0. マッチした。返信が来た。速い。……ん?
マッチングアプリでマッチした瞬間、ほぼ間を置かずコメントが来た。
「めっちゃ返信早いな」
そこでプロフィールをもう一度よく見る。
ニューハーフ。
脳内の処理が一瞬止まった。
別に「ニューハーフだから怖い」という話ではない。怖かったのは、プロフィールを雑に読んでいた自分のところへ、秒速で会話イベントが発生して、あとから重要情報を読み込んだことである。
通知速度がこちらの理解速度を追い越した。
すると次の疑問が雪崩のように出てくる。
そもそもニューハーフって何だっけ。胸はなぜある。ホルモン? そして、ちんちんは?
雑談としては小学生みたいな疑問だが、調べると意外と「外見から身体を決めつけない」という話に一直線でつながる。
1. そもそも「ニューハーフ」は医学用語ではない
「ニューハーフ」は日本独自の俗称で、歴史的にはショービジネス、飲食店、性産業などの商業文脈で使われてきた言葉である。
現在の「トランスジェンダー女性」「トランス女性」と完全な同義語ではない。
人によっては自称として使う。一方で、当事者の中には侮蔑的・古いと感じる人もいる。
だから、プロフィールに本人が「ニューハーフ」と書いているなら、その人が自分を説明するために選んだ語として読めばいい。しかし、第三者がすべてのトランス女性をまとめて「ニューハーフ」と呼ぶのは雑である。
要するに、
ラベルを見ても、身体の仕様書までは読めない。
ここが一番重要だ。
2. 「胸がある=何かを注入した」は早計である
最初の素朴な疑問はこれだった。
「なんでおっぱいあるの。ホルモン注入かな」
半分当たりで、半分雑である。
女性化ホルモン療法では、エストロゲンを使用し、必要に応じてテストステロンの作用や量を抑える薬を組み合わせる。これにより、乳房の発達、体脂肪分布の変化、筋肉量の低下などが起こり得る。
つまり胸は、単に「何かを詰めて形だけ作った」という意味ではなく、ホルモン作用によって実際に乳房組織が発達することがある。
もちろん個人差は大きい。さらに、より大きな胸を希望して豊胸手術を選ぶ人もいる。
したがって外から見て、
「これはホルモン」 「これはシリコン」 「これは注入」
と鑑定するゲームは成立しない。
3. ホルモンで胸は育つ。だが全員同じサイズにはならない
Mayo Clinicでは、女性化ホルモン療法による乳房発達は一般に開始後3〜6か月ほどで始まり、2〜3年ほどで効果が十分に現れてくると説明している。
Endocrine Societyも、乳房の発達や圧痛が起こり得ること、効果の出方には個人差があることを説明している。
ここで重要なのは「女性ホルモンを入れれば自動的に同じ胸になる」ではないことだ。
遺伝、年齢、体格、投与法、ホルモン値、個人差などがある。
胸だけ見て、どんな治療をどこまでしているかを逆算するのは無理である。
見た目は結果であって、カルテではない。
4. では本題。「ちんちんは?」――ある人も、ない人もいる
次に脳内から出てきた疑問は非常に直接的だった。
「ちんちんは?」
答えはシンプルで、人による。
女性化ホルモン療法を受けても、ホルモンだけで陰茎がなくなるわけではない。
一方、ホルモン療法では、勃起の頻度や強さの低下、射精量の低下、精子産生の低下、精巣の縮小などが起こり得る。
そして外科手術を選ぶ人もいる。
たとえば精巣摘出術では精巣を除去する。膣形成術では、術式によって陰茎・精巣を除去し、外陰部や膣を形成することがある。
つまり現実には、
- 陰茎も精巣もある
- 精巣のみ摘出している
- 膣形成術を受けている
- ホルモン療法のみ
- 手術もホルモン療法も選ばない
など、さまざまな状態があり得る。
「ニューハーフ」と書いてある→下半身はこれ
という変換表は存在しない。
5. 胸と性器は「セット商品」ではない
ここでありがちな誤解がある。
胸が女性的なら、性器も必ず手術済みなのではないか。
逆に、陰茎があるなら、胸は偽物なのではないか。
どちらも成り立たない。
ホルモン療法と各種手術は別々の選択肢である。手術を受けるか、どの手術を受けるか、どこまで身体を変えたいかは個人ごとに違う。
人間の身体はゲームのキャラクタークリエイト画面ではない。
「胸をONにしたら下半身も自動アップデート」という連動設定はない。
だから、写真やプロフィールの一語だけから身体構造を推理するのは、だいたい外れる。
6. 今回いちばん面白かったのは、実は「返信速度」である
今回の出来事を分解すると、身体の話より先に笑えるポイントがある。
- マッチする
- ほぼ即時に返信が来る
- 「速っ」と思う
- プロフィールを読み直す
- 情報を今さら理解する
- 脳が一瞬フリーズする
つまりこれは、
相手の性別が衝撃だったというより、自分がプロフィールをちゃんと読んでいなかった事実を爆速返信で突きつけられた事件
である。
相手は何も変わっていない。
こちらのデータ読み込みが遅かっただけだ。
マッチングアプリでは、顔写真→雰囲気→年齢→趣味あたりだけ高速スキャンして、細かいプロフィールを後回しにすることがある。
そして人間は、重要情報を後から見つけると「急に何かが起きた」ように感じる。
起きていたのは最初からである。
7. 「圧を感じた」を分解すると、属性と速度を分けられる
「ニューハーフで圧を感じた」と一文にすると、属性そのものに圧を感じたようにも聞こえる。
でも今回の体験を細かくすると、
- マッチ直後に即レスが来た
- 自分はまだプロフィール情報を処理し終えていなかった
- その状態で会話ターンが回ってきた
- 後から予想していなかった情報に気づいた
という複合事故である。
だから正確には、
「相手の属性」より「情報処理が終わる前に会話が始まったこと」の圧
と考えた方が現象に近い。
この切り分けは大事だ。
知らないことに驚くのは普通だが、驚きの原因を相手の属性そのものに固定すると、単なる自分の読み飛ばしまで相手側の問題にしてしまう。
8. マッチングアプリでは「身体を推測する」より、必要なことだけ確認すればいい
恋愛や性的関係に進む可能性があるなら、身体的な相性が気になること自体は不自然ではない。
ただし、プロフィールのラベルから当てにいく必要はない。
必要な段階になったら、互いの境界線、希望する関係、スキンシップや性行為の可否など、実際に関係へ影響する項目を本人同士で確認する方が正確である。
逆に、そこまで関係が進んでいない段階で、いきなり手術歴や性器の状態を尋ねれば、単なる好奇心の侵入になることもある。
「知りたい」と「今聞く必要がある」は別である。
プロフィールを読まずにマッチした人間ほど、まず読むべきものは相手のカルテではなくプロフィールである。
9. 結論――プロフィールの一語から身体のフルスペックは読めない
今回の素朴な疑問をまとめるとこうなる。
「ニューハーフ」は日本独自の俗称で、医学的な身体分類ではない。
胸は、女性化ホルモン療法によって実際に発達することがある。豊胸手術を選ぶ人もいる。
陰茎は、ホルモン療法だけで消えるわけではない。性器手術を受ける人もいれば、受けない人もいる。
つまり、
胸がある→この治療 ニューハーフ→この性器
という単純な推理はできない。
そして今回最大の教訓は医学ではない。
マッチした瞬間に爆速返信が来る前に、プロフィールはちゃんと読もう。
相手の身体より先に、自分の情報処理速度をアップデートする必要があった。
