セイレーンはなぜ島民を食べるのか

題材:『ちいかわ』

セイレーンは、人魚が島民に食べられたと考えている。

読書機能の使い方

聴く:本文を読み上げます。速読:語句を順に表示し、速さを調整できます。語学練習:別の言語版と対訳を読み比べます。保存:このブラウザーにブックマークし、プレイヤーの保存済み一覧から開けます。

この記事をシェア
広告
広告

結論――報復は作中で示される。自白を迫る脅迫は有力な解釈

セイレーンは、人魚が島民に食べられたと考えている。

そして、自分たちが食べられたから相手を食べる、という同害報復の理屈で動く。

ここまでは作中で示される。

しかし、なぜ真犯人だけでなく、無関係かもしれない島民を次々に襲うのかは、説明し切られない。

考えられる目的は複数ある。

  1. 島全体への報復
  2. 犯人が名乗り出るまで被害を出し続ける脅迫
  3. 島民が犯人を差し出すよう圧力をかける
  4. 食べても死なない者を見つけ、犯人を判別する
  5. セイレーンの倫理では、同じ共同体がまとめて責任を負う

このうち、物語全体と最もつながりやすいのは、1・2・3を組み合わせた読みである。

「犯人が出てこないなら、島民を食べ続ける」

これは犯人へ自白を迫り、共同体へ犯人の捜索・引き渡しを迫る脅迫になる。

作中で明言はされない。

しかし、単なる空腹よりは、セイレーンが犯人を探している行動と整合する。

島民を食べれば犯人がわかるのか

一つの説として、

人魚を食べて不死になった犯人なら、セイレーンに食べられても死なない
だから島民を順番に食べて判別していた

という読みがある。

理屈としては成立する。

しかし、作中で犯人特定につながった決定的な描写は、味噌漬けの結果ではない。

フタバの身体から単三電池が外れ、それをセイレーンが認識したように見える場面である。

そのため、

味噌漬けや昆布締め自体が、合理的な犯人判別装置だったとは断定できない。

むしろ、

  • 報復
  • 威圧
  • 自白強要
  • 捕食者としての習性
  • 島民全体を同じ側とみなす怪異の倫理

が混ざっていると考えた方が自然である。

味噌漬けと昆布締めが怖い理由

セイレーンは、島民をその場で勢いよく丸のみするだけではない。

味が染みるように漬ける。

食べ頃を待つ。

この一手間によって、恐怖の性質が変わる。

その場の怒りで殺すのではない。

島民を保存食や料理として扱っている。

怪物が襲うだけなら、動物的な恐怖である。

怪物が調理法を持っていると、文化的な恐怖になる。

  • 捕まえる
  • 容器へ入れる
  • 味付けする
  • 時間を置く
  • 食べる

この工程があることで、島民は「敵」ではなく「食材」へ分類される。

画面はかわいい。

やっていることは加工食品である。

島民は何人死んだのか

正確な死亡人数は示されていない。

洞窟、壺、残された装備などから、複数の島民が犠牲になったことは強く示唆される。

ただし、

  • 捕まった人数
  • すでに食べられた人数
  • 救出された人数
  • 行方不明のままの人数

を厳密に集計できる情報はない。

したがって、

「複数の犠牲者が示唆されるが、確定人数は不明」

と扱うのが適切である。

「大量に死んだ」と断定するより、人数を明示しないこと自体が不気味だ。

被害者一人ひとりの名前は出ない。

壺と腰みのだけが残る。

個人の死が、背景の痕跡として処理される。

ヒトハとフタバの罪は、人魚を食べたことだけではない

二人の出発点には事情がある。

事故で一人が危険な状態になる。

もう一人は助けたい。

人魚の肉に永遠の命を与える力があると知る。

そこで人魚を誘い、殺し、料理し、食べさせる。

ここだけを切り取れば、

大切な相手を救うため、越えてはいけない線を越えた悲劇

になる。

しかし、その後が重い。

セイレーンが島民を襲い始めても、二人は名乗り出ない。

名乗り出れば、狭く暗い場所へ永遠に閉じ込められるかもしれない。

黙りたい理由は理解できる。

だが、黙っている間、ほかの島民が身代わりになる。

そのため二人の罪は、

  • 人魚を誘い出した
  • 人魚を殺した
  • 人魚を食べた
  • 永遠の命を得た
  • 真相を隠した
  • 無関係な島民への被害を止めなかった
  • 外から来た討伐者も危険へ巻き込んだ

まで広がる。

単純な悪人ではない。

しかし、単純な被害者でもない。

カレー後の「わかった! わかった!」は何だったのか

激辛カレーを食べたセイレーンが苦しみ、その場を離れる。

表面だけを見ると、

もう島を襲わないで
わかった

という合意に見える。

ちいかわたちも、話が通じた、もう来ないと理解したように見える。

しかし、その騒動の中で、フタバの身体から単三電池が外れる。

人魚の肉を食べて得た「永遠の命」は、電池で動く身体として表現される。

セイレーンがその電池を見たと読むと、「わかった」の意味が変わる。

「要求がわかった」ではなく、「犯人がわかった」。

これは説明台詞で確定されない。

それでも、次の流れがこの読みを強める。

  1. セイレーンは犯人を探している
  2. フタバから犯人の印となる電池が落ちる
  3. セイレーンが「わかった」と言う
  4. 元の島への無差別襲撃は止まる
  5. ヒトハとフタバは別の島へ逃げる
  6. 最後にセイレーンたちが海を進む

最も整合的な読みは、

島を襲わない約束をしたのではない
犯人が特定できたため、無関係な島民を探す必要がなくなった

である。

子どもには和解。

大人には標的変更。

同じ「わかった」に、二つの意味が入っている。

セイレーンは被害者だが、善ではない

人魚を殺されたセイレーン側には、怒る理由がある。

犯人を探す理由もある。

しかし、無関係な島民を捕まえ、漬け、食べることは正当化されない。

構図はこうなる。

  • ヒトハとフタバ:仲間を救うために人魚を殺し、罪を隠す
  • セイレーン:仲間を殺されたため、共同体へ無差別に報復する
  • 島民:被害者でありながら、外部の討伐者を高報酬で呼び寄せる
  • ちいかわ:真相に気づきながら、告発しない
  • 観客:誰の判断なら正しかったのか答えを出せない

誰か一人を悪者にして終われない。

セイレーン編が重いのは、善悪が曖昧だからではない。

各人物の行動に理解できる理由があり、それでも被害が拡大するから重い。

「狭くて暗いところ」は、不老不死に対する最悪の刑

セイレーンが犯人へ考えている刑は、単に食べることではない。

狭い檻へ入れ、暗い場所へ置き続ける。

普通の生命なら、いつか死ぬ。

しかしヒトハとフタバは、電池によって動き続けるような身体になっている。

不老不死は、長く生きる祝福に見える。

刑罰と組み合わさると、

終身刑の「終身」が、本当に終わらなくなる。

殺されない。

老衰もしない。

脱出もできない。

時間だけが続く。

人魚の肉を食べて得たものが、そのまま刑罰を無限化する。

因果として非常に完成している。

なぜ二人は陸ではなく、別の孤島へ逃げたのか

セイレーンは海の存在である。

海を高速で移動できる。

その相手から逃げるのに、別の孤島へ移る。

戦略としては最悪に見える。

本気で逃げるなら、

  • 大きな陸地へ渡る
  • 海岸から離れる
  • 人口の多い場所へ紛れる
  • 外見や葉っぱを変える
  • 移動を繰り返す

方が合理的である。

それでも二人は、二人だけで暮らせる孤島を選ぶ。

理由は明言されない。

考えられるのは、

  • 小舟で行ける範囲に大陸がなかった
  • 大きな陸地の位置を知らなかった
  • 不死の身体を他人に見られたくなかった
  • 島民へ説明せず消えたかった
  • 二人きりの生活を望んだ
  • 「逃げ切る」より「誰にも邪魔されず二人で暮らす」を優先した

というものだ。

心理的には理解できる。

戦術的には悪い。

だからあの島は、二人にとっては新生活の場所でも、観客には逃げ道のない処刑場に見える。

ちいかわはなぜ告発しなかったのか

ちいかわは、二人の身体の秘密へ気づく。

しかし言わない。

これを正義の失敗と見ることもできる。

真相を告げれば、島民への襲撃はもっと早く止まったかもしれない。

一方、告げれば二人は終わらない刑へ送られる。

しかも二人の最初の動機は、相手を救うことだった。

ちいかわは裁判官ではない。

恐怖の中で、目の前の二人を差し出せなかった。

その選択は優しい。

同時に、被害者である人魚側へ真実を返さない選択でもある。

優しさは、いつでも公正とは限らない。

セイレーン編は、そのズレをちいかわへ背負わせる。

広告

今日これ読んで

この記事を読んだ人の次の疑問に、それぞれ答える記事です。

すべての記事から探す「食事」の記事をもっと見る

他の記事を探す

すべての記事

めんどいちゃん

この記事を書いた人

めんどいちゃん

仕事や日常の「めんどい」を構造化して、次に動きやすくする記事を書いています。

このサイトについて