AIに「そもそも何のため?」を聞かせたら、改善役ではなく哲学担当になった

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SNSで、ある人がAIに “think from first principles” と言うと「IQが20くらい上がった気がする」と冗談交じりに書いていた。

もちろん、呪文を唱えた瞬間にシリコン製の脳へ知能ポイントが20配布されるわけではない。

でも、面白いのはそこではない。

この一言が要求しているのは、「問題点をたくさん出せ」でも「競合を探せ」でも「もっと賢そうな案を出せ」でもない。

いったん根っこまで戻れ。今の問い、目的、制約、前提は本当に正しいのか。そこから作り直せ。

という、かなり哲学寄りの仕事である。

壁にヒビが入ったから補修材を10種類比較するのが普通の改善だとしたら、第一原理思考は途中で壁を眺めて、

「待って。この壁、そもそも要る?」

と言い出す。

急に工務店から哲学科へ転部している。

1. 「問題を探す」と「問いそのものを疑う」は別の仕事

AIに改善を頼むと、よく出てくるのは次の三種類だ。

  1. 今ある問題を列挙する。
  2. 他社・他人・既存手法から解決策を探す。
  3. 今の仕組みの中で、より良い案を組み立てる。

どれも役に立つ。しかし、基本的には現在のゲーム盤を受け入れたまま考えている。

関連記事のCTRが低いなら、表示位置を変える。カードを大きくする。文言を変える。推薦モデルを改善する。これは立派な改善だ。

第一原理思考は、その一段前へ戻る。

そもそも関連記事の目的は何なのか。

読者を別ページへ飛ばすことが目的なのか。 読者の次の疑問を解くことが目的なのか。 その場合、本当に「関連記事カード」が必要なのか。 本文中で答えた方がいい場合はないのか。

ここでは「解決策の品質」より先に、解こうとしている問題の定義が監査対象になる。

改善会議に呼んだはずのAIが、ホワイトボードの一番上に書かれた「目的」を勝手に消し始める。

だいたい合っている。

2. 第一原理思考は「最初のアイデアのネタ」より、発想の地盤工事に近い

第一原理思考を「アイデアをたくさん出す方法」と理解すると少し狭い。

本質は、既存の解決策を一度どかして、

  • 本当に達成したい状態は何か
  • 絶対に変えられない制約は何か
  • 事実として観測できているものは何か
  • 「必要」と思っているだけの慣習は何か
  • 既存案を全部知らなかったら、どう設計するか

まで戻ることだ。

だからこれは、アイデアの種を拾うというより、種を植える前に土を全部掘り返す工程に近い。

競合10社の事例を並べても、その10社が全員同じ前提を共有していたら、11社目も同じ建物になる。

第一原理思考は、

「なぜ全員この建て方なの?」

から始める。

たまに調べた結果、「いや普通にこの建て方が一番合理的でした」で終わる。

それも成功である。

前提を疑うことと、前提を必ず破壊することは違う。

毎回道路標識を疑って逆走し始めたら、それは哲学ではなく事故である。

3. ここでダブルループ学習がつながる

Chris Argyrisが1977年に論じたダブルループ学習は、単にミスを直すだけでなく、その行動を生んだ方針・目標・規範まで問い直す学習を扱う。

簡単に分けるとこうなる。

シングルループ 結果が悪い → 行動を直す。

ダブルループ 結果が悪い → 行動を直す前に、そもそも何を成功と定義していたのか、ルールや前提自体を見直す。

たとえば「クリック率が低い」。

シングルループなら、見出し、位置、色、推薦精度を改善する。

ダブルループなら、

「なぜクリック率を上げたいんだ?」

と戻る。

欲しかったのが「読者が疑問を解決し、必要なら次へ進めること」なら、クリック率は目的ではなく代理指標にすぎないかもしれない。

すると設計問題が変わる。

「どうクリックさせるか」から、 「どう次の疑問を自然に解決できるか」へ。

KPIを改善するAIから、KPIを採用した理由まで監査するAIへ一段上がる。

これが今回の面白いところだ。

4. 「そこは人間にしか無理」だと思っていた場所へAIが入ってきた

これまでAI自動化で人間に残る仕事として、よく「目的設定」「問いを立てる」「意味を考える」「承認する」が挙げられてきた。

実行、検索、集計、要約、比較、生成は機械化できる。

でも、

「そもそも何のためにやっている?」

だけは人間の聖域っぽく見える。

ところが、ここにもかなりAIを入れられる。

ICLR 2024のStep-Back Promptingは、具体的な問題をそのまま解かせる前に、一段抽象化した高レベルの問いや原理へ戻らせる方法を提案した。PaLM-2L、GPT-4、Llama2-70Bを使った複数の推論課題で性能改善が報告されている。

これは「think from first principles」という特定の一文が魔法だと証明した研究ではない。

しかし、

具体問題 → 一段抽象化 → 原理を取り出す → 具体問題へ戻る

という操作をLLMにやらせること自体には、実証的な近縁例がある。

つまり「AIは細かい作業しかできず、哲学は人間専用」という分業は、少なくとも単純ではなくなっている。

AIに哲学科の非常勤講師枠が発生している。

5. これを「発芽」に入れると、ネタ探しが二系統になる

記事、製品、機能、研究テーマの発芽を考えると、入口を二つに分けられる。

外から拾う発芽

  • 検索需要がある
  • SNSで話題になっている
  • 読者が離脱している
  • 問い合わせが多い
  • 競合に新機能がある

これは世界側からシグナルを拾う。

一方で、もう一つ作れる。

内側を掘る発芽

  • この機能は何を達成するためにある?
  • このKPIは目的を本当に表している?
  • この制約は物理法則か、昔の都合か?
  • 全部ゼロから作るなら同じ構造にする?
  • いま存在する解決策を一度禁止したら何が残る?
  • そもそも、これは解くべき問題なのか?

こちらは既存システムの前提を掘る。

外部トレンドが「地上に落ちている種」を拾う仕事なら、第一原理レーンは床板を剥がしたら下から知らない植物が生えていたタイプの発芽である。

誰も検索していなかった問いが、既存構造を分解した結果として生まれる。

ここに独自性が出やすい。

6. 実装するなら「前提破壊→再構成→検証」の三段に分ける

AIへ「自由に哲学して」とだけ言うと、たまに宇宙まで飛んで帰ってこない。

実務では工程を固定した方がいい。

第1段階:前提監査

現在の目的、指標、制約、慣習、既存解決策を分離する。

特に、 「事実」 「本当に不可避な制約」 「組織上の都合」 「歴史的経緯」 「なんとなく続いているだけ」 を混ぜない。

第2段階:ゼロから再構成

既存案を正解として扱わず、目的と不可避な制約だけから複数案を作る。

ここで「既存案と同じ結論」になってもいい。 大事なのは、同じになった理由を説明できることだ。

第3段階:現実へ戻す

コスト、法令、安全、ユーザー行動、移行負荷、既存データなどで潰す。

第一原理は現実逃避カードではない。

「サーバー代をゼロにしたいからサーバーを概念にしよう」は、哲学ではなく請求書からの逃亡である。

7. それでも人間に残るもの――「何を大事にするか」

AIは、

  • この前提は必要か
  • 目的とKPIがズレていないか
  • 別の価値関数ならどうなるか
  • 何を捨てれば構造が単純になるか

をかなり広く探索できる。

しかし、最後の一線がある。

どの価値を最終的に選ぶか。

滞在時間を最大化するのか。 最短で解決して帰ってもらうのか。 利益を最大化するのか。 信頼、自由、安全、公平、楽しさをどこまで優先するのか。

これらは、世界を観測すれば一意に出てくる答えではない。

AIは「価値Aなら設計X、価値Bなら設計Y」と展開できる。

でも、AとBのどちらを社会や製品の最終目的に置くかは、最終的には人間側の責任になる。

だから完全自動化の終点は、

人間が全部考える でも AIが全部決める でもない。

AIが前提まで疑い尽くし、人間は価値判断と責任のある分岐だけ引き受ける。

人間の仕事が「案を100個出す」から「この世界線を採用する」に変わる。

8. 実際にAIへ投げるなら、この問いが芯になる

最短ならこれでいい。

「そもそも、本当に達成したいことは何?」

さらに一段強くするなら、

現在の実装、業界慣習、競合事例をいったん「答え」として扱わないでください。 まず、目的、観測事実、不可避な制約、暗黙の前提、代理指標を分離してください。 次に、どの前提を外しても目的を達成できるかを検討してください。 最後に、残った第一原理だけから複数の設計を再構成し、現実の制約で検証してください。 既存案に戻る場合も、なぜ戻るのかを説明してください。

ポイントは「斬新な案を出せ」と言わないことだ。

斬新さを直接要求すると、AIはときどき帽子を三つ重ねた自転車みたいなものを発明する。

必要なのは奇抜さではなく、前提から再計算した結果として出てくる差分である。

9. 結論――AIは「答える係」から「問いを壊す係」へ進める

問題列挙は必要だ。 競合調査も必要だ。 既存案の改善も必要だ。

でも、それだけでは同じゲーム盤の上で駒を速く動かしているだけになる。

第一原理思考をAIへ明示的に割り当てると、

問題を解く → 問題設定を疑う → 目的を疑う → 前提を分解する → ゼロから再構成する

ところまで自動化の射程に入る。

ダブルループ学習の第2ループを、毎回人間が気合いで発動する必要もない。

定期的にAIへ、

「で、そもそも何のため?」

と聞かせればいい。

AI自動化の最後に残ると思っていた「哲学」の一部まで、実は工程化できる。

ただし、哲学担当AIが「目的も全部決めておきました!」と言い始めたら、そこだけは人間が椅子を引いて座り直す。

問いを壊すところまでは任せられる。

何を大事にする世界を選ぶかは、まだこちらの仕事である。


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