※個人・家族・地域を特定できる情報は削除し、複数の会話上の気づきを一般化して再構成している。育児一般や親全体を否定する記事ではなく、「自分にとって何が負荷だったか」を観察した体験記である。
1. 昼寝は休憩時間だと思っていた。違った。「待機時間」だった
幼児が昼寝した。よし、静か。自由。こっちも横になる。
――と思った数分後。
「うみゃ……」
こちらの脳内監視システム、即起動。
起きる? 泣く? 何か挟まった? 暑い? 人を探してる? まだ寝る?
本人はただ寝ぼけて一声出しただけかもしれない。しかし、見ている大人が自分しかいないと、その一声がインシデント予告通知になる。
「……あうあう」→警戒レベル2。
「うぎゃあああ!」→はい、本番。
ここで気づいた。体力は別に残っている。重いものを運んだわけでもない。なのに削られる。
HPではない。MPが減っている。
昼寝中ですら完全なオフではない。「自由時間」ではなく、いつ呼び出されるか分からないオンコール待機だった。
2. 1歳半は「問い合わせ内容」が書いてない
1歳半くらいになると要求はある。しかし、その要求仕様書がない。
泣く。
以上。
「眠い」のか、「寂しい」のか、「喉が渇いた」のか、「抱っこ」なのか、「何となく不機嫌」なのか、こちらが切り分ける。
仕事で言えば、チケットがこう飛んでくる。
件名:至急
本文:うぎゃああああ
期限:今
原因:不明
再現手順:不明
担当:あなた
最悪の問い合わせフォームである。
もちろん、幼児に仕様書を書けという話ではない。発達上それが普通だ。問題は、その普通の仕様と、自分の脳の得意不得意が噛み合うかである。
自分は以前から、未定義、後出し、責任境界なし、突然の割り込みがかなり苦手だった。仕事でも「まずゴールと条件を決めよう」となるタイプである。
そこへ幼児。
ゴール:都度変わります。
優先順位:本人の気分です。
割り込み:あります。
営業時間:生活時間全部です。
強敵すぎる。
3. 3歳になると会話できる。でもこちらの「生活」には入ってくる
少し年上になると一気に楽になる場面もある。
「なんでゴロゴロしてるの?」
「眠いから」
終了。
冷たいものを使って横になっていたら、
「冷たい?」
「うん」
「起きる?」
「冷たくて気持ちいいから寝れる」
一応、会話で案件を閉じられる。
これは大きい。1歳半の「うみゃ」が原因不明アラートなら、3歳は問い合わせ内容が日本語になっている。
ただし、ここで第二の問題が出てくる。
問い合わせ可能になった結果、問い合わせが普通に飛んでくる。
こちらが寝ていようが、考え事をしていようが、一人でぼーっとしていようが、
「なんで?」
「これなに?」
「見て」
「来て」
生活へイベントが生成される。
丁寧に毎回全力対応する必要はない。「眠い」「そうだね」くらいの短い返事でも成立する場面は多い。それでも、自分の注意をいったん相手側へ向ける処理は発生する。
その小さな徴収が、地味に効く。
4. 自分が嫌いだったのは「育児作業」より、未定義の割り込みだった
ここが今回いちばん大きな発見だった。
オムツ交換そのものが嫌、とか、子どもが嫌い、とか、それだけではない。
嫌なのは、
「一人でいたい時間にも、他人の都合で自分の生活へランダムイベントが差し込まれること」
だった。
寝た。→ 起きる時刻は不明。
起きた。→ 次の要求は不明。
静か。→ 次の瞬間も静かとは限らない。
こちらが休む。→ 休憩終了時刻は相手が決める。
この構造、どこかで見たことがある。
未定義の仕事。
後出しの依頼。
責任だけこちらに来る案件。
集中しているときの突然の割り込み。
全部、同じ「自由センサー」が反応していた。
自分は、忙しいことそのものより、自分で順番・境界・終了条件を決められないことに消耗しやすい。
育児は、それが生活レイヤーまで降りてくる。
会社なら退勤できる。
子どもは家にいる。
強い。
5. 育児は「作業量」ではなく、常時イベント駆動システムでもある
育児を外から見ると、「ご飯を作る」「風呂」「着替え」「寝かしつけ」のような作業一覧に見える。
しかし実際に少し担当してみると、それだけではない。
本当に重いのは、
いつ何が来るか分からない状態で、注意の一部を常に予約されること
だった。
子どもが寝ていても監視ゼロにはならない。声がすれば反応する。動けば見る。危ないものへ近づけば止める。
つまりこれはバッチ処理ではない。
イベント駆動。リアルタイム処理。しかもSLAは「なるべく今」。
研究でも、親のストレスは大きな事件だけでなく、日常的な細かな育児上の面倒――いわゆる parenting daily hassles――の積み重ねと関連することが長く研究されている。さらに、長期的に親役割の要求が本人の使える資源を上回ると、親役割に特有の強い疲弊、距離化、充足感の低下などを含む parental burnout が問題になることも研究されている。
もちろん、数時間子どもを見てMPが減っただけでバーンアウトという話ではない。
むしろ逆だ。
数時間の体験版で、自分がどの種類の負荷に弱いのか見えた。
6. 「かわいい」と「毎日育てたい」は、別ステータスだった
子どもをかわいいと思うことはある。
必要なら安全を見る。話しかけられたら返す。泣いたら様子も見る。
だから、「子どもが嫌いだから無理」という単純な話ではない。
問題は、
それを毎日やりたいか?
ここでゲージが急にゼロになる。
育児能力と育児欲は別である。
料理できる人が飲食店を経営したいとは限らない。
人に道を教えられる人が観光ガイドになりたいとは限らない。
子どもの面倒を短時間見られる人が、親になりたいとは限らない。
「できる」と「欲しい」は別。
人生の主要コンテンツとして、それを自分から選びたいか。そこに「別に……」しか出てこないなら、その感覚は無視しない方がいい。
7. 「じゃあベビーシッターで外注すれば?」→「そこまでして、なぜ子どもを?」
一度、合理化してみた。
保育園。
一時保育。
ベビーシッター。
家事外注。
夫婦で分担。
なるほど。負担は減らせる。
そして次の瞬間、もっと根本的な問いが出た。
「そこまで外注してまで、俺は子どもが欲しいのか?」
答え。
いらん。
秒速で要件定義が終わった。
「子どもは欲しい。だが育児負担が怖い」なら、外部サービスや分担設計は強力な解になる。
しかし、負担を全部減らしたとしても「そもそも子どもを欲しいか?」でNOなら、外注設計以前の話だった。
サービスが足りないのではない。
目的関数そのものが置かれていない。
8. 世間が「もう一人ほしい」になるのが不思議だった理由
子育てをしている人が、さらに子どもを望むこと自体は全く不思議ではない。
育児から強い喜び、意味、つながり、成長実感を得る人もいる。子どもを持つ動機の研究でも、育児の満足、必要とされる感覚、つながり、乳幼児期の喜びなど、肯定的な動機は昔から測定されている。
つまり、人によっては育児イベントがMP消費だけでなくMP回復にもなる。
ここが大きい。
自分の場合、「寝た!かわいい!」より先に、「今の『うみゃ』は起床イベントか?」が走る。
報酬より監視処理が前に立つ。
だから「大変だけどもう一人ほしい」という感覚が直感的に分かりにくかった。
一方、日本の公的調査でも、理想の子ども数より予定子ども数が少ない夫婦には、経済的理由だけでなく、仕事や育児負担に関する理由が調査されている。第16回出生動向基本調査では、理想の数の子どもを持たない理由の最多は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」だった。
多くの人は「欲しいけれど制約がある」。
自分はさらに一段前で、
制約を全部どけても、そんなに欲しくない。
ここが違った。
9. 結論:足りなかったのは体力ではない。「生活の主導権」というMPだった
今回、幼児と少し過ごして分かったのは、壮大な育児論ではない。
もっと個人的で、もっと単純なことだった。
自分は、
- 一人でいる時間がかなり重要
- 自分のペースで考えたり休んだりしたい
- 未定義の要求が連続すると消耗する
- 突然の割り込みで注意を持っていかれるのが苦手
- 「いつ終わるか」「誰の責任か」が見える方が楽
- 他人の都合で生活全体の主導権を握られるのがかなり嫌
だった。
これらは、仕事だけの好みではなかった。
生活OSそのものだった。
だから、幼児を数時間見ていて「かわいいな」とは思えても、「この生活を自分の標準環境として十数年入れたい」とはならなかった。
むしろ、
HP:まだある
MP:0
ステータス:一人にしてください
である。
子どもを持たないという選択は、「育児ができない宣言」ではない。
自分の場合は、
できるかどうかではなく、欲しいかどうか。
そして、欲しくないもののために生活の主導権を差し出す理由がない。
体験版を触った結果、製品が悪いわけではなかった。
ただ、
自分のPCにはインストールしなくていい。
それだけの話だった。
Research note
背景確認には、国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」、Crnic & Greenberg の parenting daily hassles 研究、その後の daily hassles と親のメンタルヘルスに関する研究、Mikolajczak らの parental burnout の理論研究・レビューを参照した。これらは「育児=つらい」と断定する根拠ではなく、日常的な細かな要求や長期的な親役割ストレスが研究対象として確立していることを確認するために使用した。
