今日、大須を歩いていたら、コスプレイヤーがかなり多かった。
最初は「何かやっているな」くらいだった。
ただ、しばらく歩いていると、別の偏りが気になった。
圧倒的に女性が多くないか。
というか、女性レイヤーしかいなくないか。
さらに言えば、男装しかいなくないか。
女性キャラクターの格好をした女性が大量にいるのではない。
見える範囲では、男性キャラクターの格好をした女性がかなり多かった。
調べると、この日は大須商店街、若宮広場、フラリエを会場にした「ビビコスin大須若宮」の開催日だった。2026年7月18日は、受付10時から19時30分、撮影10時から20時までのロング開催だった。^cos-1
世界コスプレサミット2026は7月31日から8月2日なので、この日見た集団はサミット本番とは別である。^cos-2
ただし、ここから先は参加者全体の統計ではない。
俺が歩いた時間と場所で、そう見えたという話である。
その上で、なぜ「女性による男装」がこれほど多く見えるのかを調べた。
男装しているから、女性が恋愛対象とは限らない
男装した女性が多いと聞いて、
女性が好きな人が多いのでは。
と考える人はいると思う。
ただ、これはかなり雑な推測である。
本人の性的指向、性自認、演じているキャラクターの性別は、それぞれ別の軸だからだ。
自分とは異なるジェンダーのキャラクターを演じるコスプレは「クロスプレイ」と呼ばれる。
クロスプレイを扱った研究では、参加者が異なる性別のキャラクターを演じる理由は一つではなく、好きなキャラクターの再現、変身、身体表現、ジェンダー表現の探索などが重なっている。衣装だけを見て、性的指向を判断することはできない。[^cos-3][^cos-4]
男装は、恋愛対象を示す名札ではない。
女性が男性キャラクターを演じているという事実から分かるのは、それ以上でもそれ以下でもない。
「推しを見たい」と「推しになりたい」は両立する
コスプレをしない側から見ると、好きなキャラクターは鑑賞するものに見える。
アニメを見る。ゲームをする。グッズを買う。画像を保存する。
つまり、「推しを外側から見る」活動である。
しかし、コスプレでは別の方向が加わる。
推しを見たい。
推しを撮りたい。
推しを作りたい。
推しになりたい。
これらは矛盾しない。
好きな男性キャラクターがいるからといって、そのキャラクターと恋愛したいだけではない。
髪型、衣装、メイク、姿勢、表情、写真の構図まで含めて、そのキャラクターを自分の身体で組み立てたいという欲求がある。
2025年に公表された、13年間コスプレを続けた一人の活動過程を分析した研究では、コスプレの動機として、作品やキャラクターへの愛情表現、自己実現、異なる自己への変身、仲間との交流が挙げられている。また、他者評価、衣装や道具の出来栄え、自己満足の間で目標が変化し続けること自体が、活動を続ける要因として描かれている。^cos-5
つまり、完成した衣装を着るだけではない。
完成度を上げ続けることそのものが遊びになっている。
男性キャラクターを演じると、使える動作や感情が増える
日常生活では、本人の外見や性別によって、周囲から期待される振る舞いがある。
女性であれば、
- かわいらしくする
- 柔らかく見せる
- 愛想よく振る舞う
- 女性らしい服装をする
- 強い態度を控える
といった方向へ寄せられやすい。
男性キャラクターを演じる間は、そこから一時的に外れられる。
- 無表情
- 冷たさ
- 威圧感
- 強さ
- 傲慢さ
- 余裕
- 攻撃性
- 王子様的な振る舞い
- 中性的な美しさ
などを、本人の性格ではなく「キャラクターの表現」として使える。
これは必ずしも、女性であることを否定しているわけではない。
普段の自分のままでは使いにくい動作や表情を、キャラクターを通すことで安全に試せる。
演劇で普段とは違う役を演じるのに近い。
クロスプレイ研究でも、異なるジェンダーとして扱われる経験や、日常とは違う身体表現を試す場になることが指摘されている。ただし、その意味は参加者ごとに異なり、全員を同じ性自認や性的指向で説明することはできない。[^cos-3][^cos-4]
現実の男性ではなく、二次元の男性美を作っている
もう一つ大きいのが、アニメやゲームの男性キャラクターは、現実の成人男性をそのまま写したものではないことだ。
特に男性アイドル、VTuber、ソーシャルゲーム、美少年キャラクターには、
- 細い輪郭
- 大きな目
- 長いまつ毛
- 凹凸の少ない肌
- 細身の身体
- 中性的な衣装
- 現実にはない髪色や髪型
- 強い装飾性
が多い。
つまり、「男性キャラクター」と呼ばれていても、造形としてはかなり中性的である。
女性がメイク、ウィッグ、衣装、テーピング、撮影角度を使って再現しやすい領域でもある。
ここで作られているのは、現実の男性らしさというより、
二次元作品の中で設計された男性美。
である。
本人の感覚も、「男になりたい」より、「このキャラクターの造形を完成させたい」に近い場合がある。
女性主体の制作文化と、技術の蓄積
日本のコスプレ文化を扱った研究では、女性参加者を中心に、衣装、メイク、小物制作の技術を互いに学ぶコミュニティが報告されている。
コスプレイベントやSNSは、完成した写真を見せるだけの場所ではない。
- 生地をどこで買ったか
- ウィッグをどう切ったか
- 男性らしい輪郭をどう作ったか
- 衣装の形をどう補正したか
- どの角度で撮るとキャラクターに近づくか
といった知識が交換される。[^cos-6]
女性が男装キャラクターを再現する技術が、個人の中だけでなくコミュニティに蓄積されている。
一人が上手く作れれば、その方法が周囲にも共有される。
その結果、女性が男性キャラクターを演じるハードルはさらに下がる。
男装が多いのは、個人の心理だけではなく、制作技術を共有する文化の結果でもある。
「合わせ」をすると、女性全員が男装になる
街で男装が大量に見えた理由として、かなり大きいのが「合わせ」だと思う。
コスプレでは、同じ作品のキャラクターを複数人でそろえて撮影する。
たとえば、男性キャラクター5人のグループを再現する場合、参加者が全員女性でも、全員が男装になる。
一人がAを担当する。
別の人がBを担当する。
さらにC、D、Eの担当を集める。
こうして、個人ではなく作品単位で男装の集団ができる。
男性アイドル作品、男性VTuberグループ、少年漫画、ソーシャルゲームの男性チームなどが数組集まれば、通り全体が一気に男装だらけになる。
一人一人の性的指向を持ち出さなくても、
男性キャラクター中心の作品を、女性主体のコミュニティが集団で再現している。
と考えれば、今日の光景はかなり説明できる。
男性レイヤーが「いない」のではなく、見えにくい可能性もある
もちろん、男性参加者が本当にほとんどいなかったと断定はできない。
男性はコスプレをせず、カメラ参加者として私服で歩いていた可能性がある。
一般客に紛れていれば、街を歩いただけでは見分けられない。
また、俺が歩いた時間帯や区間に、たまたま女性の男装グループが集中していた可能性もある。
イベント公式情報を見ると、女性用更衣室は2か所、男性用は1か所だった。これは少なくとも、運営が女性参加者の多さを想定していた可能性を示す。ただし、更衣室数だけで参加者の正確な男女比を出すことはできない。^cos-1
したがって、
今日の参加者の何割が女性だった。
とは言えない。
言えるのは、俺の視界では「女性による男装」が圧倒的に目立ったということだけである。
あれは恋愛対象の表明ではなく、共同制作と集団演劇だった
今日の大須で見た光景を、研究ベースで整理すると、重なっていたのは次の要素だった。
- 好きな男性キャラクターへの愛情
- キャラクターになりたいという同一化
- 衣装、メイク、ウィッグを完成させる制作欲
- 日常では使いにくい表情や振る舞いの解放
- 二次元の男性美を立体化する技術
- 同じ作品の仲間との交流
- 「合わせ」による集団再現
- 撮影による作品内関係の再構成
だから、男装している女性を見て、
同性愛なのでは。
だけで片づけると、ほとんど説明できていない。
性的指向が関係する人もいるだろうし、ジェンダー表現の探索として男装する人もいる。
しかし、それを全員へ当てはめることはできない。
今日の大須で起きていたことを一番雑味なく言えば、
女性主体のファンコミュニティが、好きな男性キャラクターを、自分の身体と技術を使って共同制作していた。
ということになる。
あれは、女性が男性になろうとしている光景ではない。
女性たちが、推しへの愛情、衣装制作、メイク、演技、集団撮影を組み合わせて、二次元の男性キャラクターを現実の大須へ大量に召喚している光景だった。
そう考えると、そりゃ男装しか見えない時間帯も発生する。
参考資料
https://www.vividcosplaycarnival.com/events/oosuwakamiya260718/
https://www.worldcosplaysummit.jp/en/about/overview
[^cos-3]: Tompkins, J. E. (2019), Is gender just a costume? An exploratory study of crossplay. Transformative Works and Cultures.
https://journal.transformativeworks.org/index.php/twc/article/view/1459/2173
[^cos-4]: Yang, Y. (2022), The art worlds of gender performance: cosplay, embodiment, and the collective accomplishment of gender.
https://link.springer.com/article/10.1186/s40711-022-00168-z
https://jatq.jp/journal/TEA2025_3_1_1FUKUYAMA0515.pdf
[^cos-6]: Matsuura, R. & Okabe, D. (2015), Collective achievement of making in cosplay culture.
https://arxiv.org/abs/1503.01066
