要約・結論
スキャルピングが難しい最大の理由は、方向を当てるのが難しいからだけではない。短い時間軸では、利用可能な値幅が小さい一方、手数料、スプレッド、スリッページ、遅延、逆選択は毎回発生する。微弱な予測力を発見しても、執行コストがそれより大きければ戦略として成立しない。
今回の検証では、BTCに短期継続性が見えたが、通常手数料を超えなかった。メイカー化、足の拡大、条件の選別、他銘柄への分散も試したが、安定的な黒字化には至らなかった。個人スキャルパーが継続的に稼ぐ難度が高いのは、検証不足だけでなく、ゲーム構造そのものが厳しいからである。
エッジと利益は同じではない
エッジとは、条件付きで平均結果がランダムより良いことである。利益とは、そこから全コストを引いても正になることである。
今回、50約定足では+0.436bp、15秒足・10分では+3.324bpの粗利が観測された。しかし標準の往復手数料は、両側メイカー4bp、メイカーからテイカー7.5bp、両側テイカー11bpだった。[1]
したがって、方向の癖が見つかったことと、取引してよいことの間には大きな距離がある。短期戦略では、勝率より先に「一回当たり何bp取れて、何bp払うか」を見る必要がある。
メイカーは無料の裏技ではない
指値を使えば手数料は下がる。しかし、メイカーには別の費用がある。
- 価格が走ると約定せず、良い取引だけ逃す
- 逆行するときに約定しやすい
- 同じ価格に先客がいれば、触れただけでは約定しない
- 注文取消中に市場状態が変わる
- 損切りまで指値にすると逃げられない
BybitのPost-Only注文は、直ちに約定する状態なら取消される仕様である。[3] 公開約定履歴だけでは板のキュー順位を再現できないため、「価格が触れたら約定」というモデルは楽観的すぎる。
保守的に、3ティック後方へ置き、最大5秒待ち、相手側成行が1ティック貫通して初めて約定としたところ、最終テストは9約定、粗利+6.079bpだった。しかしメイカー入口・テイカー出口7.5bpを引くと-1.421bpである。出口もメイカーにすると、学習・検証では良く見えた設定が、最終テストで-11.278bp、4日全て赤字となった。
外れ値は利益源であり、同時に再現性リスクでもある
15秒足・10分保有では、+11bpへ到達した割合が25.5%、-11bpへ到達した割合が7.8%だった。大きな順行の方が大きな逆行より多いという構造は興味深い。
一方で、上位10%の取引が総粗利の大部分を占め、最大3件を除くと平均は+1.103bpへ低下した。これは右裾型戦略では自然だが、短い検証期間では「本当に繰り返す裾」なのか「偶然の急騰」なのかを区別しにくい。
そのため、平均、勝率、プロフィットファクターだけでは足りない。最大数件を除いた結果、日別成績、期間別成績、中央値、MFE・MAE、相場局面別を同時に見る必要がある。
銘柄分散はエッジを増やさなかった
BTCの固定ロジックをETH、SOL、XRP、DOGE、BNBへ変更なしで適用した4日スクリーニングでは、平均粗利はBTC+3.324bp、ETH+3.064bp、DOGE+2.454bp、BNB+0.198bp、XRP-1.719bp、SOL-6.998bpだった。
最大利益3件を除いてもプラスだったのはBTCだけである。全6銘柄へ等分散すると、弱い銘柄の取引が混ざり、BTC単体より成績が悪化した。10日ではBTC単体の累積粗利+324.42bpに対し、BTC+ETHは+217.73bp、BTC+ETH+DOGEは+102.34bpだった。
価格相関はBTCとETHで0.85、BTCとSOLで0.78と高い。シグナル時刻がずれていても、保有中の市場ベータは共通している。銘柄数を増やすことが、そのまま異なるリスク源を持つことにはならない。
BTCを情報源、ETHを執行対象にする仮説
各銘柄自身のシグナルより、BTCでシグナルを出し、同時刻・同方向にETHを売買する方法の方が比較的安定した。10日平均は+3.376bp、9日/10日がプラス、最大3件除外後+1.694bpだった。
しかし、これも理想メイカー往復4bpを超えない。BTCとETHを50:50にしても取引損益相関は0.92で、分散効果は小さかった。
したがって、現段階では「BTCからETHへの情報伝播」という研究候補であり、運用戦略ではない。
稼いでいる人はいるが、分布の端にいる
台湾のデイトレーダーを分析した研究では、手数料後も予測可能かつ安定して正の異常収益を得た人は全体の1%未満だった。一方、上位層には翌年も利益が残り、技能差自体は存在した。[9]
ブラジルの株価指数先物では、300日以上継続した個人の97%が損失となり、最低賃金を上回ったのは1.1%、銀行窓口職の初任給を上回ったのは0.5%だった。[10]
つまり、稼ぐ人が存在しないのではない。極端に少なく、低コスト、高速執行、専門化、適応、資本管理などを揃えた層へ集中している。
結論:スキャルピングは予測ゲームではなく、コスト産業である
個人が秒から数分で成行追随する場合、相手は単なる他の個人ではない。マーケットメーカー、アルゴリズム、複数市場を監視する専門業者と競争する。
そのため必要なのは、チャートの形を増やすことではない。
- 値幅が手数料を十分に超えるまで取引を減らす
- 完全未使用期間へ固定条件を通す
- 指値の実約定率と逆選択をペーパー計測する
- 外れ値を除いても残るか確認する
- 通らなければ戦略系統ごと棄却する
スキャルピングの難しさは、本人の才能不足だけでは説明できない。薄い値幅を、最も競争の激しい場所で取り合う設計だから難しい。
