ユーフェミアは、コードギアスの中でも特に可哀想なキャラクターである。
彼女の悲劇は、単に死んだからではない。
善意で動いた人間が、本人の意思とは真逆の存在として世界に記録されるからである。
ユフィは、日本人を殺したかったわけではない。むしろ逆である。
日本人が日本人として名乗れる場所を作りたかった。スザクが誇りを持って生きられる場所を作りたかった。ナナリーやルルーシュにとっても、優しい居場所になり得る場所を作りたかった。
ユフィの行政特区日本は、政治的には無茶である。根回しも足りない。軍、貴族、本国、治安、黒の騎士団、反対勢力、すべてをどう処理するかは甘い。
しかし、その方向性は優しい。
差別される人に名前を返す。争いではなく、居場所を作る。自分は皇位継承権を降りてもいいから、その場所を選ぶ。
ユフィは、皇族として上に行く道ではなく、居場所を作る姫様ルートを選んだ。
だからコーネリアは怒る。
姉としても、総督としても、皇族としても、それは危険すぎる。だが同時に、ユフィが本気なら守るしかない。
この時点ではまだ、ユフィの無茶は「善意の爆弾」だった。
危ないけれど、世界を少し良い方向へ変える可能性があった。
それが、ギアス暴走によって一瞬で反転する。
ユフィは日本人を虐殺する皇女になる。
しかも本人は、それを覚えていない。
ここが一番つらい。
ユフィ本人の内側では、行政特区日本を作り、日本人の人々が喜んでくれるかもしれない、スザクと一緒に優しい場所を作れるかもしれない、というところで止まっている。
しかし外側の世界では、彼女は虐殺皇女である。
ユフィ本人は善意のままなのに、歴史には虐殺者として刻まれる。
死の間際のユフィは、自分が何をしたかを知らない。自分の理想がどう壊れたかも知らない。自分がどれほど多くの人に憎まれる存在になったかも知らない。
これは救いでもあり、地獄でもある。
自分が壊した現実を見なくて済んだという意味では、救いかもしれない。しかし、自分の名誉が完全に奪われたことを知らないまま死んでいくのは、あまりにも残酷である。
さらに、ルルーシュの「多分、初恋だった」という言葉も重い。
これはルルーシュがユフィに対して言った言葉である。
ルルーシュにとってユフィは、単なる敵の皇女ではなかった。
子どもの頃のルルーシュにとって、ユフィは自分を普通に見てくれた皇族であり、ナナリーにも優しかった人であり、ブリタニア皇族の中でも信じられた人であり、政治や復讐で汚れる前の優しい世界の象徴だった。
その感情が恋だったのか、憧れだったのか、幼い頃の好意だったのか、今のルルーシュにもはっきりとは分からない。
だから「多分」なのだと思う。
でも、少なくともルルーシュにとってユフィは大切だった。
その大切だった人を、自分のギアスで虐殺皇女にしてしまう。
しかも、それは敵対の結果ではない。政治的に打ち負かした結果でもない。冗談のような言葉が、暴走したギアスで現実化した事故である。
これがあまりにもひどい。
ユフィはスザクにとっても大切な人である。
スザクは死にたがりであり、正しく死ぬことで自分の罪を償おうとしているような男である。そのスザクに、ユフィは生きる意味や信じる方向を与えた。
彼女はスザクを日本人として見下すのではなく、一人の人として信頼し、騎士として選ぼうとした。
行政特区日本は、スザクにとっても自分の理想が形になる可能性だった。
それが、自分の愛した人の口から日本人虐殺の命令が出る形で壊れる。
さらに「生きろ」ギアスにより、スザクは死ねない。
ユフィに撃たれても、死ねない。生き残って、その地獄を見るしかない。
ユフィの悲劇は、周囲の人間もまとめて壊す。
ルルーシュは初恋と平和ルートを自分で壊した。スザクは大切な人を虐殺皇女として失った。コーネリアは大事な妹を守れず、その名誉まで奪われた。日本人は希望の場で虐殺された。黒の騎士団は、その血を革命の大義に変えるしかなくなった。
ユフィは、悪人ではない。
むしろ、一番善意で動いていた。
だからこそ、可哀想すぎる。
この記事のまとめ
- ユフィは日本人を救うために行政特区日本を作ろうとした。
- 皇位継承権を降りる判断は、皇族としての出世より居場所作りを選ぶ行為だった。
- ギアス暴走により、本人の意思とは真逆の虐殺皇女として世界に刻まれた。
- ユフィ本人は自分の虐殺を覚えていないため、善意のまま死んでいく。
- ルルーシュにとってユフィは、初恋だったかもしれない大切な人であり、壊れる前の優しい世界の象徴だった。
