職場で、たまに出てくる気持ち悪い言葉がある。
「そろそろ年齢的に結婚しないと」 「まだ結婚してないの?」 「普通はこの年齢なら家庭を持ってるよ」 「結婚してないと、何か事情がある人だと思われるよ」
こういう言葉を、“親切な人生アドバイス”みたいな顔で言ってくる人がいる。
でも、普通に考えてほしい。 結婚するかどうかは、本人の人生の選択であって、職場の人間が採点することではない。
職場は仕事をする場所であって、他人の人生テンプレをインストールする場所ではない。
結婚していない=問題がある、という雑すぎる人間判定
一番おかしいのは、結婚していないことを「やっかい」「普通ではない」「何か事情がある」と結びつけることだ。
これは単なる雑談ではない。
「結婚している人はまとも」 「結婚していない人は問題あり」
という、かなり雑な人間判定である。
でも現実には、結婚していてもやっかいな人はいる。 未婚でも誠実な人はいる。 既婚でも仕事ができない人はいる。 未婚でもめちゃくちゃ優秀な人はいる。
つまり、結婚の有無と人間性は別問題だ。
それなのに「年齢的に結婚しないと」と言ってくる人は、個人を見ていない。 その人の価値観、生活、自由、キャリア、体調、金銭感覚、将来設計を何も見ていない。
ただ、自分の中にある古いテンプレを押し付けているだけだ。
既婚の猿もいる。 未婚のまともな人もいる。 結婚有無で人間性を測るな、という話である。
職場で私生活に踏み込むな
結婚するか。 誰と付き合うか。 子どもを持つか。 どこに住むか。 どんな生活を望むか。
これは本人が決めることだ。
職場の人間が勝手に「普通」を持ち出して、他人の人生を採点していい話ではない。
厚生労働省の「あかるい職場応援団」では、職場におけるセクシュアルハラスメントについて、「職場」で行われる「労働者」の意に反する「性的な言動」によって、労働条件上の不利益や就業環境の悪化が生じるものと説明している。恋愛・結婚・家庭の話題は、性別役割や私生活に直結しやすいため、相手が嫌がる形で踏み込むとハラスメントとして問題になりやすい領域である。
また、厚生労働省の資料でも、独身男性に対して「どうして結婚しないのか」としつこく聞く例が、ハラスメントに該当するおそれのある言動として示されている。
もちろん、すべての結婚話が即アウトというわけではない。 本人が自分から話していて、互いに信頼関係があり、相手も嫌がっていないなら雑談として成立する場合もある。
しかし、
「まだ結婚してないの?」 「年齢的にそろそろでしょ」 「普通は結婚するよ」 「結婚してないと変に見られるよ」
これは違う。
これは雑談ではなく、結婚していない状態を下げる発言になっている。
“普通は”という言葉は、だいたい他人を縛る棒になる
この手の発言で一番嫌なのは、「普通は」という言葉だ。
「普通は結婚する」 「普通は家庭を持つ」 「普通はこの年齢なら落ち着く」 「普通は親を安心させる」
この“普通”は、だいたい相手の自由を奪うための棒として使われる。
本人が幸せかどうか。 本人が望んでいるかどうか。 本人の人生設計に合っているかどうか。 本人にとって、その選択が軽いのか重いのか。
そういう大事な部分を全部無視して、「みんなそうしてるから、お前もそうしろ」と言っているだけだ。
これは、かなり暴力的な考え方だと思う。
“普通”という言葉は便利だ。 なぜなら、根拠を説明しなくても人を縛れるからだ。
でも、その“普通”で他人の人生を動かそうとするなら、それはもうアドバイスではない。 ただの圧である。
会社にとっても、結婚圧は都合がいい
さらに嫌なところは、会社側にとっても「結婚しろ」は都合がいいという点だ。
結婚する。 家族を持つ。 住宅ローンを組む。 子どもが生まれる。 生活費が増える。
そうなると、社員は簡単に辞めにくくなる。
すると会社は、こう言いやすくなる。
「家庭があるんだから責任感を持って」 「家族を養うんだから頑張らないと」 「転勤も受けてもらわないと」 「この部署も我慢してくれるよね」 「住宅ローンがあるなら辞めないよね」
もちろん、すべての会社が悪意を持って結婚を勧めているわけではない。 しかし、構造として見ると、既婚・家庭持ち・住宅ローンありの社員は、会社から見て“逃げにくい社員”になりやすい。
ここを美談だけで語るのは危ない。
結婚は本人にとって幸せな選択にもなり得る。 一方で、会社から見れば、社員の退職ハードルを上げる要素にもなり得る。
だからこそ、「年齢的に結婚しろ」という圧には警戒した方がいい。
結婚は会社への忠誠契約ではない。 家庭は、会社が社員を縛るための人質ではない。
それは親切ではなく、境界線侵害である
こういうことを言う人は、だいたいこう言う。
「心配して言ってるだけ」 「悪気はない」 「人生の先輩として」 「普通の会話じゃん」 「みんな言ってるよ」
でも、悪気があるかどうかは本質ではない。
問題は、相手の人生の境界線を踏んでいることだ。
結婚するかどうか。 誰と付き合うか。 子どもを持つか。 どんな働き方をするか。 どこに住むか。 どれくらい自由を重視するか。
これは本人が決めることだ。
職場の人間が、勝手に「普通」を持ち出して採点していい話ではない。
厚生労働省は、職場におけるハラスメント防止のため、事業主に方針の明確化、相談体制の整備、事実関係の確認、再発防止、相談者への不利益取扱いの禁止などを求めている。つまり、職場の発言で就業環境が悪くなるなら、「ただの冗談」「昔からある会話」で済ませる話ではない。
返し方は、正論砲より境界線でいい
こういうことを言われたとき、本音ではこう思うかもしれない。
「お前は結婚しててもやっかい社員じゃねぇか」
かなり正しい。 だが、職場でそのまま撃つと損をする可能性がある。
実戦では、もっと短く境界線を引けばいい。
結婚は個人の選択なので、職場で評価みたいに言われるのは違和感があります。
その話題はプライベートなので、あまり職場では言われたくないです。
仕事の話ではないので、その話題はここまででお願いします。
これでいい。
相手を論破する必要はない。 「そこは私生活です」 「職場で踏み込まないでください」 と線を引くことが大事だ。
相手が一回で引くなら、まだ人間。 しつこく踏み込んでくるなら、境界線侵害の猿である。
結婚はしてもいい。でも、圧でやるものではない
結婚そのものが悪いわけではない。
好きな人と一緒に暮らしたい。 支え合いたい。 家族を作りたい。 安心できる関係を築きたい。
そういう内発的な動機があるなら、結婚は素晴らしい選択になる。
でも、
「年齢的に」 「普通は」 「会社で変に見られるから」 「親が安心するから」 「周りがしているから」
という理由で結婚するのは危ない。
それは自分の人生ではなく、他人のテンプレを生きることになる。
結婚は、会社や世間に提出する身分証明書ではない。 自分の人生に本当に必要かどうかで決めるものだ。
まとめ:結婚有無で人を測るな
「年齢的に結婚しないと」
この言葉は、一見すると人生アドバイスに見える。
でも中身は、私生活への踏み込みであり、古い“普通”の押し付けであり、結婚していない人への人格評価である。
職場で言う必要はない。 言われる側が嫌なら、普通にハラスメント寄りだ。
結婚しているかどうかで、人間性は決まらない。 仕事ができるかどうかも決まらない。 厄介かどうかも決まらない。
既婚の猿もいる。 未婚のまともな人もいる。
だから、結論はこれでいい。
結婚は個人の自由。職場で“普通”を押し付けるな。 他人の人生に、会社員テンプレを勝手にインストールするな。