のような名前がつく。
- ○○の会
- ○○連盟
- ○○協会
- ○○教会
- ○○支援センター
- ○○共同体
しかし、これらは基本的に名前のラベルであって、法律上の法人格を示すものではない。
「○○の会」と名乗っていても、中身は任意団体かもしれないし、一般社団法人かもしれないし、NPO法人かもしれないし、宗教法人かもしれない。
つまり大事なのは名前ではなく、
その団体は、法律上どの箱に入っているのか
である。
2. 任意団体は“サークル”には向くが、50人共同生活には弱い
サークルや任意団体は、立ち上げやすい。
仲間で集まる、イベントをする、勉強会をする、寄付を集める、小さな地域活動をする。そういう規模なら「○○の会」でも回ることがある。
しかし、任意団体には大きな弱点がある。
法人格がない。
法人格がないと、団体そのものが権利義務の主体になりにくい。内閣府のNPO解説では、NPO法人が法人格を持つことで、法人名義で取引や契約、土地登記などを行えるようになり、団体自身の名義で権利義務関係を処理できると説明されている。
出典: 内閣府NPOホームページ「NPOのイロハ」
https://www.npo-homepage.go.jp/about/npo-kisochishiki/npoiroha
逆に言えば、法人格がない任意団体では、次のようなものが代表者個人に寄りやすい。
- 物件契約
- 銀行口座
- 車や備品の所有
- 食費や生活費の管理
- 事故やトラブル対応
- 寄付・会費の管理
- 代表者交代時の名義変更
- 財産の帰属
小さな趣味サークルならまだよい。
しかし、50人規模の共同生活となると話が変わる。
家を借り、食費を管理し、生活費を扱い、スタッフや協力者が関わり、医療・福祉・行政との連携も必要になる可能性がある。
これは、サークルの紙袋に米俵を入れるようなものだ。
箱が弱すぎる。
3. では株式会社なら強いのか?
株式会社は、箱としては強い。
- 法人格がある
- 契約できる
- 口座を持てる
- 雇用できる
- 物件を借りられる
- 会計処理できる
- 継続性がある
だから、活動の入れ物として株式会社を使うこと自体は珍しくない。
問題は、株式会社が基本的に営利事業の箱だということだ。
株式会社で50人分の食費や生活費を経費にしていたら、税務署は当然こう見る。
その支出は、会社のどの売上を生むための経費ですか?
その50人は従業員ですか?
顧客ですか?
福祉サービスの利用者ですか?
福利厚生費ですか?
代表者個人の生活費の肩代わりではありませんか?
会社の事業関連性はどこにありますか?
ここで、事業内容が明確な障害福祉サービスや有料サービスなら、まだ説明できる。
しかし、実態が「共同生活」「救済」「居場所」「信頼関係」「寄付」「中心人物への帰属意識」に近いなら、株式会社の普通の経費処理ではかなり苦しい。
だから税務署目線では、
それ、会社というより宗教共同体や福祉共同体では?
となる。
4. 宗教法人は「救済共同体」の箱としては近い
宗教法人は、単に「神様を信じる団体」というだけではない。
宗教法人は、宗教団体が活動を継続するために、不動産、施設、財産、会計、代表者、規則などを持つ法人格でもある。
文化庁は、宗教法人の設立について、規則を作成し、所轄庁の認証を受け、認証申請の少なくとも1か月前に信者その他の利害関係人へ公告し、認証後に設立登記をすることで成立すると説明している。
出典: 文化庁「宗教法人の設立手続」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/tetsuzuki.html
また、宗教法人の所轄庁は原則として所在地の都道府県知事であり、複数都道府県に境内建物を備える場合などは文部科学大臣が所轄庁になる。
出典: 文化庁「概要」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/gaiyo.html
宗教法人の特徴は、次のような活動に比較的なじみやすいことだ。
- 教義や世界観がある
- 儀式や行事がある
- 信者や参加者がいる
- 教化・育成・生活規範がある
- 寄付やお布施で活動が回る
- 中心人物や指導者がいる
- 施設や共同生活の場がある
- 「救済」「居場所」「意味づけ」を提供する
つまり、共同生活団体が単なる居住サービスではなく、信頼、救済、教え、共同体、献身、寄付で回っているなら、株式会社よりも宗教法人の方が実態に近く見えることがある。
ただし、これは「宗教法人にすれば全部OK」という意味ではない。
5. 宗教法人は簡単には作れない
「宗教法人ってそんな簡単に作れないんじゃないの?」という疑問はかなり正しい。
宗教活動を名乗るだけなら、信教の自由の範囲で任意団体として活動することはできる。
しかし、宗教法人として法人格を取ることは別問題である。
文化庁の説明では、宗教法人設立には少なくとも次の手続きが必要になる。
- 所定事項を記載した規則を作成する
- 所轄庁の認証を受ける
- 認証申請の少なくとも1か月前に、信者その他の利害関係人へ公告する
- 認証後、主たる事務所の所在地で設立登記をする
出典: 文化庁「宗教法人の設立手続」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/tetsuzuki.html
また、宗教法人の登記は、法人の存在、組織、財産関係を公示し、誰が代表し、財産状況がどうなっているかを第三者や利害関係人に明らかにするためのものとされている。
出典: 文化庁「登記は宗教法人の実体を正確に表していますか。」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/shukyohojin/kanri/toki.html
つまり、宗教法人は「今日から教祖です」で成立するものではない。
税務署が「あなた宗教ですね」と言ったとしても、税務署が宗教法人の認証をするわけではない。
宗教法人の設立認証は、文化庁・都道府県などの所轄庁側の話である。
6. 宗教法人でも税金がゼロになるわけではない
宗教法人には税制上の特徴がある。
ただし、よくある誤解として、
宗教法人なら全部非課税
というものがある。
これは正確ではない。
国税庁の「宗教法人の税務」では、宗教法人が収益事業を行う場合には法人税の納税義務があり、収益事業として34種類の事業が掲げられていると説明されている。
出典: 国税庁「宗教法人の税務」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/r08_shukyo.pdf
また、同資料では、宗教法人の収益事業に係る収支・資産・負債と、収益事業以外の事業に係る収支・資産・負債は区分して経理する必要があると説明されている。
出典: 国税庁「宗教法人の税務」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/r08_shukyo.pdf
つまり、宗教法人になっても、
- 物品販売
- 不動産貸付
- 駐車場経営
- 宿泊施設経営
- 技芸教授
- 飲食店業
- その他の収益事業
に該当すれば課税される。
また、宗教法人の会計と代表者個人の家計も区分しなければならない。国税庁資料でも、個人の家計と宗教法人の会計を明確に区分する必要がある旨が説明されている。
出典: 国税庁「宗教法人の税務」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/r08_shukyo.pdf
したがって、
宗教法人にすれば食費も生活費も何でも非課税で落とせる
という話ではない。
宗教法人になったとしても、宗教活動、収益事業、給与、個人生活費、寄付、福利厚生、福祉的支出を分けて処理しなければならない。
ここが税理士の難しいところである。
7. 福祉サービスとして見ると「共同生活援助」に近い可能性もある
今回の話で強い違和感が出るのは、対象が「精神障害のある人の共同生活」だからである。
公的制度としては、障害福祉サービスの中に「共同生活援助」、いわゆるグループホームがある。
厚生労働省は、障害福祉サービスの内容として、障害者が共同生活を営む住居で、相談、入浴、排せつ、食事等の介護、その他の日常生活上の援助を行うサービスを説明している。
出典: 厚生労働省「障害福祉サービスの内容」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/naiyou.html
もし実態が、
- 精神障害のある人が共同生活している
- 生活相談をしている
- 食事支援をしている
- 日常生活支援をしている
- 継続的な居住支援をしている
というものなら、宗教法人か株式会社か以前に、障害福祉サービスやグループホームに近い論点が出る。
もちろん、実際に障害福祉サービスに該当するかは個別判断である。
しかし、少なくとも「共同生活しているだけ」「善意で食費を出しているだけ」とは言い切れない領域に入る。
8. 公的サービスがあるのに、なぜこういう共同体が生まれるのか
ここで出る疑問がある。
公的サービスがあるのに、なぜ会社や宗教っぽい共同体でやっているのか?
これはかなり重要な問いである。
公的制度があるからといって、すべての人がスムーズに制度へ接続できるわけではない。
たとえば次のような穴がある。
- 本人が手続きできない
- 家族が限界になっている
- 役所や医療機関にうまくつながれない
- グループホームが合わない
- 施設感が強くて本人が拒否する
- 支援者との相性が悪い
- 孤立して再発する
- 「制度」より「居場所」が必要な人がいる
- 医療・福祉・住まい・人間関係が分断されている
そこで、カリスマ的な人、世話焼きの人、共同生活を回せる人、居場所を作れる人が出てくる。
それが善意で始まることもある。
しかし、人数が増えると、善意だけでは回らない。
家賃、食費、光熱費、医療連携、トラブル対応、会計、契約、責任、事故、相続、代表者交代、虐待防止、金銭管理、本人同意。
一気に制度の問題になる。
つまりこれは、
公的福祉の穴に、民間の共同体が生える
という現象でもある。
9. 箱ごとの向き不向き
今回の話を、法人格の箱で整理するとこうなる。
| 箱 | 向いていること | 弱いところ |
|---|---|---|
| 任意団体・サークル | 小規模な仲間活動、勉強会、居場所づくり | 法人格がなく、契約・財産・責任が代表者個人に寄りやすい |
| 株式会社 | 契約、雇用、口座、物件、継続事業 | 営利事業の箱なので、非営利的共同生活の食費・生活費経費化は説明が苦しい |
| NPO法人 | 社会貢献、非営利、居場所、支援活動 | 共同生活・障害福祉サービス規模になると基準・運営責任が重い |
| 社会福祉法人・障害福祉サービス事業者 | グループホーム、生活支援、制度報酬 | 指定・人員基準・設備基準・運営基準などが重い |
| 宗教法人 | 救済、教義、信者、寄付、共同体、施設運営 | 宗教団体性が必要。簡単には設立できない。収益事業は課税される |
ここでのポイントは、
サークルでは箱が弱い。 株式会社では目的がズレる。 NPO法人は支援活動には近い。 福祉サービス事業者は制度的には近い。 宗教法人は救済共同体としては近い。
ということだ。
10. 税理士の資格が難しい理由は「計算」より「分類」にある
今回の話を見ると、税理士が難しい理由もよくわかる。
税理士の仕事は、単に数字を足し引きすることではない。
現実のぐちゃぐちゃした活動を見て、
これは売上か?
寄付か?
お布施か?
福利厚生費か?
役員報酬か?
個人生活費か?
福祉事業か?
宗教活動か?
収益事業か?
非課税領域か?
経費として事業関連性があるか?
を分類しなければならない。
国税庁の税理士試験概要では、税理士試験は会計学2科目と税法3科目、合計5科目に達したとき合格者になる仕組みとされている。
出典: 国税庁「税理士試験の概要」
https://www.nta.go.jp/taxes/zeirishi/zeirishishiken/gaiyo/gaiyou.htm
なぜ5科目も必要なのか。
それは、現実の事業や活動が、法人税、所得税、消費税、相続税、会計、源泉徴収、寄付、給与、福利厚生、法人格、事業実態など、複数の論点にまたがるからである。
今回のような話は、まさに税理士の難所である。
単なる計算問題ではない。
これは何の箱に入るのか?
という分類問題である。
11. この件の本質:「箱選びミスった共同体」
この話を一言でまとめるなら、
箱選びミスった共同体
である。
最初は、善意や居場所づくりや共同生活から始まったのかもしれない。
しかし、人数が増え、食費が発生し、物件契約が発生し、会計処理が発生し、責任が発生した時点で、ただの人間関係ではなくなる。
サークルでは弱い。
株式会社では営利性と経費性がズレる。
宗教法人なら共同体・救済・寄付・中心人物という点では近い。
福祉サービスなら共同生活支援としては近い。
でも、どの箱を選んでも、それぞれの規制と会計と責任がついてくる。
ここを雑にすると、税務署から見たときに、
それ、会社の経費じゃなくないですか?
実態は宗教か福祉では?
となる。
まとめ:名前ではなく、実態に合った箱を選ぶ必要がある
「○○の会」「○○連盟」「○○教会」「株式会社○○」という名前だけでは、実態はわからない。
大事なのは、
- 誰が参加しているのか
- 何の目的で集まっているのか
- 収入源は何か
- 支出は誰のためか
- 事業性はあるのか
- 寄付なのか対価なのか
- 共同生活なのか福祉サービスなのか
- 宗教的教義や儀式はあるのか
- 誰が責任を負うのか
- 事故やトラブル時に誰が対応するのか
- 会計と個人生活費が分かれているのか
である。
今回のような話は、単なる珍事件ではない。
福祉、宗教、会社、税務、共同体、居場所、法人格が交差する現代的な問題である。
公的サービスには制度としての正しさがある。
しかし、制度だけでは拾いきれない人もいる。
その穴に、民間の共同体や宗教的な居場所が生えることがある。
それ自体を単純に否定することはできない。
ただし、共同体が大きくなったら、善意だけでは足りない。
必要なのは、実態に合った法人格、透明な会計、責任の所在、本人の権利保護、税務上の整理である。
税務署に「それ宗教では?」と言われる話の本質は、宗教の是非ではない。
共同体の実態に対して、株式会社という箱が合っていなかったのではないか。
そこにある。
