人間は「今つらい」で止まれない
動物もストレスで低出力になる。
ネズミも、ハエも、環境が悪ければ活動が落ちる。
でも人間のしんどさには、そこから先がある。
人間は「今つらい」で止まれない。
前もこうだった。
これからもこうかもしれない。
あいつはうまくやっている。
自分だけが遅れている。
俺はなぜこうなのか。
この人生は何なのか。
こうして、今の苦痛が過去・未来・他人・自分像と接続される。
これが人間の脳の強さであり、同時に地獄でもある。
心の時間旅行というチート能力
人間には、過去を思い出し、未来を想像する能力がある。
心理学では、こういう能力を mental time travel / 心の時間旅行 と呼ぶ。
これは本来、めちゃくちゃ強い。
- 前に失敗した場所を覚える
- 次に何が起こるか予測する
- 冬が来る前に準備する
- 相手の反応を想像する
- 今の行動が将来どう効くか考える
モグラより人間が強いのはここだ。
モグラは「土がない」と感じて移動するかもしれない。
人間は、
前にこの土で失敗した。
今後もこの土は悪そう。
隣の畑は条件が良さそう。
なら時期を見て移動しよう。
必要なスキルや準備は何か。
まで考えられる。
これは生存戦略としては圧倒的に強い。
ただし、未来予測は絶望も作る
問題は、この能力がネガティブに回ることだ。
過去を見られるから、後悔できる。
未来を見られるから、不安になれる。
他人を見られるから、比較できる。
自分を見られるから、自己否定できる。
同じ機能が、良い方向にも悪い方向にも使える。
本来は、
過去ログを見る
パターンを見つける
未来を予測する
作戦を変える
ための能力だったはずだ。
でもバグると、
過去ログを見る
後悔する
未来を予測する
絶望する
他人を見る
劣等感になる
自分を見る
自己否定する
になる。
これが反芻の地獄だ。
言語は苦痛をファイル化する
人間には言語がある。
言語があるから、曖昧な感覚を文章にできる。
なんか嫌だ。
自分はダメだ。
あのとき失敗した。
どうせ次も無理だ。
あいつはできているのに。
言語は便利だ。
他人に伝えられる。
自分の考えを整理できる。
計画を立てられる。
抽象化できる。
未来の自分にメモを残せる。
でも、言語には副作用もある。
嫌な感覚を、脳内で何度も再生できるファイルに変換してしまう。
ぼんやりした不快感が、
自分はダメだ
という一文になる。
一文になると、再生できる。
再生できると、繰り返せる。
繰り返せると、信じてしまう。
これが反芻の強さだ。
自分を対象物として見られるのも強くて危険
人間は、自分自身を観察できる。
悲しんでいる自分
失敗した自分
他人から見た自分
将来の自分
本来あるべき自分
を脳内に置ける。
これは自己改善には強い。
自分を振り返れる。
悪い癖を直せる。
長期目標を作れる。
他人との関係を調整できる。
でも、鬱方向に入ると、自分を責める審査員が脳内に常駐する。
なぜできないのか。
なぜ遅れているのか。
なぜあのとき失敗したのか。
なぜ普通にできないのか。
これはかなりきつい。
動物は環境に苦しむ。
人間は環境に苦しんだあと、苦しんでいる自分をさらに裁く。
社会比較は群れで生きるためのセンサーだった
人間は社会的な動物だ。
群れから外されることは、生存上のリスクだった。
だから人間には、他人との比較センサーがある。
- 自分の立場は安全か
- 信頼されているか
- 資源を得られるか
- 配偶相手を得られるか
- 群れから外されないか
- 相手より弱く見られていないか
このセンサーは本来有用だ。
相手を見て学ぶ。
自分の位置を調整する。
危険な相手を避ける。
群れの中で生き残る。
でも現代では、比較対象が多すぎる。
SNSを開けば、他人の成功、恋愛、収入、容姿、生活、旅行、キャリアが流れてくる。
人間の比較センサーは、そこまで大量の比較を想定していない。
だからバグる。
あいつの方が稼いでいる。
あいつの方が愛されている。
あいつの方が楽しそう。
あいつの畑の土はふわふわ。
これが続くと、体も脳も削れる。
人間の鬱は「省エネモード+高性能認知」の事故
かなり雑にまとめると、こうなる。
ハエ
ストレス → 活動低下
ネズミ
ストレス → 快感低下・無力感・社会性低下
人間
ストレス
→ 快感低下
→ 過去ログ検索
→ 未来予測
→ 他人比較
→ 自己否定
→ 脳内言語ループ
→ 行動低下
→ 状況悪化
→ さらに反芻
人間だけが弱いのではない。
人間は、予測と物語化の能力が高すぎて、低出力モードを人生評価システムに接続してしまう。
ここが地獄生成エンジンになる。
この記事の結論
人間が自己否定・社会比較・反芻・将来予測をしてしまうのは、言語と時間認識と自己認識があるからだ。
でも、それは本来悪い能力ではない。
過去を見られるから学べる。
未来を見られるから準備できる。
他人を見られるから真似できる。
自分を見られるから改善できる。
問題は、それが作戦変更に変換されず、自己否定で止まることだ。
人間の勝ち筋は、反芻を消すことではない。
反芻を、環境選択・時間選択・作戦変更まで持っていくことだ。
参考文献・リンク
- Suddendorf & Corballis, Mental time travel and the evolution of the human mind: https://www.bonobosworld.org/images/zotero/Suddendorf_et_Corballis-1997-Mental_time_travel_and_the_evolution.pdf
- Suddendorf & Corballis, What is mental time travel, and is it unique to humans?: https://espace.library.uq.edu.au/view/UQ%3A135952/Suddendorf-04122006.pdf
- Rosenkranz et al., Assessing repetitive negative thinking in daily life: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7170251/
- American Psychiatric Association, Rumination: A Cycle of Negative Thinking: https://www.psychiatry.org/news-room/apa-blogs/rumination-a-cycle-of-negative-thinking
