ある職場の話題で、こんな構図が出てくることがある。
単体の仕事は速い。成果物も悪くない。専門知識もある。ところが、依頼の受け渡し、合意形成、修正、感情の処理になると急に往復が増える。本人は「仕事はできているのに、なぜ評価が低いのか」と思い、周囲は「成果物だけ見れば悪くないけど、一緒に進めると毎回重い」と感じる。
ここだけ切り取ると、結論は簡単だ。
「コミュニケーションコストの高い人は組織で不利になる。」
たしかに、それは一部正しい。
でも、ここで話を終えると雑すぎる。
なぜなら、同じ人が上司を変えた瞬間、妙に普通に回り始めることがあるからだ。
前の上司とは説明10往復。 次の上司とは2往復。
前の部署では「扱いづらい人」。 次の部署では「一人で任せれば速い人」。
人間の製造番号は変わっていない。変わったのは接続先である。
この記事では、「仕事ができる」と「一緒に仕事しやすい」を分けたうえで、コミュニケーションコストを本人だけの固定属性にせず、本人・上司・組み合わせ・仕事設計の相互作用として整理する。そして、なぜ企業が異動を使うのか、なぜそれが全国転勤になると急に人生丸ごとの話になるのかまで見ていく。
1. 「仕事ができる」と「一緒に仕事しやすい」は別能力
仕事には少なくとも二つの層がある。
一つ目は、作業そのものを処理する能力だ。
設計する。 分析する。 文章を書く。 調達する。 コードを書く。 数字を合わせる。 期限までに成果物を出す。
二つ目は、その作業を組織の中で受け渡す能力だ。
依頼を理解する。 曖昧な点を確認する。 途中経過を共有する。 意見が割れたときに合意を作る。 相手の修正意図を読む。 必要な情報を必要な粒度で返す。
前者が強くても、後者で毎回5倍の時間がかかれば、チーム全体では高コストになる。
逆に、調整はうまいが単体成果が弱い人もいる。
つまり「仕事ができる」は一軸ではない。
しかも、ここで注意が必要なのは、コミュニケーションコストを「しゃべる量」と同一視しないことだ。
チーム・コミュニケーションのメタ分析では、コミュニケーションの頻度よりも品質の方がチーム成果との関連が強く、特に情報を出し合って意味を展開する情報精緻化が重要だった。
会議で100回発言した人が最強、ではない。
必要な情報が2往復でつながるなら安い。 10往復してもまだ認識がずれているなら高い。
問題は口数より、接続に必要な総コストである。
2. 「コミュニケーションコスト」は人間の製造番号ではない
ここで一番危ないのが、「あの人はコミュニケーションコストが高い人」と人物ラベルにしてしまうことだ。
実際には、少なくとも四つに分解できる。
本人要因
誰と組んでも似た摩擦が起きる。
依頼の意味を取り違えやすい。 合意後も同じ論点を何度も戻す。 感情が強くなると作業が止まる。 必要な共有をしない。
相手を変えても同型の問題が続くなら、本人側の安定した要因を疑う根拠は強くなる。
相手要因
特定の上司が、誰に対しても高コストである。
指示が毎回変わる。 優先順位が不明。 否定はするが完成条件を言わない。 報告を要求するのに返答しない。
この場合、部下を何人入れ替えても火が出る。コンセントではなく壁の配線が燃えている。
組み合わせ要因
AさんとB上司だけ妙に噛み合わない。
細部から考える人と、全体像から考える人。 即答を好む人と、考えてから返したい人。 裁量を欲しい人と、逐一確認したい上司。
単体ではどちらも働けるのに、このペアだけ通信規格が違う。
これが「相性」に近い。
制度・仕事設計要因
誰を置いても揉める仕組みになっている。
決定権が不明。 役割が重複。 締切だけ決まって仕様がない。 評価基準が後出し。 情報が複数の人を経由しないと届かない。
この場合、「コミュ力を上げよう」の前に業務設計を直した方が早い。
人間を毎回OSアップデートするより、壊れたAPI仕様書を直した方が安いことはある。
3. 上司との「相性」は研究でも無視できない
2026年のメタ分析は、上司と部下の類似性と仕事上の結果を、76報告・82独立サンプルから統合した。
興味深いのは、年齢や性別などの表面的な類似より、価値観、性格、態度、仕事の進め方などの深いレベルの類似の方が多くの仕事アウトカムと関連していたことだ。
深いレベルの類似性は、上司部下関係の質を示すLMXと r=.461、仕事満足と r=.365、仕事パフォーマンスと r=.315、情緒的消耗とは r=-.505 だった。
もちろん、これは「似ている上司を選べば必ず成功する」という因果証明ではない。
似ているから関係が良くなる場合もあれば、関係が良いから似ていると感じる部分もある。評価者が自分と似た部下を高く評価するバイアスもあり得る。
それでも重要なのは、「上司が誰でも同じ」という仮定がかなり怪しいことだ。
同じ部下でも、接続する上司によって、説明のしやすさ、信頼、裁量、フィードバックの受け取り方が変わる余地がある。
だから「前部署で低評価だった」は重要なデータだが、人間全体への永久判決ではない。
4. 良い上司部下関係は、気分だけでなく成果にも関連する
LMX、つまり上司と部下の交換関係の質については大量の研究がある。
2016年のメタ分析では、LMXはタスク遂行と ρ=.30、組織市民行動と ρ=.34、反生産的行動とは ρ=-.24 の関連を示した。さらに上司の主観評価だけではなく、客観的なタスク成績でも ρ=.24 の関連があった。
縦断研究をまとめた分析では、良いLMXが後のタスク遂行につながる方向を支持する証拠も報告された。
ここから言えるのは、「仲良し上司なら評価を盛ってくれる」というだけではない。
信頼があり、必要な情報が流れ、裁量の期待値が合い、修正が機能する関係は、仕事そのものの実行条件にもなる。
さらに2026年の上司フィードバックのメタ分析では、24研究、約59.6万人、75効果量を統合し、フィードバック特性と従業員の受け止め・受容・反応意図との間に平均 r=.36 の関連が報告された。特に情報源の信頼性はよく研究されていた。
だから「原因を伝えれば終わり」でもない。
誰が、どんな質で、どのタイミングで、何を改善可能な形にして返すかまでがフィードバック設計である。
「お前コミュニケーションコスト高いぞ。」
これはフィードバックではなく、ほぼ呪文である。
5. 相互依存が高い仕事ほど、摩擦コストは増幅する
同じ人でも、仕事の構造によって「働きやすさ」は変わる。
一人で完結する分析なら、朝に受け取って夕方に成果物を出せばいい。
しかし、企画、調達、営業、開発プロジェクトのように、
Aから情報を受け取る →Bと仕様を詰める →Cの承認を取る →Dへ引き渡す
という仕事では、人と人の接点が何度も発生する。
チームの構造的相互依存を扱ったメタ分析では、タスク相互依存と成果の関係に、タスクに焦点を当てたチーム機能が関わることが示されている。
要するに、接続点が多いほど、1接続あたりの小さな摩擦が累積する。
単体能力100、摩擦5なら、一人仕事では95で済む。
でも一日に20回接続する仕事なら、「5」が20回やって来る。
突然、能力の話だったはずがネットワーク料金の話になる。
これは「本人が悪い」という意味ではない。
高い相互依存を必要とする仕事へ配置するなら、情報経路、権限、役割、会議、上司との接続方式まで設計しないと、組織側が摩擦を増幅する。
6. 「合わない」は、本人・相手・ペア・制度のどこにあるのか
では、人事や上司はどう見分けるのか。
一回の失敗だけでは分からない。
同じ人を別の条件で見る必要がある。
上司Aでは揉めた。 上司Bでは回った。
顧客折衝が多い仕事では消耗した。 独立性の高い仕事では成果が出た。
曖昧な依頼では止まった。 完成条件を明示したら速かった。
逆に、上司を変えても、仕事内容を変えても、同じ種類の行き違いが続いた。
こうした反復データがあると、原因の場所が少しずつ絞れる。
チームの深いレベルの多様性に関するメタ分析では、深い違いが大きいチームほど、平均的には肯定的なチーム状態・プロセスが弱く、対立が増える経路が報告されている。また2026年の更新メタ分析では、タスク、関係、プロセス、地位という四種類の対立はいずれも平均的にはパフォーマンスと負の関連を示したが、効果にはかなりのばらつきがあった。
ここで「じゃあ似た人だけ集めよう」は早い。
多様な知識や視点が必要な仕事もある。表面的属性の類似を採用基準にする根拠にもならない。
正しい問いは、
「違いを消すか」
ではなく、
「違いがある状態で接続コストを下げられるか」
である。
7. 異動は、人事の巨大なA/Bテストになる――ただし本物の実験ではない
ここで異動が出てくる。
ある部署で評価が悪かった人を別部署へ移す。
上司を変える。 仕事を変える。 チームを変える。
すると、場合によっては急に回る。
人事から見ると、これは結果的にかなり大きな比較データになる。
環境A: 成果は出るが、調整で毎回炎上。
環境B: 同じ人が、そこまで揉めずに成果を出す。
この差が何度か再現すれば、「本人だけの固定問題」ではなく、適合や仕事設計が効いている可能性が上がる。
逆に、複数の上司・複数の職務で同じ問題が再現するなら、本人側の安定した改善テーマを考える根拠になる。
ただし、これを科学的なA/Bテストだと思ってはいけない。
異動では、上司だけでなく仕事内容、難易度、チーム人数、時期、勤務地、評価者まで同時に変わる。そもそも異動対象者もランダムには選ばれない。
だから異動は「診断材料」にはなるが、「原因を一発で証明する実験」ではない。
人事のA/Bテストは、だいたい変数が12個くらい同時に動く。
研究者が見たら頭を抱える。 会社はそのまま次の人事異動を発令する。
8. 日本企業ではどのくらい異動するのか――「3〜5年」を人生回数へ直結させない
日本の大企業では、人事ローテーションが制度として使われてきた。
厚生労働省・JILPT系の2016年調査をまとめた2017年資料では、定期的な人事異動がある企業について、異動周期は3年が27.9%で最多、5年が18.8%。3〜5年を合わせると51.9%だった。1,000人以上企業では、3年・4年・5年を合わせて63.7%だった。
また企業が転勤を行う目的として、人材育成66.4%、適材適所57.1%、人事ローテーションの結果53.4%、組織活性化50.6%などが挙げられていた。
ここだけ見ると、「3年ごとなら38年で12〜13回異動か」と計算したくなる。
算数としてはできる。
しかし、それを「平均社員は12回異動する」という統計に化けさせてはいけない。
この調査は古い。 企業単位の制度回答である。 3年周期の会社でも全員が厳密に3年で動くとは限らない。 部署内変更と転居転勤も別物である。
したがって、3〜5年という数字は「大企業のローテーション制度には珍しくなかった周期」の参考値として読むのが安全だ。
異動回数を知りたいなら、個人追跡データが必要になる。
Excelで38÷3をした瞬間、人事統計が錬金術になる。
9. 全国転勤になると、A/Bテストに冷蔵庫まで参加する
社内で上司だけ変えるなら、本人の生活は比較的そのまま残る。
ところが全国転勤になると話が変わる。
仕事の配置変更に、
住居 引っ越し費用 配偶者・パートナーの仕事 子育て 介護 通勤 友人関係 地域とのつながり
まで付いてくる。
上司との相性を見るために、冷蔵庫と住民票まで異動させる必要は本来ない。
2025年末から2026年初めに行われた国家公務員約10.8万人の調査では、転勤に否定的な回答が52.6%だった。ただし「できれば行きたくない」層の63.4%は、転勤先を自分で選べるなら条件次第で受け入れ可能と答えた。受け入れ条件では、住んでもよい地域65.5%、やりたい業務61.4%などが上位だった。
これは国家公務員の調査であって、民間労働者全体の代表値ではない。
それでも示唆は分かりやすい。
「移動そのものが絶対に嫌」だけでなく、「場所も仕事も生活も自分でほとんど選べないこと」が負担になり得る。
古いJILPT資料では、過去3年間に本人の転勤を理由に退職した社員が少なくとも1人いたと答えた企業は、男性社員について20.7%、女性社員について7.9%。配偶者の転勤を理由に正社員が辞めたケースがあった企業は33.8%だった。これは労働者個人の離職率ではなく、「そういう離職が1件以上あった企業の割合」である点に注意が必要だ。
2022年のJILPT調査では、勤務地限定正社員がいる企業は9.6%で、導入理由では正社員の定着が最も多かった。
つまり企業自身も、「どこへでも動ける人だけ」を前提にすると人が抜けることを知っている。
10. 結論――住所を動かす前に、上司・仕事・権限・評価の設計を動かせ
「仕事の処理能力は悪くない。でも一緒に働くと重い。」
この観察自体は、組織で重要である。
調整コストは本物のコストだからだ。
ただし、そのコストを即座に本人の人格へ貼り付けると、原因を取り違える。
見る順番はこうなる。
- 誰と組んでも同じか。
- 特定の上司だけで起きるか。
- 特定のペアだけで起きるか。
- 相互依存の高い仕事でだけ悪化するか。
- 指示・権限・評価基準を明確にすると改善するか。
- 配置を変えた後、成果と摩擦の両方がどう変わったか。
人事異動は、この切り分けに使える。
ただし、異動が全国転勤になると、会社が得る配置自由度と引き換えに、社員は生活基盤を払う。
だから合理的な順序は、
まず同一生活圏で上司、職務、役割、権限、評価者を調整する。
それでも事業上の必要や本人の成長機会として地理的転勤が必要なら、勤務地の選択肢、期間、補償、準備時間、本人の事情を扱う。
さらに評価は直属上司一人の「なんか合わない」で固定せず、複数の観察点を持つ。
上司Aでは低評価、Bでは高評価という差そのものがデータだからだ。
人事の目的は、全員を同じ通信規格の人間にすることではない。
仕事が流れる接続を作ることである。
そして上司ガチャを引き直すたびに、冷蔵庫までガチャ筐体へ突っ込む必要はない。
