記事8. 平安時代の生きる難しさから見る、現代の「働くのがつらい」は贅沢なのか?

平安時代に、うつる病気、食べ物の不足、出産に伴う危険、幼い子が亡くなることが多かった話から見ると、現代の働くことへの不満は贅沢なのか。昔より恵まれていても、人が自由や時間を求める理由を整理する。

読書機能の使い方

聴く:本文を読み上げます。速読:語句を順に表示し、速さを調整できます。語学練習:別の言語版と対訳を読み比べます。保存:このブラウザーにブックマークし、プレイヤーの保存済み一覧から開けます。

この記事をシェア
広告
広告

平安時代の生活を調べると、現代はかなり恵まれていると感じる。

医療は弱い。

感染症で死ぬ。

栄養不足で死ぬ。

飢饉で死ぬ。

出産で死ぬ。

子どもも高確率で落ちる。

古代日本の一部の地域について、残った記録などから計算した研究では、生まれた子が平均して何年生きるかを20代後半と見積もり、5歳になる前に亡くなる子の割合も非常に高いとするものがある。ただし、これは平安時代全体で実際に数えた数字ではない。古代の限られた地域の記録と、計算のための仮定から見積もった数字として、慎重に扱う必要がある。

それでも大きな傾向として、昔は生きることそのものが、ゲームなら難しすぎる設定だった。

現代では、そこがかなり改善されている。

水は清潔。

出産時に医療へつながれる。

ワクチンがある。

抗生物質がある。

飢饉でただちに大量死する可能性は低い。

戦争に日常的に動員されていない人も多い。

では、現代の「労働がつらい」は贅沢なのか。

答えはたぶん、こうだ。

歴史的には贅沢。
でも、現代の人生設計としては無効ではない。

昔の課題は、死なないことだった。

現代の課題は、死なずに済む人生を、誰にどれだけ使われるかだ。

会社に時間を持っていかれる。

通勤で削られる。

猿会議で神経を削られる。

人の責任を、もっともらしい理由で自分へ押しつけられて消耗する。

自分の問い・創作・アプリ・記事・投資・趣味の時間が削られる。

これは、感染症や飢饉とは別の苦しさだ。

昔より安全だからといって、今の苦しさが消えるわけではない。

たとえるなら、

平安時代よりマシだから、今日の腹痛は我慢しろ

と言われても、腹痛は腹痛だ。

同じように、

昔よりマシだから、今の労働不満は黙れ

とはならない。

むしろ現代は、生存の土台があるからこそ、次の問いが出てくる。

自分の時間をどう使うか。

誰と生きるか。

どんな働き方をするか。

どこまで組織に明け渡すか。

どれくらい自由を守るか。

これは贅沢な問いではある。

でも、人間が生存を越えたら自然に出てくる問いでもある。

だから、現代の労働への違和感は、こう見た方がいい。

甘えと決めつけるより、自由を守りたい気持ちが反応していると見る。

命は守られている。

なら次は、時間と、自分の生活を自分で決める自由を守りたい。

これはかなり自然だ。

平安時代の生きる難しさを知ると、現代のありがたさは分かる。

でも、それは現代の不満を消すためではなく、現代の強みを使って、自分の自由を取り戻すために使えばいい。

医療がある。

制度がある。

文章で相談できる道具がある。

有給がある。

労働相談がある。

生活保護がある。

記事も作れる。

アプリも作れる。

この安全圏を使って、自分の脳内工房を育てる。

それが現代に生きる強みだと思う。


この記事が役に立ったら、応援できます。 応援する

広告

今日これ読んで

この記事を読んだ人の次の疑問に、それぞれ答える記事です。

すべての記事から探す「食事」の記事をもっと見る

他の記事を探す

すべての記事

めんどいちゃん

このサイトの運営者

めんどいちゃん

仕事や日常の「めんどい」を構造化して、次に動きやすくする記事を書いています。