導入
歩いていたら、小学生が自転車にスピーカーを乗せて、かなり良い音質で音楽を大音量で流していた。
最初に思ったのはこれだった。
「歩くライブハウスか?」
いや、自転車だから正確には「走るライブハウス」かもしれない。 もしくは、自転車搭載型・移動式ミニフェス。
ただ、こういう場面を見ると少し気になる。
あれは、誰かに聞いてほしいのか。 それとも、ただ自分たちが楽しいだけなのか。 公共空間を自分たちのBGMで包む感覚は、どこから来るのか。
一方で、似たような現象でも印象が違うことがある。 たとえば、隣の車から40歳くらいのおじさんのアニソンが窓越しに漏れてくる場合。
あれはたぶん、聞いてほしいわけではない。 本人は車内で気持ちよく聞いているだけで、外に漏れている自覚が薄い。 でも外から見ると、立派なアニソン領域展開になっている。
同じ「音漏れ」でも、そこには違う価値観がある。
1. 小学生の自転車スピーカーは「聞いてほしい」成分が強い
小学生が自転車にスピーカーを乗せて音楽を流している場合、かなりの確率で「聞いてほしい」成分がある。
もちろん、本人たちに聞けば「別に聞いてほしいわけじゃない」と言うかもしれない。 でも、音を外に出すという行為には、少なからず自己表現が混ざる。
これはイヤホンとはまったく違う。
イヤホンは、自分の内側に音楽を閉じる行為。 スピーカーは、自分の周囲に音楽を広げる行為。
つまり、スピーカーで音楽を流すと、その場の空間が少しだけ「自分のもの」になる。
小学生にとっては、それがかっこいい。
- 俺たちの登場シーンにBGMがついている
- 自転車にスピーカーを乗せているのが装備っぽい
- 仲間内でテンションが上がる
- 音楽を流している自分たちが少し強く見える
- 周囲の空気を変えている感じがある
これは、いわばBGM領域展開である。
本人たちは「公共空間を侵略している」とまでは思っていない。 ただ、自分たちのテンションを外に出している。 その結果、周囲から見ると「歩くライブハウス」に見える。