客側では幻、店側では定期イベント

客として普通に生活していると、そう思うのも不思議ではない。店に入って、商品を取って、会計して、帰る。周囲の客が返品カウンターで何を言ったか、別レジで何分揉めたか、閉店間際に誰が店員を捕まえたかなんて、ほぼ見えない。

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「そんな横柄な人、実際には見たことない」「指定席を譲れなんて言う人、本当にいるの?」

客として普通に生活していると、そう思うのも不思議ではない。店に入って、商品を取って、会計して、帰る。周囲の客が返品カウンターで何を言ったか、別レジで何分揉めたか、閉店間際に誰が店員を捕まえたかなんて、ほぼ見えない。

ところが店側に回ると景色が変わる。

現物なしで返金を要求する。規則の例外を当然のように求める。「前はやってくれた」を召喚する。説明が終わっても同じ要求をループする。声量で仕様変更を試みる。

客としては都市伝説。店員としては「はい、本日のレアキャラです」。

この差は、「世の中の民度が店員にだけ牙をむく」という怪奇現象ではない。もっと単純で、見ているサンプルが違う。

同じ社会にいるのに、客と店員では観測母集団が違う

普通の客が1回の買い物で濃く接触する相手は、せいぜい数人だ。他の客とは同じ空間にいるだけで、トラブルの中身までは見えない。

一方、レジ、サービスカウンター、コールセンター、飲食、ドラッグストア、100円ショップなどの店員は、勤務するたびに多数の客との接点を持つ。さらに問題が起きると、担当者、責任者、別部署へ案件が集約される。

つまり客は「街を歩く一般観測者」で、店員は「人間レアキャラの自動収集装置」に近い。

ここを無視して、「自分は100回利用したが見ていない。よって存在しない」と結論すると、個人の観測範囲を社会全体へ拡張してしまう。

レア率0.1%でも、接触回数が増えると普通に当たる

単純な思考実験をしよう。

仮に、かなり困った行動をする人が1回の接触あたり0.1%、つまり1000回に1回しか現れないとする。各接触が独立というかなり単純化した前提でも、100回以内に少なくとも1回遭遇する確率は約9.5%しかない。

「100回利用したけど見たことない」は、全然おかしくない。

ところが1000回なら約63%。1万回なら99.995%を超える。

低確率でも、試行回数が桁違いなら「一度も見ない方が珍しい」に反転する。接客業を長く続けることは、人間ガチャを大量に回すことでもある。SSRだけなら嬉しいが、残念ながら「返金要求・威圧・無限ループ」も排出対象に入っている。

もちろん現実の客同士は独立でも同確率でもない。この数字は実測値ではなく、観測回数の差が直感をどれだけ変えるかを見るための模型だ。

しかも厄介な客は、普通の客より「観測時間」が長い

サンプル数だけではない。

普通の客は「お願いします」「ありがとうございます」で30秒から数分で消える。一方、揉める客は説明、再説明、責任者呼び出し、規則確認、返金交渉などで長く残る。

さらに一人の問題客が、レジ担当、売場担当、責任者、警備、コールセンターなど複数人に接触することもある。

つまり厄介なケースは、

  • 発生頻度は低くても
  • 1件あたりの接触時間が長く
  • 1件あたりの接触人数も増えやすく
  • 記憶にも残りやすい

という「観測されやすさ四天王」を持っている。

店員の体感が一般客より濃くなるのは自然だ。

そんな人、本当にいるの?には公的データもある

これは接客経験者だけの武勇伝ではない。

厚生労働省の令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査」では、労働者の10.8%が過去3年間に勤務先等で「顧客等からの著しい迷惑行為」を受けたと回答している。また、過去3年間にその種の相談があったと答えた企業は27.9%だった。

対象や定義は「感じの悪い客を一度見た」よりずっと重い。だから、この数字を「10人に1人の客が悪質だ」と読むのは間違いだ。

それでも、「現実にはそんな客などほぼ存在しない」という強い断定とは両立しにくい。

研究でも、frontline employeeに対するcustomer incivilityは、感情的消耗や表面的な感情労働、サービス行動などとの関連が調べられている。2024年の研究では、小売・銀行・宿泊などのfrontline employee 1040人のデータから、customer incivilityと感情労働の関連が分析されている。

要するに、学術論文の世界でも「伝説の迷惑客」は伝説扱いされていない。普通に研究対象である。

ただし「存在する」から「SNSのこの話も本当」にはならない

ここは逆方向にもブレーキが必要だ。

現実に横柄な客や悪質なクレームが存在する。 だから、SNSで流れてきた個別エピソードも全部実話である。

これは成立しない。

区別すべきなのは3段階だ。

  1. その種類の行動をする人間は存在し得る。
  2. その種類の行動は、実際に社会で観測されている。
  3. いま目の前にある特定の投稿が、その通りに起きた。

1と2に証拠があっても、3は投稿ごとの証拠が必要だ。創作、誇張、記憶違い、文脈省略は別問題として残る。

つまり「見たことないから嘘」も雑だし、「あり得る話だからこの投稿は本当」も雑。

信じる・疑うの二択ではなく、証拠の粒度を合わせればいい。

SNSは「普通の客」より「何だそれ」を選んで運んでくる

さらにSNSには別のフィルターがある。

「今日も客が商品を買って静かに帰りました」

これはほぼ投稿されない。投稿されても伸びにくい。

「現物なしで返金要求された」「指定席を替われと言われた」「閉店後に今から対応しろと言われた」

こういう話は、驚き、怒り、不安、ツッコミを生む。

BergerとMilkmanの研究では、高覚醒の感情、たとえば怒りや不安を喚起するオンラインコンテンツは共有されやすく、驚きや興味深さもviralityと正に関連していた。

だからSNSのタイムラインは、社会の無作為抽出ではない。「話したくなる出来事」を選んだハイライト集だ。

店員は大量接触でレアケースを拾う。 SNSはその中からさらに「語りたくなるレアケース」を拾う。

この二段圧縮を通った後のタイムラインを見て、「世の中こんな客ばっかりだ」と思うのもまた危ない。

結論:客・店員・SNSは、同じ世界を別のカメラで撮っている

客として100回使って一度も見なかった。 店員として働いたら何人も遭遇した。 SNSでは毎日見かける。

この3つは同時に成立する。

客のカメラは接触回数が少なく、トラブルの内部も見えにくい。 店員のカメラは接触回数が多く、問題案件ほど長時間・複数人で観測する。 SNSのカメラは、さらに珍しく感情を動かす話を選んで拡散する。

だから一番精度の高い結論は、

「自分は見ていない。だから頻度は分からない。でも、存在しないとまでは言えない」

くらいである。

そして接客経験者が「いや、いるんだよ……」と遠い目をしたときは、世界観が暗いのではない。

たぶん、人間ガチャをあなたの数百倍回しているだけだ。


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