しんどい時に人へ相談すると、こう返ってくることがある。
「みんなそうだよ」
「私も昔そうだったけど何とかなったよ」
「今は昔より楽でしょ」
「戦争がないだけ幸せだよ」
「頑張れば何とかなるよ」
こういう言葉を聞くと、かなり腹が立つ。
なぜか。
それは、本人が欲しいものと全然違うからだ。
本人が欲しいのは、比較ではない。
説教でもない。
根性論でもない。
欲しいのは、
今の自分の状態を否定せずに見て、
何を終わらせればいいか、
どう逃げればいいか、
どの手順なら一番手間や気力が少なくて済むか、
一緒に考えてくれること。
「みんなそうだよ」は、一見共感に見える。
でも、使い方によっては、逃げ道を消す言葉になる。
「みんなそうだよ」
だから何?
みんなそうでも、今の自分がきつい。
「私もそうだったけど何とかなった」
あなたは何とかなったかもしれない。
でも、自分の条件・体力・職場・家族・お金・神経は違う。
「昔よりマシ」
それは事実かもしれない。
でも、比較史で今日の腹痛は消えない。
こういう相談がしんどいのは、相手が昔の我慢するやり方を、今の自分にも当てはめているからかもしれない。
昔の我慢するやり方では、だいたいこう考える。
- 苦しみは耐えるもの
- 辞めるのは逃げ
- みんなやっているから大丈夫
- 自分も耐えたから相手も耐えられる
- 相談とは精神論を渡すこと
でも、追い込まれた人に必要なのは精神論ではない。
必要なのは、手順だ。
今日休む文面。
有給を取る文面。
退職を伝える文面。
労働相談窓口。
生活保護の申請先。
医師や、気持ちを聞いて整理を助ける人への相談。
文章で相談できる道具に、状況を整理してもらう頼み方。
人に相談すると、相手のものの考え方に左右される。
相手が昔の我慢する働き方を正しいと思っていると、相談したつもりが、気合いで何とかする話や昔との比較でさらに削られることがある。
だから、まず話し始めるために、文章で相談できる道具へ書いてみるという使い方は考えられる。人の助けが必要な時に、それで済ませるという意味ではない。
文章で相談できる道具なら、少なくとも最初に、どんな返事がほしいかを頼める。
説教はいらない。
昔との比較もいらない。
まず共感して。
そのあと、今日使える、手間や気力が少なくて済む逃げ道を3つだけ出して。
人間にこれを言うと面倒な時がある。
文章で相談できる道具には、そのまま書いて頼める。
もちろん、文章で相談できる道具は万能ではなく、返事が間違ったり、つらさや危険を十分に分からなかったりすることもある。
それでも、昔の我慢する働き方だけで答える人へ相談する前に、話したいことを整理する場所として役立つ場合はある。
短い言葉でまとめるなら、こうだ。
人に相談すると、相手のものの考え方に左右される。
文章で相談できる道具には、自分の今の状態に合わせて、返事の仕方を頼める。
しんどい時ほど、今の自分の状態を見てくれる相談相手を選んだ方がいい。
