コードギアスの文化祭回は、表面だけ見るとかなり楽しい。
学園祭。巨大ピザ。ミレイ会長の無茶企画。学生たちのドタバタ。アッシュフォード学園らしい、平和で少しおかしな日常回に見える。
しかし、冷静に配置を見直すと、あの文化祭はただのイベントではない。
むしろ、人間関係の地雷を一ヶ所に集めた爆弾展示会である。
まず、ルルーシュがいる。
彼は表向きはアッシュフォード学園の学生だが、裏では黒の騎士団を率いるゼロであり、ブリタニアに反逆している人物である。
次にスザクがいる。
スザクはルルーシュの幼なじみであり、ナナリーにとっても大切な人であり、同時にブリタニア軍のランスロットのパイロットでもある。つまり、黒の騎士団から見れば最悪の白兜である。
さらにカレンがいる。
カレンは学園では病弱なお嬢様の顔をしているが、黒の騎士団では前線のエースである。学園のカレンと戦場のカレンは、同じ場所に置かれるだけでかなり危ない。
そこへユーフェミアが来る。
ユフィはブリタニア皇女であり、スザクを信頼し、ルルーシュの過去を知る人物でもある。しかもこの時点では、ユフィはルルーシュがゼロであることを知っている。
つまり文化祭では、
ゼロの正体を知っている皇女と、正体を知られている反逆者が、学園イベントで普通に会話している。
国家機密と反逆罪が、屋台の横を歩いている状態である。
さらにナナリーがいる。
ナナリーはルルーシュの最重要保護対象であり、彼の行動原理の中心にいる。ナナリーはスザクを信頼している。スザクは、ナナリーにとっては安心できる存在だが、ルルーシュにとっては白兜であり敵側の人間でもある。
この時点で十分に危険なのに、まだ終わらない。
シャーリーがいる。
シャーリーはルルーシュに関する記憶を消されている。しかし、完全な初期化ではない。ルルーシュへの好意、違和感、何か大切なものを忘れているような感覚は残っている。記憶は消えても、感情の残り香は消えない。
しかもシャーリーは、独り言の声が大きい。
普通に考えると、あの距離であの声量は危ない。コードギアスの文化祭では、誰かが少し大きな声で余計なことを言うだけで、国家機密レベルの爆弾が爆発しかねない。
そしてヴィレッタもいる。
ヴィレッタはかつてシャーリーに撃たれた人物であり、同時にゼロの正体に迫りかけたブリタニア軍人である。しかし記憶を失っており、扇に匿われている。
つまり同じ文化祭空間に、
- 撃った側のシャーリー
- 撃たれた側のヴィレッタ
- ヴィレッタを匿う扇
- ゼロであるルルーシュ
- ゼロの仲間であるカレン
- 白兜であるスザク
- 皇女であるユフィ
- すべての中心にいるナナリー
- 何食わぬ顔で混ざるC.C.
が集まっている。
これは文化祭ではない。
未処理チケットの棚卸し会である。
さらに、巨大ピザや今回だけの巨大設備も象徴的である。
アッシュフォード学園の内側では、巨大ピザを作るために設備を用意し、学生たちが平和に盛り上がっている。一方で、同じエリア11の外側では、日本人はイレヴンとして扱われ、ゲットーや差別、治安悪化の中で生きている。
つまり文化祭は、支配層側の箱庭でもある。
悪人が笑っているというより、豊かな側の子どもたちが、貧困や差別を見ないまま楽しく生きられる空間がそこにある。
だからあの文化祭は、ギャグ回でありながら残酷である。
巨大ピザの裏に、植民地支配の格差がある。学園ラブコメの裏に、反逆者と皇族の密会がある。平和な日常の裏に、記憶喪失、恋愛、正体バレ、戦争、差別、政治利用の爆弾が並んでいる。
コードギアスは、こういう温度差がうまい。
笑える。けれど、笑っている場所そのものが地雷原である。
この記事のまとめ
- 文化祭回は休憩回ではなく、爆弾を一ヶ所に集める回である。
- ユフィはこの時点でルルーシュの正体を知っているため、ただの学園会話ではなく国家機密級の密会になっている。
- シャーリーとヴィレッタが同じ場にいるのも危険すぎる。
- 巨大ピザや学園の豊かさは、エリア11外側の貧困・差別との対比になっている。
- コードギアスの文化祭は、平和な顔をした情報漏洩リスクの塊である。
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