結論――報復は作中で示される。自白を迫る脅迫は有力な解釈
セイレーンは、人魚が島民に食べられたと考えている。
そして、自分たちが食べられたから相手を食べる、という同害報復の理屈で動く。
ここまでは作中で示される。
しかし、なぜ真犯人だけでなく、無関係かもしれない島民を次々に襲うのかは、説明し切られない。
考えられる目的は複数ある。
- 島全体への報復
- 犯人が名乗り出るまで被害を出し続ける脅迫
- 島民が犯人を差し出すよう圧力をかける
- 食べても死なない者を見つけ、犯人を判別する
- セイレーンの倫理では、同じ共同体がまとめて責任を負う
このうち、物語全体と最もつながりやすいのは、1・2・3を組み合わせた読みである。
「犯人が出てこないなら、島民を食べ続ける」
これは犯人へ自白を迫り、共同体へ犯人の捜索・引き渡しを迫る脅迫になる。
作中で明言はされない。
しかし、単なる空腹よりは、セイレーンが犯人を探している行動と整合する。
島民を食べれば犯人がわかるのか
一つの説として、
人魚を食べて不死になった犯人なら、セイレーンに食べられても死なない
だから島民を順番に食べて判別していた
という読みがある。
理屈としては成立する。
しかし、作中で犯人特定につながった決定的な描写は、味噌漬けの結果ではない。
フタバの身体から単三電池が外れ、それをセイレーンが認識したように見える場面である。
そのため、
味噌漬けや昆布締め自体が、合理的な犯人判別装置だったとは断定できない。
むしろ、
- 報復
- 威圧
- 自白強要
- 捕食者としての習性
- 島民全体を同じ側とみなす怪異の倫理
が混ざっていると考えた方が自然である。
味噌漬けと昆布締めが怖い理由
セイレーンは、島民をその場で勢いよく丸のみするだけではない。
味が染みるように漬ける。
食べ頃を待つ。
この一手間によって、恐怖の性質が変わる。
その場の怒りで殺すのではない。
島民を保存食や料理として扱っている。
怪物が襲うだけなら、動物的な恐怖である。
怪物が調理法を持っていると、文化的な恐怖になる。
- 捕まえる
- 容器へ入れる
- 味付けする
- 時間を置く
- 食べる
この工程があることで、島民は「敵」ではなく「食材」へ分類される。
画面はかわいい。
やっていることは加工食品である。
島民は何人死んだのか
正確な死亡人数は示されていない。
洞窟、壺、残された装備などから、複数の島民が犠牲になったことは強く示唆される。
ただし、
- 捕まった人数
- すでに食べられた人数
- 救出された人数
- 行方不明のままの人数
を厳密に集計できる情報はない。
したがって、
「複数の犠牲者が示唆されるが、確定人数は不明」
と扱うのが適切である。
「大量に死んだ」と断定するより、人数を明示しないこと自体が不気味だ。
被害者一人ひとりの名前は出ない。
壺と腰みのだけが残る。
個人の死が、背景の痕跡として処理される。
ヒトハとフタバの罪は、人魚を食べたことだけではない
二人の出発点には事情がある。
事故で一人が危険な状態になる。
もう一人は助けたい。
人魚の肉に永遠の命を与える力があると知る。
そこで人魚を誘い、殺し、料理し、食べさせる。
ここだけを切り取れば、
大切な相手を救うため、越えてはいけない線を越えた悲劇
になる。
しかし、その後が重い。
セイレーンが島民を襲い始めても、二人は名乗り出ない。
名乗り出れば、狭く暗い場所へ永遠に閉じ込められるかもしれない。
黙りたい理由は理解できる。
だが、黙っている間、ほかの島民が身代わりになる。
そのため二人の罪は、
- 人魚を誘い出した
- 人魚を殺した
- 人魚を食べた
- 永遠の命を得た
- 真相を隠した
- 無関係な島民への被害を止めなかった
- 外から来た討伐者も危険へ巻き込んだ
まで広がる。
単純な悪人ではない。
しかし、単純な被害者でもない。
カレー後の「わかった! わかった!」は何だったのか
激辛カレーを食べたセイレーンが苦しみ、その場を離れる。
表面だけを見ると、
もう島を襲わないで
わかった
という合意に見える。
ちいかわたちも、話が通じた、もう来ないと理解したように見える。
しかし、その騒動の中で、フタバの身体から単三電池が外れる。
人魚の肉を食べて得た「永遠の命」は、電池で動く身体として表現される。
セイレーンがその電池を見たと読むと、「わかった」の意味が変わる。
「要求がわかった」ではなく、「犯人がわかった」。
これは説明台詞で確定されない。
それでも、次の流れがこの読みを強める。
- セイレーンは犯人を探している
- フタバから犯人の印となる電池が落ちる
- セイレーンが「わかった」と言う
- 元の島への無差別襲撃は止まる
- ヒトハとフタバは別の島へ逃げる
- 最後にセイレーンたちが海を進む
最も整合的な読みは、
島を襲わない約束をしたのではない
犯人が特定できたため、無関係な島民を探す必要がなくなった
である。
子どもには和解。
大人には標的変更。
同じ「わかった」に、二つの意味が入っている。
セイレーンは被害者だが、善ではない
人魚を殺されたセイレーン側には、怒る理由がある。
犯人を探す理由もある。
しかし、無関係な島民を捕まえ、漬け、食べることは正当化されない。
構図はこうなる。
- ヒトハとフタバ:仲間を救うために人魚を殺し、罪を隠す
- セイレーン:仲間を殺されたため、共同体へ無差別に報復する
- 島民:被害者でありながら、外部の討伐者を高報酬で呼び寄せる
- ちいかわ:真相に気づきながら、告発しない
- 観客:誰の判断なら正しかったのか答えを出せない
誰か一人を悪者にして終われない。
セイレーン編が重いのは、善悪が曖昧だからではない。
各人物の行動に理解できる理由があり、それでも被害が拡大するから重い。
「狭くて暗いところ」は、不老不死に対する最悪の刑
セイレーンが犯人へ考えている刑は、単に食べることではない。
狭い檻へ入れ、暗い場所へ置き続ける。
普通の生命なら、いつか死ぬ。
しかしヒトハとフタバは、電池によって動き続けるような身体になっている。
不老不死は、長く生きる祝福に見える。
刑罰と組み合わさると、
終身刑の「終身」が、本当に終わらなくなる。
殺されない。
老衰もしない。
脱出もできない。
時間だけが続く。
人魚の肉を食べて得たものが、そのまま刑罰を無限化する。
因果として非常に完成している。
なぜ二人は陸ではなく、別の孤島へ逃げたのか
セイレーンは海の存在である。
海を高速で移動できる。
その相手から逃げるのに、別の孤島へ移る。
戦略としては最悪に見える。
本気で逃げるなら、
- 大きな陸地へ渡る
- 海岸から離れる
- 人口の多い場所へ紛れる
- 外見や葉っぱを変える
- 移動を繰り返す
方が合理的である。
それでも二人は、二人だけで暮らせる孤島を選ぶ。
理由は明言されない。
考えられるのは、
- 小舟で行ける範囲に大陸がなかった
- 大きな陸地の位置を知らなかった
- 不死の身体を他人に見られたくなかった
- 島民へ説明せず消えたかった
- 二人きりの生活を望んだ
- 「逃げ切る」より「誰にも邪魔されず二人で暮らす」を優先した
というものだ。
心理的には理解できる。
戦術的には悪い。
だからあの島は、二人にとっては新生活の場所でも、観客には逃げ道のない処刑場に見える。
ちいかわはなぜ告発しなかったのか
ちいかわは、二人の身体の秘密へ気づく。
しかし言わない。
これを正義の失敗と見ることもできる。
真相を告げれば、島民への襲撃はもっと早く止まったかもしれない。
一方、告げれば二人は終わらない刑へ送られる。
しかも二人の最初の動機は、相手を救うことだった。
ちいかわは裁判官ではない。
恐怖の中で、目の前の二人を差し出せなかった。
その選択は優しい。
同時に、被害者である人魚側へ真実を返さない選択でもある。
優しさは、いつでも公正とは限らない。
セイレーン編は、そのズレをちいかわへ背負わせる。
