導入:フィリピンの大地震で「建物が倒れる」のはなぜか
フィリピン南部で大きな地震が発生し、建物の損壊や倒壊、津波被害が報じられた。
こういうニュースを見ると、日本に住んでいる側としては、ついこう思う。
「フィリピンの建物って、日本でいう旧耐震レベルなの?」 「日本なら同じ規模でも、ここまで建物は倒れないの?」 「そもそもM8級と東日本大震災のM9.0はどれくらい違うの?」
結論から言うと、フィリピン全体を“日本の旧耐震レベル”と見るのは雑。
フィリピンにも耐震設計の考え方や構造基準はある。都市部の新しい高層ビルや、きちんと設計・施工・検査された建物まで、まとめて「旧耐震」と扱うのは違う。
ただし一方で、現場の建物ストックには、日本の旧耐震に近いもの、あるいは未耐震・施工ガチャに近いものが混ざっている可能性がある。
つまりポイントは、国単位で「フィリピンは危ない」「日本は安全」と分けることではない。
見るべきなのは、次の5つである。
- その建物がいつ建てられたか
- どの基準で設計されたか
- 実際に基準通り施工されたか
- 地盤や立地がどうか
- 低コスト化・違法建築・未補強部分がないか
地震被害は、地震の大きさだけで決まらない。
地震の強さ × 建物の弱さ × 地盤 × 施工品質 × 運用管理
この掛け算で決まる。
ここを分けないと、「M8だから全部倒れる」「日本なら絶対倒れない」「フィリピンは全部旧耐震」みたいな雑な理解になる。
この記事では、フィリピンの建物倒壊報道をきっかけに、フィリピンの耐震基準、日本の旧耐震・新耐震、そして「基準があること」と「基準通りに建つこと」の違いを整理する。
まず地震の規模:東日本大震災とは別格に違う
今回のフィリピン地震について、フィリピン火山地震研究所(PHIVOLCS)は、2026年6月8日午前7時37分ごろ、サランガニ沖で Mw7.8 の地震が発生したと公表している。AP通信なども、フィリピン南部でマグニチュード7.8の地震があり、建物被害や津波被害が出たと報じている。
一方、東日本大震災の本震である東北地方太平洋沖地震は、気象庁の記録でマグニチュード9.0である。気象庁は、これは日本で観測された最大の地震だったとしている。
マグニチュードは対数なので、数字の差は見た目以上に大きい。
ざっくり言えば、M7.8とM9.0の差は1.2。エネルギー換算では、M9.0のほうが約63倍大きい。もし速報値ベースでM8.2と見た場合でも、M9.0のほうが約16倍大きい。
つまり、今回のフィリピン地震は超巨大地震だが、東日本大震災はさらに別格である。
ただし、ここで注意が必要。
地震の総エネルギーが大きいことと、ある街の建物がどれだけ壊れるかは別問題である。
東日本大震災はM9.0という巨大地震だったが、被害の中心には津波があった。もちろん揺れによる被害もあったが、「揺れで都市の建物が大量にぺしゃんこ」という印象で語るなら、阪神・淡路大震災、熊本地震、能登半島地震などのほうが、建物倒壊の具体例として分かりやすい。
つまり、比較するときはこう分ける必要がある。
- 地震そのものの規模:東日本大震災のほうが大きい
- 街ごとの揺れの強さ:震源距離・深さ・地盤で変わる
- 建物の壊れやすさ:構造・築年数・施工・耐震補強で変わる
- 被害の見え方:津波・火災・土砂災害・建物倒壊で変わる
ここを混ぜると、「M9でも日本の建物は倒れなかったからM8なら安全」みたいな危ない理解になる。
日本にも「地震で建物が倒れる」は普通にある
日本の建物は地震に強い。これはかなり事実である。
ただし、「日本の建物は地震で倒れない」ではない。
日本でも、地震で建物が倒れる例は普通にある。
特に被害が出やすいのは、次のような建物である。
- 1981年5月以前に建てられた旧耐震基準の建物
- 2000年以前の木造住宅
- 接合部・耐力壁・基礎・壁のバランスが弱い住宅
- 1階が駐車場や店舗で壁が少ないピロティ構造
- 老朽化やシロアリ被害がある木造住宅
- 液状化・盛土・崖地など地盤条件が悪い場所
- 無補強のブロック塀や古い擁壁
日本の耐震基準は、1981年に大きく変わった。いわゆる「新耐震基準」である。
建築研究所の資料では、1981年の新耐震基準について、中規模の地震ではほとんど損傷しないこと、大規模の地震では倒壊・崩壊しないことを検証する仕組みとして整理されている。
さらに木造住宅では、2000年の建築基準法改正も重要である。国土交通省は、熊本地震を踏まえ、旧耐震基準の建物に加えて、1981年以降の新耐震基準の木造住宅のうち、2000年以前に建てられたものでも倒壊等の被害が見られたと説明している。
つまり日本でも、
- 1981年以前:旧耐震でかなり注意
- 1981年〜2000年:新耐震だが木造は接合部などに注意
- 2000年以降:現行基準に近づくが、施工・劣化・地盤は別問題
という見方が必要になる。
日本は「国全体として地震に強い国」ではあるが、建物単位で見れば安全余白にはかなり差がある。
フィリピンにも耐震基準はある
では、フィリピンはどうか。
フィリピンにも、National Structural Code of the Philippines(NSCP)という構造基準がある。
VERA Filesの解説によると、NSCPはAssociation of Structural Engineers of the Philippines(ASEP)が作成したもので、フィリピンの建築基準であるNational Building Codeの参照コードとして扱われている。NSCPに基づいて設計された建物は、マグニチュード7〜8.4級の強い地震に耐えることを想定していると説明されている。
ただし、ここでめちゃくちゃ大事なのは、VERA Filesの記事でも強調されている次の条件である。
properly designed, good quality materials, good construction
つまり、
- 適切に設計されていること
- 良質な材料が使われていること
- 良い施工がされていること
この3つが必要になる。
基準があるだけでは足りない。
建物は、紙の上で耐震性を持つのではなく、現場で柱・梁・壁・鉄筋・コンクリート・接合部・基礎として実体化して初めて耐震性を持つ。
さらにNSCPに準拠していても、強い地震で「無傷」を保証するものではない。強い地震で損傷は許容されるが、重要なのは倒壊しないことだ、という考え方である。
これは日本の新耐震ともかなり近い。
日本の新耐震も、大地震で「絶対に無傷」ではなく、「倒壊・崩壊させず、人命を守る」方向の基準である。
だから、フィリピンの耐震基準が存在しないわけではない。
問題はその先である。
基準がある世界と、基準通りに建つ世界は別。
ここが、建物被害を見るうえで一番重要である。
なぜフィリピンでは建物被害が大きくなりやすいのか
フィリピンで地震被害が大きくなりやすい理由は、「耐震基準がないから」とだけ見ると雑である。
より正確には、次のような要因が重なりやすい。
1. 古い建物ストックが残っている
どの国でも、古い建物は新しい基準に完全には追いつかない。
日本でも、旧耐震住宅が残っている。フィリピンでも、過去の基準・施工水準で建てられた建物が残っている。
地震は、最新基準の建物だけを揺らすわけではない。
街にある全建物をまとめて揺らす。
だから、最新の基準が存在しても、古い建物ストックが多ければ被害は出る。
2. 施工品質のばらつきが大きい
耐震性は、設計図だけで決まらない。
鉄筋の量、コンクリートの品質、柱・梁の接合、壁の配置、基礎のつくり、手抜きの有無で大きく変わる。
基準上は耐震でも、現場で鉄筋が足りない、コンクリートが弱い、接合部が雑、材料費を削る、検査が甘いとなれば、建物の安全余白は一気に減る。
これは「耐震基準の問題」というより、施工ガチャ・監督ガチャ・検査ガチャである。
3. 低所得層向け住宅や簡易建築が混ざる
VERA Filesの解説では、フィリピンの建築基準・構造基準の適用関係について、伝統的な住居や一部の低価格・社会住宅プロジェクトなどは、扱いが異なる部分があると説明されている。
日本でも、建築確認を通った住宅と、古い増築、無補強のブロック塀、物置、古い擁壁などでは安全性が違う。
フィリピンでも同じように、都市中心部の新しいビルと、地方の低コスト住宅、古い校舎、商業施設、簡易なコンクリートブロック住宅を同じ安全性で見ることはできない。
4. 地盤・立地の影響がある
地震被害は、建物だけで決まらない。
同じ地震でも、地盤が柔らかい場所、埋立地、斜面、河川沿い、液状化しやすい土地では揺れ方や被害が変わる。
日本でも、地盤が悪い場所では被害が大きくなる。
フィリピンでも、震源の近さ、地盤条件、津波、地すべり、インフラ停止などが組み合わさると、被害は大きくなる。
5. 維持管理・改修の差が出る
建物は建てた瞬間がピークではない。
時間が経てば劣化する。鉄筋は腐食し、コンクリートは中性化し、木造なら腐朽やシロアリもある。
さらに、後から壁を抜く、増築する、重い設備を載せる、開口部を増やすなどの改変があると、設計当初の安全性が崩れる。
日本でも、古い建物を耐震診断せずに使い続けるとリスクが残る。
フィリピンでも、維持管理や補強にお金をかけられない建物ほど、地震時のリスクは高くなる。
「旧耐震レベルなの?」への正しい答え
では、最初の問いに戻る。
フィリピンの建物は、日本の旧耐震レベルなのか。
答えはこう。
フィリピン全体が旧耐震レベルではない。
でも、現場の一部には、日本の旧耐震〜未耐震に近い危なさの建物が混ざっている可能性が高い。
もう少し分解すると、こうなる。
都市部の新しい高層ビル
日本の旧耐震扱いするのは雑。
現代基準で設計され、許認可を通り、きちんと施工されている建物なら、一定の耐震性はあると考えるべきである。
もちろん、想定を超える揺れ、施工不良、地盤問題、隣接建物との衝突などは別だが、「フィリピンだから全部弱い」は言いすぎである。
古い建物・地方の建物・小規模建築
日本の旧耐震に近い見方が必要になる。
建築年、設計基準、施工品質、補強の有無が分からない建物は、見た目がコンクリートでも安心とは限らない。
特にコンクリートブロック系、低コスト住宅、古い校舎、古い商業施設などは、建物ごとの差が大きい。
違法建築・手抜き施工・未補強部分
これは日本の旧耐震どころか、未耐震・施工ガチャに近い。
基準があっても、守られていなければ意味がない。
ここはまさに、基準がある国かどうかではなく、基準が現場に降りているかどうか問題である。
日本でも「新耐震だから絶対安全」ではない
ここで日本側にもブーメランが返ってくる。
フィリピンの建物被害を見て「海外は耐震が弱い」とだけ思うのは危ない。
日本でも、次のような建物は注意が必要である。
- 1981年5月以前の旧耐震住宅
- 1981年〜2000年の木造住宅
- 耐震診断をしていない実家
- 1階が車庫・店舗で壁が少ない建物
- 古いブロック塀
- 古い擁壁
- 増改築を繰り返した家
- 地盤が弱い場所の住宅
- 空き家化・老朽化した建物
国土交通省が、熊本地震後に2000年以前の新耐震木造住宅の検証法を公表したのも、「新耐震なら全部OK」ではないからである。
特に木造住宅は、壁の量だけでなく、接合部、基礎、壁配置のバランスが重要になる。
人間で言うと、筋肉だけあっても関節が弱いと崩れるようなものだ。
建物も、柱や壁があっても、接合部やバランスが弱いと地震で壊れる。
「地震が人を殺す」のではなく「弱い建物が人を殺す」
地震防災でよく言われる考え方に、こういうものがある。
地震そのものが人を殺すのではなく、弱い建物が人を殺す。
もちろん津波・火災・土砂災害などもあるので単純化しすぎはよくない。
ただ、建物倒壊に関しては、この見方はかなり重要である。
地震は止められない。
でも、建物の倒壊リスクは下げられる。
- 耐震診断をする
- 必要なら補強する
- ブロック塀を点検する
- 重い家具を固定する
- 古い家の基礎・壁・接合部を見る
- 地盤やハザードマップを確認する
- 実家の築年数を確認する
これらは、地震そのものを止める行為ではない。
しかし、地震が来たときに「建物が人を殺す側に回る」ことを防ぐ行為である。
結論:フィリピンは「旧耐震の国」ではなく「建物ストック差が出る国」
フィリピンの地震で建物が倒れたからといって、フィリピン全体を「日本の旧耐震レベル」と見るのは雑である。
フィリピンにも耐震基準はある。
ただし、耐震基準があることと、すべての建物がその通りに設計・施工・維持管理されていることは別である。
日本でも、旧耐震住宅や2000年以前の木造住宅、古いブロック塀、弱い地盤、老朽化した建物にはリスクが残る。
だから、今回のニュースから学ぶべきことは、「フィリピンは危ない、日本は安全」ではない。
本当に見るべきなのは、これである。
建物は、国籍ではなく、築年数・基準・施工・地盤・補強で見る。
フィリピンの問題は、「旧耐震の国」というより、基準がある世界と、基準通りに建つ世界の間に穴がある問題である。
そして日本にも、その穴は小さくなっているだけで、ゼロではない。
地震対策は、国単位の安心感ではなく、建物単位の確認である。
最後に一言で刺すなら、こうだ。
地震の怖さはマグニチュードだけじゃない。
本当に怖いのは、建物の安全余白がどれだけ残っているかだ。
