反芻の原因が、出来事そのものではなく、特定の人間である場合がある。
その人と話すたびに、整合性が取れない。一般論としてはまともなことを言うのに、個別場面では真逆のことをする。部下への接し方を語った直後に、圧をかける。信頼が大事だと言いながら、未完成を出すことを危険にする。
こういう相手は、反芻の発生源になりやすい。
なぜなら、脳が整合性を取りにいってしまうからである。
完全に意味不明な人なら、「この人はそういう人」で終わる。
しかし、厄介なのは、まともなことも言う人である。
研修では正しいことを言う。
「受け手の気持ちになって話す」 「圧をかけない」 「信頼関係が大事」 「部下の主体性を引き出す」
ここだけ聞けば、「まあそうだな」と思える。
ところが、研修後に個別でこう言う。
「今書いても価値ない」 「ちゃぶ台返しする」 「けちょんけちょんにする」
こうなると、脳は混乱する。
一般論は正しい。だが本人の実装は真逆。では、これは何なのか。理解していないのか。自分にだけ言っているのか。こちらをできない前提で見ているのか。
こうして反芻が発生する。
この場合、最も強い対策は、理解しに行くことではない。
物理距離を取ることである。
接触時間を減らす。一対一を減らす。口頭で深く受け取らない。表では「はい、確認します」で止める。裏ではログ化する。本気のアウトプットは自分用に保存する。相手向けには指示範囲だけ出す。
反芻の大元が人間なら、その人を理解しようとしすぎるほど削られる。
必要なのは、相手の内面解釈ではない。
反芻トリガーとして管理することだ。
この人と深く関わると、自分の脳が未処理ログを増やす。
そう分かったなら、距離を取るのは逃げではない。
認知資源を守るための、かなり合理的な対策である。
