ギアスを受けた人物や、ギアスを使うルルーシュの目は赤く見える。
そのため、視聴者としては思う。
カメラに映っていたら、ギアスがバレるのではないか。
ユフィの虐殺命令中も、視聴者には明らかに異常が分かる。目が赤く、本人の意思ではないことが演出的に伝わる。
しかし作中世界では、それが決定的証拠として扱われるわけではない。
これはおそらく、ギアスの赤目には二つの性質が混ざっているからである。
一つは、作中でも見えている可能性がある赤目である。
ルルーシュがコンタクトでギアスを隠そうとすることから、少なくとも近距離では「目が変だ」と見える可能性はある。
もう一つは、視聴者向けの演出としての赤目である。
アニメとして、ギアスが発動していること、命令が入っていること、本人の意思が上書きされていることを分かりやすくするために、赤く見せている部分がある。
つまり、視聴者には明確でも、作中人物にとっては決定証拠ではない。
仮にカメラに映っていても、問題がある。
まず、画質である。
式典会場の映像、距離、角度、照明、動き、反射、カメラの解像度を考えると、目の赤さがはっきり証拠化されるとは限らない。
次に、前提知識の問題がある。
作中の一般人は、ギアスという能力を知らない。
目が赤いからといって、「超能力で命令された」とはならない。
普通なら、
- 照明の影響
- 画質の問題
- カメラノイズ
- 体調異常
- 興奮状態
- 皇女が突然おかしくなった
くらいにしか見えない。
ギアスを知らない世界では、赤目は証拠ではなくノイズである。
さらに、もしカメラでギアスが簡単に証拠化できるなら、物語がすぐ終わる。
監視カメラでルルーシュのギアス使用がバレる。ユフィの異常も映像解析でバレる。ゼロの能力の存在に気づかれる。すると、ルルーシュの正体や能力はかなり早い段階で追い詰められる。
だから作劇上も、ギアスの赤目は「視聴者には明確、作中一般人には決定証拠にならない」くらいの扱いにする必要がある。
これは都合がいい。
しかし、完全に不自然とも言い切れない。
現実でも、人間は知らない現象を、知らない原因に結びつけない。目が赤く見えたからといって、洗脳能力を疑う人はいない。前提知識がなければ、証拠は証拠にならない。
重要なのは、ギアスの赤目そのものよりも、赤目を解釈できる知識を誰が持っているかである。
ギアスを知っている者には危険なサインになる。知らない者には、ただの違和感や映像上のノイズに見える。
だからユフィの事件も、視聴者には「ギアスによる悲劇」と分かる。
しかし作中世界には、「皇女ユーフェミアが日本人虐殺を命じた」という事実だけが残る。
そのズレが、ユフィの悲劇をさらに大きくしている。
この記事のまとめ
- ギアスの赤目は、作中現象と視聴者向け演出が混ざっていると考えられる。
- 近距離では違和感として見える可能性があるが、カメラ越しでは決定証拠になりにくい。
- 作中一般人はギアスを知らないため、赤目を洗脳や命令能力に結びつけられない。
- ギアスを知っている者にはサインになるが、知らない者にはノイズでしかない。
- そのため世界には「ユフィが虐殺を命じた」という結果だけが残り、真相は共有されない。
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