SNSでは、アナルセックスの話になると急に怪談大会が始まる。
「一度やったら肛門がゆるゆるになる」 「最後はオムツ生活」 「便を切るための道具が必要になる」
話が数コメント進むだけで、人体がホラー映画の小道具みたいになっていく。
では、実際の研究ではどうなのか。
先に答えると、アナルセックス、とくに受ける側の頻度が高い人では、便が漏れる症状が多いという統計はある。 ただし、やった人が全員そうなるわけではない。永久に肛門が壊れると証明されたわけでもない。
大事なのは、「リスクが上がる」と「必ずそうなる」を分けることだ。
1. まず訂正。「9.9%」「11.6%」は経験率ではない
ネットで数字だけ見ると、ここがとても間違えやすい。
米国のNHANESという大きな健康調査を使った2016年の研究では、20〜69歳の4,170人を分析した。
その研究では、アナル性交を報告した人の便失禁率は、
- 女性:9.9%
- 男性:11.6%
だった。
しかしこれは、「アナルセックスをしたことがある人が約10%」という意味ではない。
正しくは、
「研究の中でアナル性交を報告した人のうち、月1回以上の便・液状便・粘液の漏れを答えた人の割合」
である。
数字は同じでも、意味はまるで違う。
「クラスの10%がカレーを食べた」と「カレーを食べた人の10%がお腹を壊した」を混ぜるくらい違う。
2. では、経験した人は何%なのか
同じ研究では「アナル性交を報告した割合」は女性37.3%、男性4.5%だった。
ただし、ここで男性4.5%をそのまま
「男性100人のうち4〜5人しかアナルセックス経験がない」
と読むのは危険だ。
理由は、NHANESの質問が男女で同じではないからだ。
女性には「男性の陰茎と自分の肛門・臀部が接触するアナルセックスを経験したか」という質問がある。一方、男性には「女性とのアナルセックス」「男性との性行為」など、別々の質問が用意されている。
つまり、研究で使われた4.5%は、その研究の定義と質問方法の中で出た数字だ。
一般男性全体の「挿れる側も受ける側も全部まとめた生涯経験率」だと思って使う数字ではない。
ここはかなり大事だ。
ネットの統計あるあるは、数字を間違えるより、数字の名前を間違えることである。
3. 便が漏れる割合は、本当に高かった
NHANES研究では、アナル性交を報告した人と報告しなかった人を比べると、便失禁は次のようになった。
| グループ | アナル性交あり | なし |
|---|---|---|
| 女性 | 9.9% | 7.4% |
| 男性 | 11.6% | 5.3% |
年齢、BMI、病気、下痢っぽい便など、ほかの要因も考えて計算すると、便失禁との関連は、
- 女性:約1.5倍
- 男性:約2.8倍
だった。
ここだけ見るとかなり強く見える。
ただし、この研究は「アナルセックスをすると便失禁になる」と実験したものではない。
もともと便の状態が違う人、生活習慣が違う人、性的行動が違う人などを完全に同じにすることはできない。
だから、言えるのは、
「関連が見つかった」
まで。
「原因だと100%証明した」
ではない。
4. 男性2万人超のアンケートでも、頻度が高いほど多かった
2021年には、男性同士で性行為をする21,762人を対象にした大規模オンライン調査が報告された。
全体では、過去1か月に便が意図せず漏れた人は8%だった。
さらに、
- 受ける側のアナル性交が週1回以上:12.7%
- 受ける側のアナル性交なし:5.7%
だった。
ほかの条件を調整した後でも、高頻度の受ける側アナル性交は便失禁と関連していた。調整後オッズ比は1.64だった。
ただし、この調査も「全国から完全にランダムに選んだ人」ではない。
オンラインで参加した人の調査なので、参加者の特徴に偏りがある可能性がある。
つまり、
2万人以上だから強い。だが、2万人以上だから何でも断定できるわけではない。
人数は魔法ではない。
5. 女性1,003人の調査でも差が出た
2017年の女性1,003人のアンケートでは、直近1か月にアナル性交をした人の便失禁は28.3%、していない人では14.4%だった。
オッズ比は2.48。
また、アナル性交経験者の10%は「それが肛門からの漏れに影響した」と自己申告していた。
ただし、この調査は特定の女性健康登録者へのメール調査で、平均年齢は46歳だった。
だから、この28.3%を
「世の中の若者も4人に1人漏れる」
のように使ってはいけない。
研究の数字には、必ず「誰を調べたか」がセットで付いてくる。
6. 「肛門がゆるくなる」は、何を意味しているのか
肛門は、ゴムの輪が1個付いているだけではない。
便を止めるために、内側と外側の筋肉などが働いている。これらを肛門括約筋という。
強い力で何度も広げたり、傷が起きたりすれば、筋肉や神経の働きに影響する可能性はある。
小さな研究では、アナル性交をする男性で肛門の圧が低いという報告もある。
しかし、
「行為をしたら、その瞬間から永久に穴が開いたままになる」
という仕組みではない。
体には筋肉があり、普段は閉じる方向に働く。
そして便失禁には、下痢、年齢、神経の病気、手術、出産による損傷など、たくさんの原因がある。
米国の一般成人でも、月1回以上の便・液状便・粘液の漏れは約8.3%と報告されている。
つまり、便失禁そのものは「アナルセックスをする人だけの現象」でもない。
7. SNSの怖い話を仕分けするとこうなる
「頻繁にやると便が漏れやすくなる?」
研究では関連あり。
特に高頻度の受ける側行為で、便失禁が多いデータがある。
「一度でもやったら肛門が壊れる?」
そんなデータはない。
研究は「必ず起こる」とは示していない。
「長年やっていても漏れない人はいる?」
いる。
リスク上昇は100%発症という意味ではない。
「全員最後はオムツ?」
根拠なし。
統計が示しているのは確率の差であって、未来の確定イベントではない。
「便を切る竹ベラが必要になる?」
少なくとも、ここで確認した医学研究の標準的な話ではない。
これは医学情報というより、インターネット怪談として扱った方が安全だ。
SNSは「リスク1.6倍」を「人類終了」に変換する装置ではないはずなのだが、ときどきそうなる。
8. 痛み・出血・漏れが続くなら、笑い話で終わらせない
一時的な違和感だけなら回復することもある。
しかし、
- 便や粘液が勝手に漏れる
- ガスを止めにくくなった
- 強い痛みが続く
- 出血が続く
- 排便の感覚がおかしい
といった症状が続くなら、肛門科、消化器内科、外科などに相談した方がよい。
「恥ずかしいからSNSのコメント欄だけで診断」は、医療としてはかなり弱い。
医師側からすれば、便失禁も肛門のけがも普通に診る症状である。
9. 結論:統計は「危険ゼロ」でも「一発で終了」でもない
研究を全部まとめると、結論はかなり地味だ。
アナル性交、とくに受ける側で頻度が高い場合、便失禁が多いという関連は複数の調査で見つかっている。
一方で、
経験した人が全員、永久に肛門がゆるくなったり、便を漏らしたりするわけではない。
そして「9.9%」「11.6%」はアナル経験率ではなく、研究内の便失禁率だった。
ネットでは、数字より怪談の方が速く走る。
だからこそ、
経験率、症状率、相関、原因。
この4つを分けるだけで、かなり冷静に読める。
参考資料(5件)
- Markland AD, et al. Anal Intercourse and Fecal Incontinence: Evidence from the 2009-2010 National Health and Nutrition Examination Survey. Am J Gastroenterol. 2016. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26753893/
- CDC/NCHS. NHANES 2009-2010 Sexual Behavior Questionnaire variable list. https://wwwn.cdc.gov/Nchs/Nhanes/search/variablelist.aspx?Component=Questionnaire&Cycle=2009-2010
- Garros A, et al. Risk of Fecal Incontinence Following Receptive Anal Intercourse: Survey of 21,762 Men Who Have Sex With Men. J Sex Med. 2021. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34645594/
- Anal Penetrative Intercourse as a Risk Factor for Fecal Incontinence. Female Pelvic Med Reconstr Surg. 2017. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28248849/
- Whitehead WE, et al. Fecal incontinence in US adults: epidemiology and risk factors. Gastroenterology. 2009. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19410574/
