想定slug: mass-casualty-triage-start-red-yellow-green-black
多数の傷病者が同時に発生し、救急隊、医師、看護師、救急車、手術室、医薬品が足りないとき、現場は平時と同じ順番では動けない。
一人を時間をかけて治療している間に、短い処置で助けられた別の人が亡くなる可能性があるからである。
そこで行われるのがトリアージである。
日本赤十字社は、トリアージを、多数の傷病者が発生したとき、限られた医療資源で最大多数の傷病者に最善を尽くすため、緊急度と重症度に応じて治療・搬送の優先順位を決めることとして説明している。[7]
トリアージは、治療を諦めるための制度ではない。
救命可能な人を一人でも多く救うために、今この瞬間、誰へ先に資源を投入するかを決める作業である。
色は人間の価値ではなく、現在の優先順位を表す
一般的な災害トリアージでは、傷病者を四つの区分に分ける。
| 色 | 一般的な意味 | 現場での考え方 |
|---|---|---|
| 緑 | 軽症群 | 歩行可能など、処置を待てる |
| 黄 | 待機的治療群 | 治療は必要だが、赤より待てる |
| 赤 | 最優先治療群 | 直ちに処置・搬送すれば救命可能性がある |
| 黒 | 死亡群・救命困難群 | 現在の限られた資源では優先度を下げざるを得ない |
赤は「最もひどいけが」という意味ではない。
極端に重篤でも、現在の資源では救命可能性がほぼない場合、赤ではなく黒になることがある。反対に、見た目が非常に苦しそうでも、治療を少し待てるなら黄になる場合がある。
優先順位は、苦しさの大きさ、人間としての価値、年齢や社会的地位を比べるものではない。緊急度、救命可能性、必要資源、搬送可能性を見ている。
START法は一人ずつ約30秒で振り分ける
STARTは、Simple Triage and Rapid Treatmentの略である。
一次トリアージでは、現場全体を短時間で把握するため、一人あたり原則30秒程度で評価する。[8]
基本的な流れは次のとおりである。
歩ける人を分ける
「歩ける人はこちらへ移動してください」と呼びかける。
歩行できた人は原則として緑へ分類し、残った人へ評価を集中する。
ただし、歩けるから絶対に軽症とは限らない。煙を吸った、出血が隠れている、精神的に混乱しているなど、後から悪化する可能性があるため再評価が必要になる。
呼吸を見る
呼吸があるか、呼吸数が極端ではないかを確認する。
呼吸がない場合は気道を確保する。気道確保後も自発呼吸が戻らなければ、START法の一次トリアージでは黒になる。気道確保で呼吸が戻れば赤である。
循環を見る
脈、毛細血管再充満、出血などを確認する。
大量出血があれば、一次トリアージ中でも圧迫止血を行う。循環不全が疑われれば赤となる。
意識を見る
簡単な指示に従えるかを確認する。
指示に従えなければ赤、従えれば黄となるのが基本である。
この順番から分かるように、意識評価まで進んだ人には自発呼吸がある。したがって、START法の一次トリアージについて「意識があり、呼吸もある人へその場で黒を付ける」と一般化するのは正確ではない。
ただし、医療機関や二次トリアージでは、損傷内容、利用可能な手術室、搬送時間、災害規模などを踏まえ、別の基準で再分類することがある。
トリアージは一度付けたら終わりではない
傷病者の状態は変化する。
- 緑だった人が急に意識を失う
- 黄だった人の出血が増える
- 赤だった人が処置で安定する
- 救急隊や病床が増え、黒とされた人へ資源を向けられる
- 搬送先の能力が変わる
そのため、トリアージは現場、救護所、搬送時、病院到着時などで繰り返される。
タグは最終判決ではなく、その時点の優先順位である。
黒タグを「見捨てる」とだけ表現すると本質を外す
黒タグの判断は、救助者にとって極めて重い。
気道を確保しても呼吸が戻らない人から離れ、次の傷病者へ進む。平時なら続けるかもしれない処置を、災害現場では止めざるを得ない。
外から見ると、「置いていった」「何もしなかった」と見えることがある。
しかし、その数分を別の赤タグ傷病者へ使うことで、複数人を救える可能性がある。
ここで大切なのは、黒タグの判断を美談にしないことと、救助者を簡単に非難しないことの両方である。
- 判断が常に正しいとは限らない
- 現場は混乱している
- 情報は不足している
- 時間はない
- 人員も資材も足りない
- それでも誰かが決めなければならない
トリアージは、倫理的に美しい制度ではない。
資源不足という最悪の条件下で、死亡を最小化するための現実的な制度である。
救助者にも心理的負担が残る
災害対応者は、負傷者、遺体、子どもの被害、同僚の負傷、長時間勤務、自分の家族への不安などに同時にさらされる。
米国CDC・NIOSHは、緊急対応者が災害や多数死傷事案の後に、身体、認知、感情、行動面のストレス反応を示すことがあり、現場での健康管理と事後支援が重要だとしている。[9]
具体的には、判断場面が頭から離れない、睡眠が乱れる、音や映像で当時を思い出す、感情が麻痺する、いら立ちや罪悪感が続く、といった反応がある。
「訓練された専門職だから平気」という前提は危険である。
床のシートやタグを映像だけで断定しない
災害現場では、床や地面にシートが敷かれることがある。
用途は一つではない。
- 傷病者を寝かせる
- 救護区域を分ける
- 保温する
- 衛生を保つ
- 雨や日射を避ける
- プライバシーを守る
- 亡くなった人を覆う
映像でシートが見えたからといって、中にいる人の状態を決めつけることはできない。タグの色も、画質、照明、距離で誤認し得る。
災害映像を共有するときは、負傷者や家族の尊厳を守り、「見た印象」を確定情報として拡散しないことが必要になる。
トリアージを理解する目的は、冷酷さに慣れることではない
トリアージを知ると、災害現場がなぜすぐ治療から始まらないのかが分かる。
歩ける人へ移動を求める。短時間で呼吸、循環、意識を見る。重症者全員へ同時に処置できないため、優先順位を付ける。
この仕組みを理解することは、救助者の判断を無条件に正当化することではない。
- 現場の指示に従う
- 軽症者が救護資源を占有しない
- 自分で歩けるなら指定場所へ移る
- 撮影より避難経路を空ける
- 救助者へ不必要な説明を求めない
ためである。
トリアージは命に順位を付けるのではなく、処置の順番を決める。重いのは、その違いを理解していても、目の前の一人から離れなければならないことである。
FAQ
黒タグを付けられたら絶対に何もされませんか
状況と方式による。一次トリアージ後も再評価され、資源状況が変われば対応可能になる場合がある。黒タグを最終的な法的死亡判定と同一視してはいけない。
歩ける人は必ず軽症ですか
必ずではない。一次分類で緑となっても、内出血、吸入障害、精神的混乱などを見逃さないため、再評価が必要である。
一般人がトリアージタグを付けてもよいですか
正式な現場では、訓練された消防・医療・救護要員の指示に従う。一般人は安全確保、通報、可能な範囲の止血、避難誘導などを行い、独自判断でタグを動かさない。
